ハンナのお花屋さん⑧ ‘17年・花組・ACT 「アベルとソフィアの物語」 | To TAKARAZUKA once a month at leastー観劇・備忘録

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Musical『ハンナのお花屋さん —Hanna’s Florist—』
作・演出/植田 景子

平成29年10月15日 花組・TBS赤坂ACTシアター 11時公演 1階W列上手側S席,15時30分公演2階A列センターやや上手側S席

この公演の観劇は、この日の2公演だけでした。
前にも書きましたが、それは、やはり『はいからさん』の引力の方が強かったせいでしょう。
観劇後は、結構色々な方のブログ記事を読ませていただきました。様々なご意見、ご感想があって、とても興味深かった。



○ まあ、その通りでしょう...

「田舎に○号さんを囲う最○の♂」
といった指摘は、まさに正鵠を得ていると思いました...
が、私自身、観劇時にも、観劇後にも、そういった考えは全く生じませんでしたし、今でも、正直なところ、そういった感じで、彼を捉えることは出来ていません。これも、
「とても不思議なこと」
なのでしょうか? それとも、単に私が不○徳なだけか(笑)。

私はキリスト教徒ではないし、聖書をきちんと読んだこともないのですが
「なんぢらの中、罪なき者まづ石を擲て」
という言葉が、所詮、忘れられない人間ですので。



○ ソフィアとアベルの物語

アベルには深い深い苦悩があり、ソフィアには、強く変わらぬ愛があったのでしょう。
「いつか、必ず私のもとに戻ってくる」
劇中のセリフにも、そんなものがあったはずです。

アベルは、ハンナに求婚しましたが、きっぱりと断られました。
それからは、平安時代の通い婚のようになっていたのでしょうか。クリスが生まれ、3人はいつも同じ家に暮らしているわけではなかったけれど、とても幸せだったはずです。
そして、自分の地位をエーリクに引き継ぐ日が来た時に、コペンハーゲンを引き払い、3人と正式な家族になるつもりだったのかもしれませんね。

しかし、アベルの父が急死。本来の後継者たるべきエーリクはまだ若く、危機に直面していた会社は、アベルが引き継ぐしかなかった。そして、倒産寸前の窮地の中、大恩ある育ての親の会社を救うためには、ソフィアと結婚するしかなかった。
それは、明らかにソフィアへの酷い甘えだけれど、ソフィアは、ハンナのことを知りながらも、その結婚を自らの意思で受け入れたのでしょう。ソフィアには、つぶれかけた会社のCEOと結婚しなければいけない理由など全くなかったのですから。それは、やはり、アベルへの変わらぬ愛情と
「必ず、自分のもとに来てくれる」
という想いがあったからでしょう。

そして、仕事に忙殺され、殆ど来てくれなくなったアベルを
「嫌いになりそう」
になりつつも、ハンナもまた、
「アベルのことを愛し続けて」
くれました。
ただし、このままの関係が続いていたら、どうなっていたのかは全く分からない。アベルは、二人の女性両方に、愛想をつかされていたのかもしれない。

しかし、アベルがソフィアと結婚して、少し後、ハンナは、とても不幸な事故で亡くなりました。
葬儀でのエーリクの話から察するに、絶望に打ちひしがれながらも、アベルは自暴自棄になることも、何かで憂さを晴らすようなこともなく、仕事に誠実に取り組み、ソフィアには、(週末の外泊がなくなって) さらに理想的な夫として振舞い続けていたようです。そして、クリスが34歳の時ということは、おそらくは60歳前後で亡くなったのでしょう。

その一種禁欲的な生きざまには、ミアと同じような罪の意識
「自分は幸せになってはいけない人間」
という想いが見え隠れしているように思えます。
自分を責め続け、ソフィアと愛し合うことはできず、最愛のハンナが残してくれた最愛のクリスは心を開いてくれない。そんな中でも、アベルは、非の打ちどころのない紳士として、常に、自分の為にではなく、人のためにのみ生き続け、その贖罪の意識から解放されないままに、ただ、ハンナと共に埋葬されることだけを望んで、天に召されました。
アベルが何らかの罪を犯していたとしても、そのための償いは十分すぎるほどで、私には彼を責める気持ちにはどうしてもなれません。

ソフィアとアベルの間が、冷え切った夫婦関係だったとは思えません。
おそらく、ミアと同じような罪の意識もあって、愛し合うような関係にはなれなかったのでしょうが、アベルは、養父の会社を救ってくれたソフィアへの感謝の気持ちを終生忘れず、彼女をとても信頼していたように思えます。だからこそ、一つだけのとても大切な願いを託すことが出来た。

葬儀の日
「ひどい話よね」
って、言っていました。確かに、ソフィアには、哀しみが残ったことでしょう。
「結局、彼は自分のもとには来てくれなかった」
それでも、30年ほどの結婚生活の中で、アベルのこと、その苦悩を最も理解していたのは、やはり彼女だったと思う。葬儀での言葉を聞いて、むしろ、彼女は、
「アベルを愛し続けていた」
のだと思いましたし、その上で、(全てを許したのではないと思うけれど) 少なくとも彼の前では、静かに彼の願いを受け入れたのでしょう。アベルは、勿論彼女を信じて、安らかな気持ちになったことでしょう。そして、ただ一つの心残りであったクリスとの再会を果たすと、「ハンナのもとに行ける」と信じて、永遠の眠りについた。
アベルは贖罪の意識から解放されることは、ついになかったけれども、どうしてもかなえたかった二つの望みだけはかなえることができました。

ちょっと、テレヤさん (?) で、少々口が悪い所があるのだけれど、ソフィアもまた、とても素敵な方ですね。


○ 最も○いたかもしれない

だからこそ、あの場面
「クリスが生まれ育った家に戻ると、下手側に小さなクリスとハンナが現れる。そして、上手側にはアベルが現れて、二人の様子を、とても哀しそうな眼差しで見つめている。そして、一瞬、クリスと目と目が合って、クリスが再び父に心を開くと同時に、アベルは、遂にハンナと小さなクリスに歩み寄ることが出来て、3人の幸せな世界に帰っていく」

遂に、アベルが救われたように思え、いつもパターンの (2人がついに結ばれない等ための) 悲しみ故の涙ではなくて
「本当に、良かった」
というような気持ちとともにある、どこか
「心が温まるものを感じながら」
という、あまりこれまで経験したことのない落涙が訪れました。

でも、あれはクリスの心象風景でしかなく、本当のアベルは苦悩のままに亡くなったことも、どこかで感じていて、
「ミアは、現実の世界の中で、あの贖罪の気持ちから解放して欲しい」
という気持ちが一層募る。
そして、その通りに、物語が進んでいく...。

やっぱり、素晴らしい作品だったと思います。


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