【高市氏の田舎無視】2月選挙は誰のため?
【高市早苗 逆応援MV】逃げて×4参ります 10秒スポット公開!フルバージョンは明日公開
— まき|脱スピで幸せになった人 (@oyamada_maki) February 5, 2026
選挙まで、あと3日を切りました。
選挙当日はSNSでの活動ができないので、それまでに
「YouTubeやショート動画で高市早苗の危険性を伝える動画を可能な限り上げよう」
という戦術に切り替えました。… pic.twitter.com/bEk1MliFK5
【高市早苗 逆応援ソング】逃げてまいりますMV Youtube1万回再生チャレンジ
— まき|脱スピで幸せになった人 (@oyamada_maki) February 6, 2026
フルバージョンをようやく公開できました。
YouTubeでも公開しています。
リプ欄にリンクがありますので、ぜひそちらでもご視聴ください。… pic.twitter.com/LU9ouizg2P
◆◇◆◇◆◇◆◇
【金子勝】2026年1月30日
非常に危険な総選挙/人気投票/
裏金議員大復活/国保逃れ/
世界で一番弱い通貨「円」/軍事費財源は
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「寝首を掻【か】く」
(意味):‟眠っている人を襲って、その首を切り取る。
また、卑怯な計略を用いて、相手をおとしいれる。”
(精選版 日本国語大辞典)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
”ここでは 微笑のかげに短剣がひそんでいる。"
W.シェークスピア/小田島雄志【訳】『マクベス』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
‟偽預言者を警戒しなさい。
彼らは羊の皮を身にまとって、あなたがたのところに来るが、
その内側は貪欲な狼である。”
(マタイによる福音書 第7章)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
”・・・現在の大きな力を持つ主権国家・・・が並び立つ世界では、
人類を滅亡させる可能性がある。
人類にとって本当に危険なのは、
”並外れた権力を持つふつうの人間”であり、
悪魔やサディストではない。
しかし戦争に武器が必要なのと同じで、
何百万もの人々に命を危険にさらすよう仕向け、
彼らを殺人者に仕立て上げるためには、
憎悪、義憤、破壊性、恐怖心が必要になる。
こうした激しい感情は、戦争を始めるのに必要な条件である。
・・・一発で数十万人を殺すことが可能な核ミサイルの発射ボタンを押す人間は、銃剣やマシンガンを使う兵士と同じ意味で誰かを殺す経験をすることはないだろう。
しかし核兵器を発射するという行為が、
意識の上では命令に忠実に従うことにすぎないにしても、
そうした行為が可能なのは、
人格のもっとも深いところに、
破壊的衝動とまではいかなくても
生命への深刻な無関心が潜んでいるためではないかという疑問は残る。”
(エーリッヒ・フロム/渡会圭子【訳】
『悪について』
ちくま学芸文庫、19-20頁)
◆◇◆◇◆◇◆◇
いまから約1年前になるのだけれども、
『世界』2025年1月号の、
日本文学研究者の山本淳子氏と、
政治学者の宇野重規氏との対談記事、
「『光る君へ』の時代と政治」が
個人的には興味ぶかく、
この1年間、ときどき開いては
何度か読み返すことがあった。
平安時代は、
‟内戦がほとんどない”時代だけれども、
その‟平和”を支えてきたのは、
酷いことをした相手に恨まれて、
「怨霊によって祟られてしまう」という意識だった、
という。
面白いのは、
その「怨霊」は”ドコにいる”のか?
それは、
権力争いで生き残ってきた《権力者の心の中》に、
ではないか、というのだ。
それを物語る紫式部の和歌で、
”亡き人にかごとをかけて煩ふも
おのが心の鬼にやあらむ”
「みんな、
死んだ人のせいにして困ったと言っている、
でも、それは
あなたの心の中の鬼がしているわざなのでは?」
(『世界』2025年1月号、P.268)
と紹介されている。
権力争いを通して、
人の恨みを買っていることの自覚がある
藤原道長も、病気になったりして、
罪悪感や恐怖心を抱えていた、という。
この《心のなかの鬼》の問題、
権力追求と罪悪感などとの表裏一体構造の点で、
シェークスピアの『マクベス』とも重なるかもしれない。
解説「マクベス」シェイクスピア作品
Throne of Blood (「蜘蛛の巣城」)(1957)
Original Trailer [HD]
勇敢で誉れ高かったマクベスが、
〈マクベスは、この国の国王になるが、
そのずっと先の未来では、
マクベスの親友のバンクォーの子孫たちが、
この国の国王になる〉という
魔女の予言にそそのかされ、
そして妻の野心に促されて、
名誉と権力に目がくらんだ結果、
国王を殺害し、権力を得て以降は、
自分の破滅を恐れて、
親友を裏切り、
次から次へと殺人と悪事を重ねるが、
罪を重ねれば重ねるほど
《心の不安》は大きくなり、
最期には何もかもを失い、破滅する
という結末の物語
——しかも、結果的には、
「魔女の予言通り」となってしまう——。
けれども、
「罪悪感」や「恐怖心」を‟抱えるだけ、
まだマシかもしれない”というような世の中に、
現代はなってしまっているのかもしれない。
というのは、
山本淳子×宇野重規
「『光る君へ』の時代と政治」の
ひとつ前の記事「あたふたと身支度」では、
レイプ‟されるような”格好をしてた女が悪い論、的な社会構造。
また、昨今では、頂き女子リリちゃん事件、
さらには、グルーミングと性搾取、
裸ローン・・・など、
加害者は《罪悪感を抱えていない》場合がある。
でも、ちょっと考えてみてほしい!
これは、とても怖ろしいこと!だと思わないか?
あなたと同じ屋根の下で暮らしている、
あなたの親が、
兄弟の誰かが、あなたの子が、
あなたの家族の誰かが、
他人をレイプして、
被害者が死ぬほど苦しんでいる他方で、
何の罪悪感も持たずに《平然と暮らせている》
としたら、
それは、《ホラー映画の怪物》と何が違うのか?
他人から大金を騙し取ったり、
他人を騙して搾取しても、
何の罪悪感も持たずに、
いつもどおりに平然と日常生活を営める。
仮に、あなたが、
‟被害者の立場に立たされた”として、
レイプ被害でも詐欺被害でも、
自分に加害を加えた相手が
何の罪悪感も持たずに
平然を日々と暮らせているとしたら、
どのように映って見えるだろうか?
たとえば、
レイプ被害者が死ぬほど苦しんでいる他方で、
レイプ加害者が、
あなたのパートナーや、あなたの子だと分かったが、
その加害者である自分の家族が、
まるで何も無かったかのように、
いつも通りに暮らしていたら、
あなたには、どのように映ってみえるだろうか?
ーーーーーーーーーーー
じつは私も、性被害こそ受けていなくても、
良心や親切を‟悪用されて”《騙されている》。
「お金が無くて、
(同棲している)パートナーから、
『もう、ワタシ、風俗でカラダ売ろうか?』
と言ってきた。
そんなことをしたら家庭が崩壊してしまう。
ちょっと待って欲しい、とパートナーに言った。」
「知人にお金の相談をしたら、
『だったら、自殺したらいいんじゃない?』
と言われた」
そう言って、私を騙した相手は、
じつは私の良心をあてにして利用した。
そういえば、
「頂き女子りりちゃん」の犯人の渡邊が、
被害者の男性たちから、
多額のお金を騙し取るためのコツは、
“相手に「可哀そう」と思わせること”だった。
私を騙した加害者も、
《同情を誘って》、
私を《コントロールした》のだった。
加害者は《良心や罪悪感を持っていない》。
こうした者たちは、
‟反社会的パーソナリティ”や
“パーソナリティ障害”と呼ばれる。
たとえば、「サイコパス」も、
パーソナリティー障害のひとつだ。
とくにサイコパスには、良心も責任感もない!
知能の高いサイコパスの場合、
良心や責任感や思いやりが欠けているので、
実行力が早く、自分を引きとめるものは何もない。
平然と嘘をつき、
甘言に乗せたり、涙で同情を誘ったり・・・
とにかく人を操ることに長けている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
じつは、本題は、ここから。
この‟異様な”解散選挙を受けて、
この記事を書こうと思った。
臨床心理学者ジョージ・サイモンの本で、
『他人を支配したがる人たち』(邦題)という本がある。
邦題は『他人を支配したがる人たち』だが、
原題は『In SHEEP'S CLOTHING
~Understanding and Dealing with Manipulative People~』
(ヒツジの皮をかぶったオオカミ
——他人を支配したがる人たちについての理解とその対処方法——。
ジョージ・サイモンが
「ヒツジの皮をかぶったオオカミ」と形容する存在とは、
‟潜在的攻撃性パーソナリティ障害”の人間のことだ。
‟潜在的攻撃性パーソナリティ障害”
というワードを聞いたことは無いかもしれない。
けれども、‟サイコパス”というワードは
聞いた事があるかもしれない。
”サイコパス”は、
最悪の危険性と狡猾さをもった
‟潜在的攻撃性パーソナリティ障害”で、
最凶の‟潜在的攻撃性パーソナリティー”の持ち主だと言われる。
また専門家のなかには、
サイコパスが‟軽度に変異したもの”が
‟潜在的攻撃性”だと位置づけて考えている者もいるという。
いずれにしても、
‟反社会的”パーソナリティ障害と言える。
何故、この異常な解散選挙に向けて、
《この話題》をぶつけてきたのか?
ジョージ・サイモンが言うには、
〈潜在的攻撃性パーソナリティ〉にとって
この世の中には、
《公然と人を搾取できる格好の機会》が
提供されていて、
それは《政界》、宗教界・法曹界なのだ、
と注意を促しているからだ。
以下では、
潜在的攻撃性パーソナリティーの性格と特徴について、紹介すべく、この記事を更新しようと思った。
ジョージ・サイモンが
「ヒツジの皮をかぶったオオカミ」と形容した、
‟潜在的攻撃性パーソナリティ”とは、
いったいどういう特徴を持った存在か?
ジョージ・サイモンが診断した患者のなかには、
幼い頃から
〈虐待〉や〈ネグレクト〉の日々を生きてきた事から、
虐待をする親に対抗するために、
自分も《ガーゴイル(怪物)》になって、
日々を虐待する鬼(親)との闘いに明け暮れる内に、
過剰な攻撃性を備えた人格が形成される事になった者もいるようだ。
この者が厄介なのは、
過剰な攻撃性を持ちつつも、
「潜在的」攻撃性パーソナリティというように、
”外見的には分からない”ことなのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ジョー・サイモンの話に戻ると、
「攻撃性パーソナリティー」という、
“反社会的パーソナリティー”には、
加害性パーソナリティー、
サイコパスやソシオパスなど略奪性パーソナリティー・・・様々な攻撃性パーソナリティーには、
”権力と支配とに向けられた過剰な欲求”が
共通して見受けられるという。
どの攻撃性パーソナリティーのタイプにも、
「良心の痛みに訴える」ことは”ムダ”だという。
どの攻撃性パーソナリティ―も、
現実を歪めて把握し、
自分の言動に伴う責任を負おうとはしない。
どの攻撃性パーソナリティーにも、
肥大したエゴイズムと特権意識があり、
おのれの欲望に貪欲で、
自分が主人であり続けることに積極的で、
目的を遂げるべく、
支配的な地位を維持するためならば、
人の権利など
平気で踏みにじる事ができるようだ。
どの攻撃性パーソナリティーも、
自分の望みを果たし、
他人を支配する立場を得ることに腐心するが、
しかし、略奪性パーソナリティーなどの
ほかの攻撃性パーソナリティーと、
潜在的攻撃性パーソナリティーとの"違い”は、
潜在的攻撃性パーソナリティーは、
”きわめて狡猾で陰険な手段”を用いて、
被害者に攻撃を加えることだという。
(潜在的攻撃性パーソナリティーを、
以下では「マニピュレーター(操作的志向者)」と呼んでいく)。
ジョージ・サイモンが、
潜在的攻撃性パーソナリティー(マニピュレーター)のことを、
”ヒツジの皮をかぶったオオカミ”と呼ぶほど、
彼らが、その本性を隠すのは、
その本性を隠して、
表向きには魅力的にふるまう理由の一つとして、
〈自分の外面を保つことができる〉からだ。
しかし、マニピュレーターが、
自分の恐ろしい本性を隠すのは、
〈他者に勝利し、相手を支配する〉為には、
オオカミのような自分の恐ろしい本性を
隠すことは、都合が良いからだ。
上辺【うわべ】では「いい人」に見えながら、
勝つことへの執着から手段を選ばず、
自分の真意を悟られないように腐心するため、
マニピュレーターを疑っておらず、無防備な相手に対して
隠蔽的な闘い方をして《他人を欺く》。
そのようにして、
〈他者に勝利し、相手を支配する〉ことを志向する。
つぎの内容は、
ジョージ・サイモンの本には
載っていないのだけれども、
ある脳科学研究者の本で、
神経伝達物である「セロトニン」は、
”幸せホルモン”とも言われ、
安定感や幸せ感をもたらすホルモンだという。
セロトニンというホルモン物質に課された使命は、
「対の関係」の形成で、
たとえば母と赤ん坊との授乳の時に、
赤ん坊が母の胸で授乳をした時に、
お母さんには
「オキシトニン」「セロトニン」
という幸せホルモンが身体を駆けめぐり、
赤ん坊にも「セロトニン」が分泌される。
母親と赤ん坊とのふたりは、授乳を通じて、
「セロトニン」などのホルモンの分泌を通じて、
「安定感」と「幸福感」に包まれる。
この「セロトニン」を、
人によっては、‟愛の物質”と呼ぶ人もいる。
対人の「笑顔」を見ても、
ヒトは「セロトニン」が分泌される。
先ほど、
「セロトニン」という物質に課された使命は、
「対【つい】の関係」の形成のようだ、と書いた。
そこで、けれども、
「対の関係」の形成という使命をもった、
この「セロトニン」という物質は、
「愛の関係」の形成とは‟別な場合にも”、
分泌される事がある。
精神科医のM・スコット・ペックは
『愛すること、生きること』(邦題)のなかで、
愛とは
自分自身の精神的成長を培うために、
あるいは
他人の精神的成長を培うために、
自己を広げようとする意志であり、
愛の行為が、
その目的が他者の成長のためであっても、
自己を進化させる行為である為、
他者への愛であっても、
そこには自己への愛が含まれてくる、
と言っている。
その事から、他者を愛するとき、
限界を超えるほどの「努力を要し」、
「労多いもの」である、と言った。
しかし世の中には、
〈愛することが出来ない者がいる〉。
他者も自己も《愛することが出来ない者》にも、
「セロトニン」が分泌される場合がある。
アンデッシュ・ハンセン『スマホ脳』では、
サルの実験で、
〈自分がボスであること〉
〈自分が社会的に高い地位に立つこと〉を
認識した時にも、
「セロトニン」の分泌量が増える、という。
”愛の物質””幸せホルモン”の「セロトニン」は、
‟自分が他人の上に立ったとき”にも、
分泌されるのであった。
《マニピュレーター》が、なぜ執拗に
《他者に勝利し、相手を支配すること》に
強い執着を持つのか?
それは、もしかしたら、
他者も自身も《愛せない者》が
他者との「対の関係」の形成で、
「安定感」と「幸福感」を得るために、
渇望しているせいなのかもしれない。
この異常な解散選挙のなか、
前後記事に、何の脈絡もなく、
唐突に、この記事を書いたのは、
ジョージ・サイモンいわく、
この社会には、
‟公然と人を搾取できる、格好の機会”が、
社会的に提供されており、
それは
《政界》〈法曹界〉〈(カルト)宗教界〉だ、
と注意を促しているからだ。
《政界》は、
‟オオカミである自分の正体を隠しながら、
人を搾取することができるような、
権力を手中に納めることができる機会”を、
《潜在的攻撃性パーソナリティー/マニピュレーター》のようなパーソナリティ障害こそが、虎視眈々と狙っている。
マニピュレーターは、
相手の弱点をかぎ分ける臭覚にすぐれている。
マニピュレーターの餌食にあった後になって、
”ヒツジの皮を被ったオオカミ”だった、
と気づかされた被害者たちは、
被害に遭った後になって、”そういえば・・・”と、
おかしな節の数々に、気づかされる。
しかし、被害に遭った後では、もう遅い!のだ。
‟ヒツジの皮を被ったオオカミ”
《マニピュレーター》は、
稀な存在ではない。
あなたの地域にも、そこかしこに存在する!
”人当たりが良く、上辺では穏やか”だったり、
”魅力的にふるまう”が、
その正体は
”悪知恵にあふれ、ズル賢く、手口が巧妙”。
相手に対して‟容赦がなく、
練りに練った手口や策略を駆使して、
他人の上に立とうとする。
しかし、
正々堂々と相手とやり合うのではなく、
自分の攻撃的な本性を、
相手に悟られないように隠蔽しながら、
相手を欺く。
彼等の動機は、
自分の望みを獲得するためならば、
他人を攻撃する。
相手との関係で、相手に応じて、
狡猾なやり方や計算に基づいて、
自分の望みを遂げようとする。
権力を野心的に追い求め、
自分の願望を果たすためならば、
良心に恥じることは”ない”。
つねにトップを極めることを考え、
人の上に立つ為であったり、
権力を得るためならば、
その努力を惜しまない。
そして又、
自分が追い求める目的のためならば、
他人の権利や事情には‟お構いなく”、
それどころか、”他人を犠牲にする”。
人生や他人は”闘う相手”であり、
どんな障害にも立ち向かえる、
という‟過剰な自負心”を持っている。
――〈「マニピュレーター」の特徴〉――
〇つねに自分の思い通りにすること、
相手に勝利することを追求している。
人生における、どの状況も、
自分に向けられた挑戦であり、
勝利するための闘いだ、と思っている。
〇自分の望むものを手にする為ならば、
立ちはだかるものを、倒そうとしたり、
《排除する》ことに没頭する。
〇他者に対する支配と力を求めている。
他人の上に立ち、
人に命じる立場や地位を得ることを、
つねに狙っている。
真意を悟られないように”ひそかに”
しかし効果的な策略を用いる。
〇偽りながらも、
”礼儀正しく、魅力的にふるまう”ことで、
相手を自分の虜【とりこ】にする、
”自分の見せ方”を心得ているが、
その攻撃的な本性は「隠す」。
マニピュレーターに対して抱いた、
相手の直観的な不信感を拭って、
自分の思い通りに相手を支配する術に、長けている。
〇”恥を恥とも思わない”闘士。
”狡猾”で、負けを認めない。
相手の弱点や弱みを
かぎ分ける臭覚に長けている。
相手が怯むものならば、そのスキを見逃さない。
〇「負けを認める」ことで得られる、
学びの建設的な可能性を、理解できない。
自分たちが重ねてきた過去を、
教訓として生かすことが”できない”。
〇良心が”歪んでおり”、
心のブレーキが”欠けている”。
善悪の区別がついていても、
目的を達成する為ならば、手段を正当化する。
自分の行為について、マニピュレーターは、
自分自身も、相手も《欺く》ことができる。
〇他人に対して”容赦なく”、
「対の関係」は
〈搾取する・される〉関係にしか見えない。
マニピュレーターにとって、
相手とは、
人生におけるゲームの”捨て駒”として見る。
相手の弱みや弱点を”ことごとく利用する”。
"人を利用することが巧みで、
人を操るエゴイスト"。
〇反社会的パーソナリティーの者は、
犯罪行為で捕まる者がいるが、
《マニピュレーター》のほうは、
このタイプ独特の”狡猾さ”、
支配的人間関係への”計算高さ”から、
”法律に触れるようなマネはしない”。
〇本人には、
日々、生きることが闘いで、
自分の欲望や目的に立ちはだかる存在は、
何であっても「敵」と見なす。
〈勝利すること〉に執着して、つねに臨戦態勢。
〇人と争うことが、本当に必要なのか、
他人と争うことが間違いではないか、
学ぼうとしない。
自分の負けを認めようとしない。
相手に譲ることで、
相手にも自分にも得られる場合がある理屈を
理解できない。
〇「フェアな闘い方」を”知ろうとしない”。
「意味のある戦い方」を”知ろうとしない”。
「公正/フェアにふるまう」と、
”自分が勝てなくなる”と信じている。
”ずる賢く立ち回ること”が、
勝利の秘訣だと思っており、
敵意や真意は
”相手に悟られないように隠す”
——だから上辺では「魅力的にふるまう」——。
〇幼稚な〈利己主義や自己中心主義〉から、
「克服すること」が”できない”。
”世界はすべて自分のもの”で、
他人を操作する術に磨きをかけ、
”自分を無敵の存在”だと信じ込むようになる。
〇「他人の弱み」に対して、
”同情を寄せる事ができない”。
誰に対してであっても、
「相手の弱点や弱み」は、
”自分が利用するための利点にしか見えない”。
〇対人関係では、
どうすれば
狙った〈相手をコントロール〉できて、
どのようにすれば、
〈相手を操作できる〉か、
そのための手口に精通している。
私たち人間というものは、
何か「恐れ」や「不安」や「悩み」を
抱えているものだ。
しかし、《マニピュレーター》は
相手は人々の「恐れ」や「不安」を”利用して”、
〈相手の力を弱めようとしたり〉、
〈相手を搾取しようとしたり〉、
〈相手を操作・支配する〉ことに、
あたまを働かせる。
―――――――――
そんな《マニピュレーター》にとって、
カルト宗教界、法曹界、
そして《政界》は、
”公然と人々を搾取することができる、
絶好の機会だ”と
ジョージ・サイモンは、
『他人を支配したがる人たち
—身近にいる「マニピュレーター」の脅威—』
で書いている。
この世の中には、
自分とは‟まったく異なる”
パーソナリティーをもつ人間”が、
身近に存在している。
”ヒツジの皮を被ったオオカミ”が存在している。
私を騙した、オオカミのような人間は、
私の「信頼」や「期待」「思い込み」「同情」などを
”利用する”ことで、
私からお金を騙し取ることに成功した。
どのように私の心を擽【くすぐ】れば、
私をコントロールして、
お金を騙し取ることが出来るのか、
”冷徹に計算していた”。
‟ヒツジの皮をかぶったオオカミ”である
《マニピュレーター》にとって、
権力を持てる《政界》は、
公然と人を搾取することができる
格好の公的機会であり、
《マニピュレーター》は、
あなたの
「信頼」や「期待」を利用して、
あなたを騙して、
権力を手にする機会を
虎視眈々と狙っている。
マニピュレーターは、
操作的権力関係を手にする為に、
人を《騙す》手口を使う。
そのためには、
あなたの「期待」や「信頼」は
”都合が良い”はずだ。
◆◇◆◇◆◇
自民党に巣食った統一教会
【Tansa×デモクラシータイムス
探査報道最前線】20260130
内側からの視点で
創価学会・公明党 中道改革連合への合流の深層
(五野井郁夫×前田幸男)
【2026衆院選の焦点】20260131
原発政策の落とし穴
〜避難路なき原発再稼働
【2026衆院選の焦点】20260127
何のため?誰のため?膨らむ防衛費
(布施祐仁)
【2026衆院選の焦点】20260128
【2026衆院選の焦点】
日本を滅ぼす「核武装」非核三原則見直しが高市の本音
【半田滋の眼 NO.142】20260121
高市政権で悪化した中国関係
(富坂聰)
【2026衆院選の焦点】20260128
菅原文太氏のスペシャルゲストあいさつ




















