迷宮は黄昏の光で満ちて 009 | 百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

ダンジョン・シーカーは、マンティコアの死体に歩み寄ると確認した。とどめをさす必要がないと判断したのかマンティコアから離れ、バイクのところへゆく。
レザージャケットのおとこはバイクについたケースから、何かを取り出す。驚いたことに、それは翼を持つ猫である。
驚いた顔で見ているエリカに、おとこは笑みをなげた。
「紹介しておこう、おれの相棒である風猫のフェリクスだ」
猫は、にゃあとエリカに挨拶したので、エリカも思わず会釈して応えた。猫は翼を使って、宙に浮く。前足には、大きな瓶を持っている。
「じゃあ、フェリクス、たのむぞ」
まかせろ、というように猫はにゃあと鳴いて応える。そして、倒れているカタギリたちのところに行くと、瓶から透明のジェルをふりかけた。
驚いた顔をするエリカに、おとこが声をかける。
「ああ、あんたはダンジョン初心者だったな。心配ない、あれは治療用のスライムだ。傷ついた身体の組織を、回復させてくれる」
そう話ながら、ダンジョン・シーカーはロミオのところへ行った。おとこはアンプルを接続した注射器を、ロミオの肩へと突き立てる。
ほう、とダンジョン・シーカーはため息をもらす。
「さすが、デモノマニアだ。回復がはやい」
ロミオが、呻き声をあげる。意識を、取り戻したようだ。
それと同時に、カタギリたちも呻き声をあげる。全員意識を回復できるレベルまで、傷が癒えたということらしい。
「ああ、それと。すまんな」
ダンジョン・シーカーの詫びに、エリカは首をひねる。
「なんのこと?」
おとこは、親指で背後にあるマンティコアの死体を指す。
「あまり綺麗に、殺せなかった。少し、値が下がってしまう」
エリカは、驚いて首をふる。
「あれを仕留めたのは、あなたでしょ。あなたに権利が、あると思うわ」
ダンジョン・シーカーは、首をふる。
「君たちの獲物を、横取りする気はないよ」
カタギリが呻きながら、立ち上がる。エリカは、慌ててそちらへ向かった。
ダンジョン・シーカーは、バイクをおこしまたがる。風猫も、その肩に乗った。
「じゃあ、おれは先に地上へあがって助けを呼んでくる。このへんのモンスターは、だいたい避難してるみたいだから、しばらくは大丈夫だろ」
カタギリの身体を支えつつ、エリカが声をかける。
「ねえ、名前を聞いてないんだけど」
バイクのハンドルを握ったおとこは笑みを浮かべて答える。
「ハガネ・アクムシだ」
「礼を言っておくわ、ハガネさん。ありがとう。それと、サインしてないけど」
ハガネは、少し驚いた顔をする。
「ああ、次にあったときに必ず」
ハガネのバイクは風を巻き起こし、ダンジョンの黄昏へと溶けていく。
「助かったのか、おれたちは」
カタギリが、絞り出すように言葉を発した。
「呆れるばかりに、悪運が強いな。おれたち」
エリカは、鼻で笑う。
「何いってるの、ほんの実力でしょ」
カタギリは苦笑し、痛みで顔をしかめた。