【4】《人から人間性を奪う戦場》~「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」~ |   「生きる権利、生きる自由、いのち」が危ない!

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徳冨蘆花「謀叛論」を再発見してたら、
「ソクラテスの弁明」が、なぜ好きなのか、最近になって納得し始めた今日この頃です。

〈池住義憲さんに聞いた(その1)
戦争の加害者にならない権利
自衛隊イラク派兵差止訴訟からみる、安保法制
【マガジン9 「この人に聞きたい」】〉

 


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こどもとコロナワクチン~接種の効果と副反応
(小島勢二さん)【ニッポンの崖っぷち】220402

コロナワクチン接種後の突然死
 遺族が問う なぜ息子は死んだのか
【山岡淳一郎のニッポンの崖っぷち】
20220418


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ABC特集】女子中学生が歩行困難に 国はまだ認めていない“ワクチン後遺症”  接種後に長期間の体の異変 子どもへの接種の是非
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(2022年3月22日 ABCニュース)
【特集】ワクチン後遺症~副反応ではない 慢性的な後遺症の訴え~ (サンテレビ)
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練習中に倒れて死亡した中日・木下投手の「ワクチン接種」を報じない朝日新聞とNHK
(SAMEJIMA TIMES 2021年8月10日)
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☆〈新型コロナで児童が死亡 10歳未満で基礎疾患なし 京都府
(関西テレビ 2022年3月10日)
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町山智浩
映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』
2021.11.09

フライパン危ない!隠された令和の水俣「PFOA
NO.1【Tansa報道最前線】20220208

PFOA汚染と母子
令和の水俣「PFOA」NO.2
【Tansa報道最前線】220406

Tansa (探査報道に特化したジャーナリズム組織)

「PFOA」「PFOS」問題を、Tansaの記者さんが
週刊金曜日』でも提携連載されています。

米小売業で広がる「永遠に残る化学物質」PFASの使用取りやめ
(「サステナブル・ブランド ジャパン」)

沖縄の米軍基地から漏れ出す「永遠の化学物質」
(「Web 論座」 島袋夏子 琉球朝日放送記者)


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■ 警察の個人情報管理を考える院内集会
  その現状・警察法改定の意義

  ・市民監視の仕組みづくり  
【転載歓迎】
  
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サイバー警察局を新設する警察法改定法案と、
運転免許証とマイナンバーカードを一体化させる道路交通法改定法案
国会に上程されています


運転免許証とマイナンバーカードの一体化に先立って、
警察庁と都道府県警察の共通情報基盤システムの構築が進められ、
サイバー警察局との情報共有が図られようとしています。

マイナンバー違憲訴訟で私たちは、
警察の中で特定個人情報の恣意的利用が可能であることを問題のひとつに挙げています。

1月18日の名古屋地裁、2月21日の岐阜地裁と、
警察による個人情報の恣意的な保管や提供違法だとする判決が続いています。

警察内でのデータベース運用のルールづくりや市民監視の仕組みなど、
警察による情報管理を適正化する法制度はどうあるべきか
考えます。

●日時 2022年4月11日(月曜日)14時から16時まで

●会場 衆議院第二議員会館 地下1階 第8会議室
    所在地:東京都千代田区永田町2−1−2

国会周辺案内図 http://www.bango-iranai.net/event/parts/map/kokkaiMap.png

●プログラム
報告:原田富弘さん(共通番号いらないネット)
   「運転免許証とマイナンバーカードの一体化等の動きについて」
お話:清水勉さん(弁護士)
   「警察による情報管理の適正化について」(仮)
国会議員からの発言
質疑・討論


●交通
東京メトロ有楽町線・半蔵門線・南北線「永田町駅」1番出口徒歩4分
東京メトロ丸の内線・千代田線「国会議事堂前駅」議員会館地下通路一般出口
徒歩4分
東京メトロ銀座線・南北線「溜池山王駅」5番出口徒歩10分
 
案内図付きのチラシをダウンロードできます
カラー版 http://www.bango-iranai.net/event/parts/pdf/20220411Handbill-color.pdf
モノクロ版 http://www.bango-iranai.net/event/parts/pdf/20220411Handbill-mono.pdf

★院内集会はどなたでも参加できます。
★議員会館正面入口で通行証をお渡しします(13時30分〜14時30分)。
 遅れた方は受付から第8会議室に電話してもらってください

●主催 共通番号いらないネット
   (共通番号・カードの廃止をめざす市民連絡会)
    連絡先 電話080−5052−0270(担当:宮崎)

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〈【3(兵士の作り方)】からの続き〉

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“ 自衛隊を
手持ちのコマのように使おうとする安倍さんは、
こうしたリアリティが決定的に欠けている。

安倍さんの路線
戦って死ぬ心配のない人
評判がよい
のである。
軍事オタクでネトウヨになる奴がいる。
巨大艦隊の雄姿にほれぼれするのかもしれないが、
実際の海戦は凄惨なものである。
(引用者中略)
ミサイルを撃って船が一隻大破した
と報じられる陰には、

鉄板に押しつぶされ
内臓が引きちぎられた
何百人の水兵の姿
がある

 こうしたことが無数に起きるのが戦争だ。
このことにリアルな想像力を働かせれば、
戦場に自衛隊を送れなど容易に唱えられないはずだ”
(泥憲和【著】
『安倍首相から「日本」を取り戻す!!』
2014年、かもがわ出版、98頁)

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“ …戦争から生まれ出るのは
新たな戦争でしかなく、
戦争から平和が生まれることなど
けっしてありえない
のだ
と気づいてもらうことです。


 前線で実際に戦った者
戦争を賛美する者
ひとりもいません

もし、戦争を経験していてもなお、

戦争を肯定する者がいたとしたら
その人は
後方の基地でデスクに向かっていたか、
炊事班でコックをしていたかで、
人が殺しあう
前線に行ったことがない人
ちがいありません
。”

(アレン・ネルソン【著】
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか』
2010年、講談社文庫、149頁)

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最悪な間違いだった...
(目覚めはじめたアメリカ兵)

年間6500人自殺者も...米軍が抱える"深い闇"



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戦争つくりかた」アニメーションプロジェクト
-What Happens Before War?-

南西諸島のミサイル基地配備問題

【猿田佐世の「新しい外交を切り拓く」】
敵基地攻撃能力を使ったら?

20220405 UPLAN
日中国交正常化50周年企画についての記者会見

20220404 UPLAN
纐纈厚「米本土防衛の盾にされる日本列島
米中対立・台湾有事背景を探る~」
 
台湾有事は日本有事か 安保法制を踏み越える?
【半田滋の眼 No.48】211222

映画『映画 日本国憲法』予告編


ノーム・チョムスキー&ジョン・ダワー
最新インタビュー
(「ユンカーマン監督特集」より)


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アレン・ネルソンさんと10回忌法要
 2019年3月25日 琉球朝日放送

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『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか』


“      〈初めて人を殺す〉


 初めての戦闘以来、
わたしはすっかり変わってしまいました


 自分が生きのびるためには
タフにならなくてはいけないのだ と思うようになりました。

 何も考えないようにしよう。
ベトナム人に愛着を感じることのないようにしよう。
やつらはグークスであって、人間じゃないんだ。

 そう心に決めました


 そして危険な任務にも進んで志願するようになったのです。

 初めて人を殺したのは、
それから二度目の戦闘でのことでした。

 あの茶色の歯をしたベトナム人をわたしは殺したのです。


 小隊はある村を包囲していました。
その村にベトコンがひそんでいるという情報があったのです。

 わたしは地面にふせて銃をかまえ、
前方の村をじっと見つめていました。

 (引用者中略)

 ……300メートルほど向こうの村の土手に
一人の男が立ち上がり、走り出しました。
わたしは反射的にライフル銃の引き金をひきました。
銃が耳元ですさまじい音をあげました。
そしてその瞬間、
まさしくわたしの指が引き金を引き終えたその瞬間に、
その男がうしろに引っぱられるようにして
たおれたのです。

 わたしは人を撃ったのでした。

 あまりの簡単さと、あっけなさに、ひどくおどろきました。

 こちら側で指を少し動かしただけで、
彼方で人がたおれた
のでした。

 戦闘が終わり、部隊は村に入りました。

 兵士たちは死傷者の数を数えます

 わたしは自分が撃った男のもとに行きました。

 男は死んでいました。

 四十代のぐらいの男でした。

 黒色の野良着を着ていました。
その黒の短いズボンからは はだかの脚がのぞき、
その足は自動車のタイヤから作られたゴムサンダルをはいていました。

 おびただしい血の男の体から流れ出ており、
それはきらきら光る赤茶色の水たまりをつくっていました


 目はつぶっていましたが、
口は苦し気にゆがんで開いていました。

 その歯の茶色を
いまでもはっきりと思い出すことができます。

 武器は持っていませんでした。
彼はベトコンではなく、
ただの農民だったのかもしれません。

 だが、そんなことは どうでもよいことでした


 ベトナムでは、とくに農民の男は、
だれがベトコンで だれがそうでないかなど わかりはしないし、
実際、農民だと思いこんでいた男性が
油断をしていたわれわれを突然攻撃するということもあるのです


 しかも、彼らはグークス〔※〕です。
魂も持っていない野蛮人なのです

〔【※】サーカスの見せ物小屋にいる異形の人間という意味で、
それが転じて、アジア人に対する蔑称〕

 魂を持たないグークスに対して、
彼に名前があり、家族があり、
かけがえのない人生がある
などと、
想像することできない
のです。




        【奇妙な感情】


 死体を前にして立っていると、
上官がやってきて
わたしの肩をうれしそうに何度もたたきました


よくやった。
これでおまえも一人前の兵士だ

ほこりに思うぞ



 そして
自分のナイフをわたしに差し出し
こう言いました


記念に これで死体の耳を切り取れ

 わたしは首をふり、「いえ、けっこうです」と答えました。

 こわかったからではなく、
単純に死体の耳などほしくなかったのです。

 多くの兵士が
自分の殺したベトナム人の耳を切り取り、
それにヒモを通して
首からぶら下げていました。
自分が殺した人間の数をひけらかし、
自分の勇敢さを誇示するためです。
でも、
そんな死体の耳の首かざりをしている兵士たちからは
いやなにおいがしたましたし、
ハエも そんな兵士のまわりを飛び回る
のでした

わたしは単にそれがいやで、
上官の申し出をことわったのです。
けっして、恐怖などからではなかったのです。

 わたしは人を殺したことで、
とてもいい気分でした


 新兵は
古参の兵士から、
こいつは人を殺せる勇気があるのか、
戦場で使い物になるのか
という目で つねに見られており、
心から信用されているわけではない
のです。ですから、
ですから、
実際に人を殺すことで

兵士たちの信頼を勝ち得ることができ、
初めて真の仲間となること
できる
のです。

 上官が立ち去ると、別の先輩兵士がやってきて、
こう聞きました。


おまえがいらないなら、
そいつの耳をおれがもらっていいか?
あと、金歯があったら
そいつもちょうだいしたい
んだが」


 わたしは、うなずきました。

 兵士は
男の耳をナイフで切り取りと、次に口の中を調べました。
彼は歯には何もせず、血だらけの耳だけをぶら下げて
去っていきました

死体の男に金歯はなかったのです。

 死体の前でまたひとりになると、
奇妙な感情がこみあげてきました。
名づけることのできないその感情とともにめまいがし、
胃がキューッとしめつけられるような感じがして、
胃の中のものが のどへと上がってくるのがわかりました

それは自分自身の意思を持っているかのように、
わたしの口から飛び出しました。

 わたしは死体のわきに吐いてしまいました。

 それを見た上官がわたしのそばにふたたびやってくると、
こう言いました。

初めて人を殺したときは、だれもがそうなる。
気にすることはない。
すぐに慣れてしまうから、心配するな


 この名づけることのできない感情とは、
罪の意識でもなく、恐怖でもなく、
ましてや喜びでもありませんでした。

 しいていえば、
人を殺すことのあまりの簡単さへのおどろき

と言えるかもしれません。
果てしない暗闇が目の前に突然に口を開けて
わたしをのみこんでしまったような、
なんとも言えぬ感情
でした。

 戦場で戦い、人を殺す兵士の気持ちを説明するのは
とてもむずかしいのです。

 たしかに、上官の言うとおり、
最初に人を殺したとき、
兵士のほとんどが吐いてしまいます


 しかし、上官の言った「すぐに慣れる」というのは
まちがいでした。

 吐きこそしませんでしたが、
わたしは人を殺すたびに、
いつまでも
あの名づけることのできない奇妙な感情にとらわれ、
めまいのようなものを感じた
のでした。”

(アレン・ネルソン 同 84-90頁)

――――――――――――――――


“     女性も、子どもも、老人も


 任務の多くは、パトロールについやされます。
ベースキャンプの周囲のパトロールもあれば、
ときには遠くまで行き、
ジャングルの中で三日から四日ほどすごして、
また基地にもどってくることもあります。

 戦闘は、そのパトロールの際に
敵に偶然遭遇したときに起こります。
このときは、塹壕をほってかくれ、
ベトコンが通るのをじっと息をひそめて
何時間も待ちつづけるのです。

「サーチ・アンド・デストロイ」という任務もあります。

 ベトナムがかくれていると思われる村落に行き、
もしそこにい武器がかくされていたら、
その武器を没収したあとに、その村を焼きはらう
のです。

 たいがい、村に行っても男たちはいません。
いるのは女性や子ども、そして老人ばかりです。
男たちはどこに行ったのかと聞くと、
みな、ここには前から男はいない と うそをつきます。
そこで、わたしたちは
村中をかたっぱしから武器をさがしてまわります。

 もし、武器が発見されると、
それは この村がベトコンを支持し、助けている証拠になりますから、
村をまるごと焼きつくす
のです。

 わたしたちは村人たちを一人残らず一か所に集めると、
無人となった家々に火を放ちます。

 村人たちは恐怖に顔を引きつらせ、立ちつくします。


 逃げてしまった村人、逃げきれずに撃たれて死んだ村人。
それ以外の村人はみな、
ヘリコプターがやってきて どこかへと連れ去っていきます。
その生き先がどこなのか知りませんでしたし、
知ろうとも思いませんでした


 没収した武器は基地まで持って帰ります。
情報担当の部署が調べるためです。

 これが典型的な「サーチ・アンド・デストロイ」です。

 しかし、それはいわば
きわめておだやかな部類のものです。

 「サーチ・アンド・デストロイ」では、
女性や子ども、老人たちが犠牲になることのほうが
多かった
からです。

 わたしたちも
女性や子どもたちを数多く殺害しました。

 これは戦争です。
戦争では 安全な人間など ひとりもいないのです。
女性だろうが、子どもだろうが、年寄りだろうが、
戦闘にまきこまれれば死ぬであろうし、
わたしたちに刃向かえば
殺されるのは当たり前のことだ
と思っていました。

 それが、ベトナムの人々にとっては、
たった一つの家族たった一つの命をかけた
絶望的なものであったとしても、
わたしたちにとっては
ありふれた戦闘のひとつでしか
ありませんでした。


(引用者中略)


       〈残虐な方法



 そのうち わたしたちは、
ベトコンをおびき出すために、
ある残虐な方法を用いる
ようになりました。


 村に行き、そこに女性や子どもたちしかいないのは、
男たちがみなベトコンの兵士であるからです。

 彼らは日中、村の近くの丘やジャングルにひそみ、
わたしたちへの攻撃にチャンスをうかがっています。

(引用者中略)

 彼らは
待ち伏せを攻撃をしかけたり、ワナにはめようとしますが、
わたしたちには彼らのすがたが見えません。
そのために、
どうしても彼らをおびき出し、
彼らを真正面からたたくことが必要だったのです。

 やがてとても効果的な方法が見つかりました。
それは残虐非道なものでしたが、
これにまさる戦術はありませんでした。

 それは、
村に残っている女性や子ども、老人殺すことでした。

 これは彼ら〔ベトコン兵士〕にとって、
家族失うと同時に、食糧などの支援失うこと
意味しました。

 わたしたちは
村人の死体、
つまり

女性や子どもや老人たちのむごたらしい死体を、
かくれている男たちによく見えるように、
村の入り口にならべます。

 男たちは
家族を皆殺しにされたことを知ると

ようやくみずからすがたをあらわし、
わたしたちと真正面から戦うようになる
のでした。


 みんなグースなんだ。
わたしはそう思っていました。

 女だろうが、子どもだろうが、年寄だろうが、
みんなグークスなのだ。みんな野蛮人なのだ。
ほうっておけば、わたしたちを殺しにくる獣なのだ。

 そう思っていました



       〈死体のにおい


 攻撃だけが兵士の仕事ではありません。

 村への攻撃が終わったあとの後始末もまた、
時間のかかる、やっかいな任務
でした。


 後始末のひとつは
死体を集め、死者数を数えること
です。
死体の数だけが戦闘の成果として報告され、記録されるのです。

 もうひとつは、
逃げた村人をとらえること
です。

 まず、わたしたちは、
すべての死体を村の中央に運び、
その死体を三つの山に分けて積み上げます。

 一つの山は男の死体、もう一つの山は女の死体、
そしてもう一つの山は子どもの死体です。

 腕や足がちぎれたり、どこかが欠けている死体は、
その欠けている部分をさがして、
一体の完全な死体にしなくてはなりません。

 頭がない死体もめずらしくありません。
そんなときは頭をさがさなければなりません。

 頭を運ぶときは髪の毛をつかんで、
ぶら下げて運ぶのですが、
あるとき、
髪の毛が焼け落ちてつかむところがない頭が
落ちていました。
わたしは、棒きれを拾うと
それを死体の耳の穴につっこんで持ち上げ、
運びました


 戦場では、そんなふうに、死体に対して
何も感じないようになる
のです。

 死体に何百匹というハエがたかったり、
ハエが死体に卵を産みつけたりするのは
気持ちが悪いとは思いませんでしたが、
人間の死体そのものには
どんな感情もわきませんでした


 言い方を変えれば、
死体に対して特別な感情をいだくことは
ゆるされなかった
のです。
感じてはならないのです。
戦い、殺し、生きのびるためには、
死体を見て何かを感じてはならない
のです。

 もし、死体に何かを感じ
死体を見、さわることにたえられない兵士であれば、
戦場で だれよりも早く命を落とすことになる
でしょう。

 それはアメリカ軍ばかりでなく、
敵であるベトコンにとっても同様だったはずです。

 ですから、
死者への冒涜【ぼうとく】だとか、
そんな観念は戦場では通用しません
ただのモノとして、
わたしたちは死体を集め、積み上げ、勘定する
のです。
が一個、死が二個、死が三個、死が四個……と。

 ただ、いつまでも慣れることができなかったのは、
死体のにおい
した。

 ジャングルに逃げこみ、そこで死んだ者の死体も
さがさなければなりませんが、
そのためには二つの方法がありました。

 ひとつは
ハエにさがしてもらうことです。
ジャングルに入り、注意深く耳をすまします。
すると、
何百匹、何千匹ものハエの羽音が聞こえてくる
のです。
その羽音がするほうへと向かえば、
そこに死体がある
のです。

 もうひとつは においです。
死体のにおいをさがすのです。

 ジャングルの中で収穫に全神経を集中させます。
すると、
死体特有のあまいにおいが ただよっているのが
わかります。
あとは そのにおいがするほうをさがすだけです。

 この死体のにおいは きつく、あまい、独特なもので、
わたしはそれをかぐたびに吐き気を感じたり、
涙が出たり、ときにはひざがガクガクするほど
でした。

 わたしは、
この死体のにおいだけには、
いつまでたっても慣れることができませんでした。

 そして、この死体のにおいだけは、
今も鼻のどこかにこびりついて取れないように、
忘れることができない
のです。


      〈死体の山で


 逃げ込んだ村人を ジャングルの中にさがすときに、
子どもを連れた女性見つけるのは

かんたんなこでした。
子どもがたえきれずに泣き出すから
です。

 老人見つけるのも たやすいのですが、
老人は早く走ることができないので、
銃撃にまきこまれることが多く
わたしたちは

多くの老人ジャングルの中で死んでゆくのを目にしました。

 女性や子どもを見つけると、
わたしたちは彼らを村に連れ帰ります。


 そして女性や子どもたちは、
村の広場に積み上げられた死体の山
目にすることになる
のです。

 子どもを連れてジャングルへ逃げ込んだのが、
その子の母親とはかぎりません

そんなとき、わたしたちは、
小さな子どもが自分の母親を
死体の山の中見つけて走り出し
母親の死体とりついて離れない

という光景を目にすることになります。

 子どもたち
死んだ母親の腕や足にしがみつき

泣きさけびます
その泣き声は、
家々が燃え盛る炎の音とともに
ジャングル中にひびきわたってゆきます


 わかい女性が、
その子どもにかけ寄り、
死体から子どもを引き離そうとしますが、
子どもは
力をふりしぼって母親の死体にだきつき、
けっして離れようとしない
のです


 一方で
老婆たち
死体の山の中家族をさがします
そして、
身内がみな殺されてしまったことを知ると、
老婆は地面につっぷし、

子どものようになきじゃくる
のです。

 こんなことが、
何度も何度もくりかえされた
のです。

 そして、その光景
目の前で何度くりかえされようと、
わたしたちの感情は

少しも動かされることがなく、
ただただ無関心
でした


 わたしたちの部隊だけでなく、
ほかの多くのアメリカ軍の部隊が
出撃したすべての村で、
似たようなことが数知れずおきたはずです。

 そして、
そんな残虐で無慈悲な死体の山を背に、
子どもたちや老婆の泣きさけぶ声が ひびくなか、
兵士たちはベトコンの耳を切り取ったり、
基地にもどったら売りはらうための金歯を
さがすことに余念がない
のです。


 それが戦場でした。

 それが戦争でした。


(アレン・ネルソン 同 94-108頁)

――・――・――・――・――・――

“ 部隊の中にはモンスターのような兵士
何人もいました


 人間というものが、
いかに環境に従順で、
残虐さにすら たちまちに慣れるものだ ということを
戦場で知りました
が、
と同時に、
一線をこえてはならないというタブー感覚もまた消えないもの
ということも知りました。

 でもそのタブーの感覚すら持たない人間
つまり、
一線をこえてどこまでも突き進む人間もまた、
現実に、しかも大勢いるこ
とに わたしはおどろきました。

 そんな連中を、わたしは
ひそかにモンスターとよんでいました。
同じ人間とは思いたくありませんでした

 彼らは、だれよりも多く人を殺し、
そして戦闘が終われば死体から頭を切り取り、
その頭とともに記念写真を撮ります


 また生きている女性ばかりでなく、
死んだ女性をも乱暴し、もてあそぶ
のです。

 彼らにとって、タブーは存在しません。
まさに、この世で彼らがしてはならないことは
何もない
のです。

 刑務所に入っている殺人鬼とモンスターがちがうのは、
殺人鬼は自分のために殺すのですが、
モンスター
上官の「殺せ」という命令にしたがって殺す

という点です。

 モンスターら確実に任務をこなす殺人マシーンなのです。

 軍は彼らの行きすぎたおこないを知っていましたが、
は彼らをほめこそすれ、
とがめることいっさいありませんでした

軍にとって、モンスターら有用な兵士であり、
飼い主以外の者なら だれでも かみ殺してくれる
飼い主に忠実なよい犬だった
からです。

 自分もいつしか、
そんなモンスターの仲間入りを
してしまう
のではないかと、
わたしはおそれていました
知らぬ間に、
人間性の最後のひとかけらをも
失ってしまう
のではないかと。

(アレン・ネルソン【著】
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか』
2010年、講談社文庫、124-126頁)

◆□●◇■〇◆□●◇■〇◆□●◇■〇

〈【3】に続く〉