「ダメージコントロール」
ケン・ブラックソードの声に、ヴェリンダが応える。
「本機本体の損傷は、ゼロ。まあ、スペースキヤノンの残弾尽きて、スペースアックスもエネルギー切れだけどね」
ヴェリンダは、少し笑う。
「単独で突入したことを思えば、ラッキーデイ継続中だね」
ケンは、苦笑する。
「運も実力の内、というだろ。バトルスラスタユニットの状態も、教えてくれ」
ヴェリンダは、上機嫌に応える。
「予備のシステム基盤は失われてるし、推進剤は残り十パーセント以下で、ミサイル残量ゼロだけど、追加の損傷は装甲に傷がついただけ。ウエポンベイの中身は、パイルバンカー含め無事だよ」
ケンは、満足げに頷いた。
「パイルバンカーさえ無事なら、Aオーケイだ。パイルバンカーを本体に装着後、スラスタユニットは分離する」
「オウケェイ」
ヴェリンダが応え、長い大な金属の箱がヤクシャーサ・モデルの腕に装着される。
その箱の長さは、およそ三メートル。ミリタリーモジュールの身長と、ほぼ同じである。
パイルバンカーは鋼鉄の固まりで、とてもシンプルな機構の武器だ。
ケンは、無骨さを極め尽くした頑強そのものの武器を、とても気に入っている。
電子制御がほとんどなく、火薬の炸裂で鋼鉄の杭を打ち出し敵艦の装甲内部で反応弾を爆発させ、電磁パルスをまき散らすというシンプルな対艦兵器だ。
棍棒代わりに振り回しても壊れることが無く、AEE弾を喰らっても誤作動するような電子装置がない。そんな原始的ともいえる武器であるが、命中すれば戦艦であっても沈むことになる。
「ヴェリンダ、廃熱ダクトへ向かう。経路の指示を」
ケンの呼びかけにヴェリンダが頷き、ディスプレイに映された壁に被せてマークを表示する。
高周波ブレードのナイフを抜いたケンは、壁を切り裂く。貨物運搬用のリフトが使用する通路が、現れた。
ケンはその中に、飛び込む。
アラート音が響き、ディスプレイに小さな輝点が、幾つか現れる。砲身を前面に突き出した、金属の球体がこちらへ向かっていた。
「戦闘ドローンが来たよ、ビーム砲を装備してる!」
ヴェリンダの声と同時に、ドローンはビーム砲で攻撃してくる。
光の矢がケンの機体に襲いかかるが、その攻撃にはほとんど意味がない。
ドローンの出力では、ミリタリーモジュールのバリアを突破できないためだ。
とはいえ、ゼロ距離まで接近されるとバリアも使えないので、ケンはAEEグレネードを放つ。
十次元波動がドローンを制御するAIを狂わせ、行動不能にする。無人ドローンはコントロールを失い、次々と壁にぶつかり火花をあげた。
ケンは視界を失ったが、自分の空間把握に基づき制動をかけながら両足を前に突き出す。
ごん、と衝撃がケンの機体にはしった。ケンは足をクッションにして、壁に衝突した衝撃を和らげる。
足関節は悲鳴をあげながら、緩衝用エアを吐き出したが耐え抜く。
視界が蘇ると、ヴェリンダも姿を現し声をあげた。
「ケン、この壁の向こうが廃熱ダクトだよ」
ケンは頷くと、高周波ナイフを再び抜く。
ケンは壁面に高周波ナイフで切れ目を入れると、裂け目を機体でこじ開けるように無理矢理廃熱ダクトの中へと入り込んだ。
赤い非常灯で照らされた広大な縦穴の中に、ケンは侵入する。
その縦穴の壁には、金属の内臓がのたくっていた。
複雑に絡み合いダクトの中を延びてゆく金属の内臓、冷却液のパイプが穴の内側全体を覆い尽くしている。
ケンは、巨大な金属の身体をもつ獣の体内にいると感じた。
冷却パイプを流れる冷却液はこの船の心臓であるリアクターエンジンから熱を吸い上げ、放熱板兼装甲板を通じて宇宙に熱を放出する。
そうやって冷やされた冷却液は循環し、再びリアクターエンジンの元へと戻っていく。
つまりこの金属の内臓は、この船の心臓に繋がっているのだ。
「下方百メートルにリアクターエンジンが、あるよ」
ヴェリンダの声にケンは頷き、パイルバンカーをかまえる。
もともと精密な照準に意味がないおおざっぱな武器なので、ケンはボルトを操作してチェンバーにカートリッジを送りこむと、狙いをつけることなく無造作にトリッガーを引いた。
どん、という鋭い反動と共に金属の杭が発射され空きカートリッジが放出される。カートリッジは壁を這うパイプにぶつかり、乾いた音が響く。
ワイヤーに繋がった鋼鉄の杭は、百メートル先のリアクターエンジンを囲む障壁に食い込んだ。
ケンは獲物を葬る獣の笑みを浮かべ、起爆装置を作動させる。
タイマーが表示され、カウントダウンが開始された。ケンはワイヤーを切り離すと、侵入した壁の裂け目へと向かう。
ケンが貨物運搬通路に戻ると、ヴェリンダが声をあげる。
「回線が接続され、通話要求がきてるよ」
ケンは眉間に皺をよせ、むうと唸る。
「なんだ、戦闘班長が到着したのか?」
ヴェリンダは、首を振る。
「うーん、これは連邦艦隊のチャネルだね。つまり、この艦のブリッジと繋がったのかな」
ケンは、呆れ顔になる。
「まあ、なんでもいい。回線を開いてくれ」
ヴェリンダが頷いた瞬間、ケンの目の前にウインドウが起動されネコの顔が映し出された。
ケンはむうと唸ったが、ネコは凶悪な笑みを浮かべ牙を剥き出しにする。
「やあ、ウルフバート君。ごきげんよう」
ケンは、ネコの放った言葉に苦笑を浮かべた。
「ウルフバートは、おれのコードネームか? 光栄だな。で、あんた誰だ? なんのようだ」
ネコは満月のように輝く瞳で、ケンを見据える。
「僕は、この船に乗る連邦軍艦隊司令フェリックス・ガタリさ。僕の船を沈めた英雄に祝福の挨拶と、警告を伝えたい」
ケンは、片方の眉をあげる。
「警告だと?」
ネコは肉食獣らしい酷薄な笑みを、浮かべる。
「くれぐれも、帝国を信じるな。君たちは、大きくあけた虎の口に向かって飛び込もうとしている」
ケンは、爆笑した。
「なあ、あんたらも帝都にこいよ。いいものが、みられるぜ」
ネコは怪訝な色を、瞳に浮かべた。
ケンはその顔に嘲笑を、投げかける。
「あんたらは、おれが帝国を滅ぼすところをみることができるのさ。はやくこないと、見逃すぜ」
ネコは、満足げに頷いた。
「是非、そうしよう。軍法会議を、僕が生き延びられたらね」
ネコがそういい終えた瞬間、世界が滅ぶような轟音が鳴り響きネコの顔が消え去りスクリーンがブラックアウトした。
ケンの機体はバリアで電磁パルスを防御していたが、放たれた十次元波動が機器を一時的に狂わせている。
遅れてきた爆風が、ケンの機体を弾き飛ばした。
ケンは辛うじて機体のコントロールを取り戻し、連邦艦隊旗艦の発着デッキにたどり着く。
そこの開閉口は破壊されたままで、宇宙に向かって口を開いている。
ブラックソード発着口を抜けて、宇宙へと飛び出す。
戦闘は、既に終結していた。
狂神となり宇宙に君臨する木星の衛星軌道圏を支配しているのは、テラ艦隊のミリタリーモジュールである。
おそらく、先ほどの艦隊司令はパルシファルに降伏を申し出て、受け入れられたのだろう。
ケンは薄く笑うと、今更と思いつつキルケゴール戦闘班長に繋がる回線を接続する。
既に戦闘が終結しており電磁ジャミングも消え去ったのか、あっさりキルケゴールの顔がディスプレイに表示された。
ケンは、怜悧な瞳を投げかけてくるキルケゴールに報告の声をあげる。
「ケン・ブラックソード機は単身連邦艦隊旗艦へ侵入し、対艦パイルバンカーによるリアクターエンジンへの攻撃に成功した」
キルケゴールは凄みを帯びた光を目に宿らせ、少し皮肉な形に口を歪める。
そして、そっとため息をついた。
「まあ、いくつか言いたいこともあるが。しかし、今は結果が全てだ」
キルケゴールは、大きく笑った。
「よくやった、ケン・ブラックソード。パルシファル戦闘班長として、感謝の意を表しよう」
キルケゴール機から接続された各隊長機の回線を通じ、ケンの耳に歓声と祝福の叫びが届く。
そうしてケンはようやく、穏やかな笑みを浮かべた。