無駄人間 -2ページ目

無駄人間

一生に一度しかない人生。これをいかに要領よくかつ無駄なく最上の(自分にとって)
人生をつくり上げるかというプロセスを考える。

昼休憩時一緒の班で働いていた青年と支給された弁当を食べた。


その彼は筋肉質でがっちりした体格であり力が漲っているというオーラ


があった。年齢は19歳、いわゆる世間で言う「フリーター」とは少し違った


様相を呈していた。


こんな労働量では時給1万円では割に合わないと私がこぼすと、


彼はこう言った。


「君騙されたって思ってるでしょ?君みたいな軟弱な身体には、割に合わ


ないバイトだと思うけど、俺にとってみたらそれほどの重労働ではないよ」


あまりにもさらっと言われてしまったことと、労働の疲労が相まって素直に


うなずいてしまった。


そして彼は「俺はこの程度の仕事なら毎日こなしてるし、体力には自信が


あるからね。まあ自分に向いている仕事した方がいいよ」とだけ言い残し


さっさと作業に戻っていった。


午後の労働も苦痛を極め、全ての作業が終了する頃には疲労のピーク


に達しており、物事を考える力すら残っていなかった。


そして日払いの給与1万円が渡され解散となった。


たかがこの軽い紙1枚のためにこの数万倍の重さの紙を運び続けた


自分が無性に虚しくなった。そんな気分でうなだれていると昼にあった


青年がまた話し掛けてきた。


「お疲れまあよくがんばった方じゃねえか」


ボロボロになっている私に比して、その彼は誰からみても疲れを感じ


せない風貌で体力が明らかに違う次元にあるということが解った。


私はその青年になぜそんなに体力があるのかと問いた。


その後の話が私のその後の人生を大きく変える事になるとは、


その時は全く思いもよらなかった・・・


つづく


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3日後電車で1駅のところにその倉庫はあり、主に書籍や雑誌等を管理


する倉庫であった。仕事内容は基本的にダンボールの配達トラックへの


積み下ろしである。


それほど頭を使う仕事ではないなとタカをくくっていたのだが、


実際その業務に携わってみると想像を絶するものがあった。


真夏であったため炎天下のもと9時~12時13時~18時まで昼休憩


の以外全く休みなしで、単調な荷の積み下ろし作業が続くのである。


それに加え書籍というか紙というものは想像以上に重く、作業開始から


30分程度で私の全身の関節と筋肉は悲鳴を上げた。


午前中の作業終了までには既に自分の力で身体が動いている実感が


なかった。


このような全身の肉体を酷使したことはもちろん生涯初めてであった。


つづく



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私の家庭はそれほど裕福な方ではなかったため、高校生ともなれば、


娯楽費は自分で捻出しなければならず、それまでもコンビニ、ファミレス、


ガソリンスタンドなどなど様々なアルバイトをした。


高校生のバイトなんて最も時給が低く、今考えれば奴隷といっても


過言ではないほどの労働に対する対価は低いものである。


そんな割の悪いバイトを長々と続けていたわけであるが、夏になった


ため比較的まとまった割のいいバイトを探そうとアルバイト情報誌を眺め


ているとある倉庫管理で高校生でも日給1万円というのを発見した。


その当時コンビニでバイトしており、時給650円であったため


1日10時間働いてもとても1万円に届く給与ではなかったため、


その倉庫バイトは非常に魅力的に感じ早速募集要項にかかれている連絡


先に電話したところ、業務を体験して欲しいとのことで、3日後の現地へ集


合して欲しいとのことであった。


つづく


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しかしこれは結果論になってしまうが、私は「この県南のゴミ捨て場」




とまで言われる高校で最低の生活を送っていたことは、




後の人生の糧となった。




現在は、就職に全く困ることなく、人からありがとうと言われる




職を手に入れ、年収も同世代の平均よりかなり多く稼ぐようになった。




当然、世の中には私以上に稼いでいる人もいるだろうし、世の中の




ためにがんばっている人も大勢いるであろう。




しかしすごく小さな幸せでも高校時代の底辺人生と比べると




何十倍も何百倍も幸せを感じることができるようになった。




幸せを感じながら人生を生きる事はとても重要なことで




一番良くない発想は「あの時(時代)は良かったなあ~」




というのは最悪である。




だから私はそのような無駄な考えは一度も持ったことはない。




それよりも




「昨日より今日、今日より明日のほうが幸せだ」




という考え方が最も良い発想である。




話をゴミのような高校生活に話をもどす。





そんな感じで高校も半分をすぎ無為に過ごしていたある日、今でも





忘れない私の人生を変えた高校2年の夏の暑い日だった。





つづく








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とにかくそこにいた同級生たちは(私も同様であったが)世の中に偏見を


持っておりマジメな人間や努力している人間、さらには普通の高校に通っ


ている高校生等を徹底的に毛嫌いしていた。


そんな真面目に人生生きてなにが楽しいんだろうか?


自分達はツライことは一切せず自分の好きなことだけやって生きている


んだ。だから自分達の方が幸せなんだ。


という自分達を必死に正当化しようとする人間ばかりで、成り立って


いたため誰一人向上心というか、努力して何かを成し遂げようとする


人間はいなかった。


そのため卒業後の進路は殆どがフリーターになるか、ごく稀に試験なし


で入れる専門学校へ進学する者が多かった。


かく言う私も別にやりたいことも無かったし何かをやろうとしてそれに


対して努力するなどという労力すら惜しんでいたと思う。


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それから私は高校生になるというたいした実感もなく高校へ入学した。




高校へ入って変わった事と言えば制服と通学時間が長くなったことぐらい




で、なんら以前と変わり無い生活であろうと予想していた。




しかし現実は違っていた。




そこには自分と同程度の人間を集めることによってある種の公害が大量




発生したのである。




つまり秩序とか道徳などを全く持ち合わせていない人間が集まると




その群れは荒れ始め収集がつかなくなるのである。




本当に荒れていた高校であり、まずクラスの半分ぐらいは学校に来ない。




教室は荒れ放題で壁は落書きだらけで掲示物等はほとんど貼っていない。




なぜかと言うとライターで点火する輩がいるからである。




それに掃除など誰もしようとしないから煙草の吸い殻が転がっている床。




そしてよく校庭にはよく暴走族のバイクが乱入していた。




本当に荒れ放題で教師も手を付けられない状況であった。




そんな高校へ入学した私は最初のうちやはりその荒れ具合に唖然として




いたが人間とは不思議なもので少し経つとなぜかそのような環境にも慣れ




てしまうのである。






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中学3年後半になっても町のゲームセンターに一日中入り浸っていた私は


当然勉強という勉強は何一つやったことはなく、いざ受験勉強などと


言われてもなにをやってよいのかさっぱり解らず、たまに行った学校でも


クラスメート達は何かソワソワした感じで教科書や参考書を開いている。


私はその行動を真似するかのように教科書を開いてみたがラインひとつ


ない綺麗な教科書を見てなぜこんな世の中なんだ?


なぜこんな受験などというくだらない制度があるのだ。


などとだんだん腹立たしくなっていたのを今でも覚えている。


結局この時点で私はこの受験というシステムを理解していなかったし


それに対する適切な対処もできなかったために、高校受験には完全


に失敗した。


具体的に言うと私のまわりの仲間が一緒に受験しようと誘ってきた


比較的入りやすい私立の男子校。


それを仲間とともに受験したのだが見事に不合格。


4人の仲間のうち1人だけが合格した。


私を含めそれ以外の3人はそれぞれ定員の割れている願書を出せば


合格できる公立高校がいくつかありそういった高校にバラバラに別れて


進学することが決まった。


私たちがクラスメートのなかで誰よりも遅かった。


自分の人生がこれからどうなっていくのか?自分が将来どうしたいのか?


そんなことは少しも考えることなく、ただ今ある時間に好きなことをやって


いたい。そんな生活がずっと続くことを密かに願い続けながら、


生きていた中学時代。


しかしそんな生活を無理矢理終わらせようとする社会のシステムが近づい


てきたのである。


そうそれがお分りのように高校受験である。


私にとってはそれが人生で最初の人生を決めるイベントであったことは


先に述べた通りである。


教育者達は自分にあった勉強をできる高校を目指しなさい。


というような綺麗事言いながら偏差値の高い高校こそいわいる


「勝ち組」であり、偏差値の低い高校は「負け組」であり


できるだけ偏差値の高い高校に進学しろと暗に示しているのは私には気


付いていた。


つづく


さて私は学校や親に対するストレスから


世間一般的に「してはいけないこと」


をあえてやることによって自己を保つ日々が中学半ば~高校2年の終わり


まで続けていた。


と偉そうにいっても学校へは行かず喫煙や飲酒、万引き、無免許運転


等々どこにでもいる悪ガキがしていたようなことである。


ただここで重要なことが一つ。


本blogの題材にも関する重要なことなのであるが、こういった悪行は日本


人の悪しき風習からか一人でやることはまずない。


いわゆる悪友が何人かで群れてするのが普通である。


私の場合も4人程度の仲間(群れ)でよく集まっていたのだが


その仲間のうちの一人は前の記事「結局」出てきたゲームを先に買っても


らった友人であり塾通いもしていた彼である。


元々彼はマジメで親の言うこともよく聞く子だったのであるが元々私と仲が


良かったせいもあり、いつのまにか私と伴に群れるようになり、学校や塾


へは行かなくなった。


彼の親は私が彼をダメにしたと信じこんでおり猛烈に私を非難し学校の


先生へ相談したこともあったという。


だが彼は親がそういった行動をすることに反発するかのごとく悪行がひど


くなっていったのである。

さて話を少し戻して、特に何の考えもなしに地元の中学へ進学した私であ


るが、そこはさらに努力を要求される場所であった。


中学は定期試験がありその試験を成績順に順位付けするという私にとっ


てかなり迷惑な制度があった。


もちろん私の成績は下の上といったところで、なぜか下10番以内には入ら


なかった。なぜかというと病欠等である科目が受けられなかった生徒や


先天的に知能指数の低い生徒も一緒の試験を受けているというカラクリ


があるため、実質は最低の順位と考えてよい。


この頃になると親はある程度諦めがついたのか全く口うるさく言うことは


なくなっていった。それと伴に会話も減っていった。


そして今でも覚えているが、ある程度の親の抑制は必要でそれに反発す


るエネルギーがなくなると持て余したエネルギーは自然に他人や社会へ


向かっていくものである。要するにグレたわけである。


つづく