中央大通りを西側へ入り込むと、官庁街が広がる。その官庁街と商業区域の中間地点には公園があり、噴水がある池やちょっとした森林も公園の中にはあった。昼間はそれなりに人通りのある場所であるが、夜半すぎの今は閑散というより無人である。
そこは、森の中にある小さな野外劇場の舞台を思わせる場所であり、半円の舞台を石柱が取り囲みその向こうには扇状の階段が広がっていた。舞台には、ひとりのおとこが佇んでいる。
おとこは灰色のフード付きマントを被り容姿を隠しているが、背が高く痩身であろうことは想像がつく。月明かりの下に孤独な影をなげかけるマントのおとこのもとに、三人のおとこたちが現れた。不吉な気配を漏らす、グリモワールを携えたおとこたちである。
「ログンヴァルド」
名を呼ばれたマントのおとこは、月明かりの下冷めた光を放つ瞳を顕にする。
「グリモワールを手に入れてきたぜ」
おとこたちがおそるおそる差し出すグリモワールの入った袋を、ログンヴァルドと呼ばれたマントのおとこは無造作にうけとる。マントから差し出された手は、燃え尽きた炭のような暗い色を纏っていた。
ログンヴァルドは闇色の肌から夜明けの光を放つ瞳をのぞかせ、袋の中を一瞥する。そして、満足げに頷いた。
「なあ、おれたちは言われた仕事をちゃんとこなしたぜ。約束通り、おれたちの位階はあげてくれるんだろうな」
ログンヴァルドは、不思議そうに首を傾ける。
「ああ、君たちはまだ仮入会の見習いクラスだったね」
「そうだ、そしてこの仕事をこなせば学徒クラスに昇格する約束だ」
ログンヴァルドは、闇路の肌に浮かぶ薔薇色の唇を、そっと歪める。それは、笑みのようにもみえた。
「残念だな、君たちは自分が失敗していることに気がついてないのか」
おとこが驚愕で、目を見開く。
「どういう、意味だ」
「君たちは、警察につけられている。そして、どうやらここは包囲されたようだ。多分、店番の娘が通報したのだろう」
「おい」
おとこが、少し怒りを滲ませていう。
「あんたらが、おれたちに店番の娘が半獣人だと伝えていればこんなことには」
「まあ、どうでもいい。君たちの位階は上げて、学徒クラスとしよう」
三人のおとこたちは、ほっとため息をつく。ログンヴァルドは、少し嘲るような調子を混ぜて言葉を続ける。
「さて、はれて我が結社の正員となった君たちに、あらたな使命をあたえよう」
おとこたちは、ぎょっとしたようにログンヴァルドを見る。
「とても大事な、使命だよ。魔神バアルを召喚するための、贄となってくれるかな」
その瞬間、おとこがとった動作は躊躇いがなかった。素早く抜き放った二十二口径を、正確にログンヴァルドに向けて撃ち込む。
しかし、その銃弾は突然巻き起こった突風に吹き飛ばされる。
「君たちには、僕を囲む魔法結界すら認識できないか。でもそれとて、どうでもいい」
ログンヴァルドは闇色の手を、さっと月明かりに晒す。三本の紐のようなものが、夜の中に放たれた。
その紐は、月明かりを浴び翼を持つ蛇に姿を変える。おとこたちは、踵を返し逃げ出そうとした。けれど彼らが一歩踏み出す前に、蛇たちが首に巻き付く。
三人のおとこが首を絞められ命を失うまで、ものの数秒というところだったか。役目を終えた蛇たちは、ログンヴァルドのもとへ戻る。ログンヴァルドは、満足げに頷く。
「君たちの命は、結社のためちゃんと使わせていただく」
そして、グリモワールをおもむろに開く。邪悪な気配が立ち込め、あたりは海の底がごとく重い気配に満たされる。