「辛口 (or 閲覧) 注意」付きのタイトルは、よくお見かけします。が、前回に引き続き、この記事はその真逆だと思ったので、一応注意書きを付けてみました (決して、打ち間違いではありせん (笑))。ただし、辛口注意のご記事とは全く違う内容となっているかもしれないので、そういった意味では、単に甘口とは言えないかもしれませんけど...。
すでに、○作の世評高い?この作品ですが、他の方々のご感想などを拝見すると、「ちょっと誤解もあるんじゃないかなー」と思うんですよね。
基本的なこと
① 『NOBUNAGA』は、歴史改変ものです
(《大河ドラマは勿論》 どんな時代劇も、全て歴史改変ものなわけですが...) この作品は、はっきりとした歴史改変ジャンルに属しています。ですから、史実と違うというご指摘はいいと思うのですが、史実と違っていることと、この作品の質とは全く関係ありません。要するに、史実と違っているから、おかしいとか、○作とかいった評価は、そもそも的外れです。
そして
② 歴史改変ストーリーとしての出来は
いくら歴史改変ジャンルだと言っても、史実を殆ど無視した異世界時代劇ファンタジー (『星逢』あるいは、『織田信奈の野望』みたいな (笑)) ではありません。
前回もふれましたが、ある程度の歴史的な知識があれば、あるいは、ちょっとWikiれば、史実と虚構を非常に巧みに混じりあわせながら、ストーリーが構成されていることが分かるはずです。
例えば
③ “弥助”って?
信長が、黒人奴隷を家臣“弥助”として召し抱え、その元奴隷が、信長に忠誠を誓い、“本能寺の乱”の際も、主君と共に本能寺に宿泊しており、光秀軍と奮戦~信長の死後は、信忠が籠る二条御所に行ってまで、戦い続けたことは歴然とした史実です (弥助でWikiれば、すぐに分かります)。ここに、ツッコム記事をお見かけしましたので、改めて書いておこうと思います。でも、こういった史実は、広く知られているわけではないので、知らないこと自体は仕方のないことですが...。
だから、本当は、ここはツッコミどころではないんですよ。むしろ、あの人物造形は、この作品の登場人物の中でも、最もリアルに近いのかもしれません (私自身も、このことを初めて知った時は、「信長って、ほんとーにすごい」っと、ビックリしました。光秀は動物扱いだったらしいですし、こういったところにも、人物としてのスケールの違いが現れているように思えます)。
一番の
④ 大クライマックス
一番の虚構は、勿論ここでしょう。確かにあれほどの規模で、あのようなことが、実際に起こり得るとは考えられません。が、あそこに参加した一人一人であれば、ああいった行動をとる可能性は十分にある。前にも書きましたが、大体、この時代は「下克上の時代」なのであり、反乱などは日常茶飯事。そして、中でも、信盛は、出来ればこうしたかったでしょう (それだけの実力が全くなかっただけ)。光秀が最終的には信長を倒しましたが、その前には、重臣の一人、荒木村重も謀反を起こして (信長を驚愕させて) いるし、(劇中にも出ている) 利家ばかりでなく、秀吉も軍規違反で、信長の勘気をこうむったことがある (しかし、実力がある故に許されている)。戦国の主従関係とはそういったもの。『忠臣蔵』の時代との混同は止めましょう。
そして、そういった一人一人をまとめることによって、あの凄まじい大クライマックスを作り上げる。さらに、それによって、組子大勢にもしっかりと見せ場をつけることが出来る (以前、コメントを頂いて、ようやく私も気付きましたが、確かに本能寺じゃ、光秀しか目立ちませんものね)。あの構成を否定的にとらえることは、私には全くできません。
まあ、ああなって助かる可能性は皆無でしょうけど...。でも、あそこの立ち回りこそ、最高の場面ですからね。ちなみに、これも前に書きましたが、ああいうことをしたからと言って、全員を皆○○になどできませんよね。返り○ちにあうだけですから...。力で○じ伏せることなど出来るわけないのだから、皆を翻意させるしかない。信長は、そういった筋道だった行動をとっているだけとも言える。「ものどもに天罰を下す」みたいにするためには、もう (信長が突然鬼神に変身して超必殺技をくらわせるとか、ガトリング銃が空から降ってくるとかの) 滅茶苦茶な話にするしかないでしょう (そういうファンタジーものも嫌いではありませんが...。そもそも、そんなことが出来ないからこそ、ああいったシーンになっているんだし...)。
本当はそうしたいのだとしても、ここは、じーっと我慢して、あとで、史実にある信盛にしたようなことを、個別にくらわすしかない。(ご不満はよく分かるのですが) この後で、秀吉と光秀以外の武将は、○蝶の○として、全員○○されたのだと想像されればよいのではないでしょうか (とにかく、あの場では無理です)。
で、最大の謎は
⑤ 何故、信長はあんなことをしたのか
これは、謎です。すでに致○傷を受けており、介錯みたいなもの (まだ、この時代には、そういった作法はなかったかもしれませんが) と考えればいいのか? でも...? また、次の観劇の時にも考えさせられると思います。
とにかく「これやったら、観○が減りそう」みたいなことだけは、大野先生は勿論、誰でも考えると思うので、さらに謎。
ちなみに、○推みたいな説をおみかけしましたが、そんなことはありえないと思いますよ (これは、内輪の学芸会じゃなくて、商業公演なんですから)。
でも、東京では演出変更がありえるかもしれませんね。どう変更すれば良さそうかとかは、誰でも分かりそうな感じですし (もう、そのシーンが目に浮かぶ (笑))。だから尚更、謎なのですが。
そして、改めて、この作品を考える
⑥ 舞台作品としての『NOBUNAGA』
最初にこの公演を見た時に、強く感じたことがありました。それは、「これは、宝塚の (トップの退団公演の) 舞台作品としてばかりでなく、織田信長を主人公とした舞台作品としても、凄くいいのでは?」といった感想です。
でも、それは間違っていたのかもしれません。
信長を扱う以上、当然のことですが、この作品は、かなり血腥い。桶狭間に始まり。⑤をピークとする、一種のリアルさ、生々しさが強烈です (ただし、そんな場面なしに、信長の舞台が出来るとは思えない。「○殺のちかいーー」とか言い出したら、それこそ○作決定です (笑))。
私が想定する宝塚ファンの大多数 (『ONE VOICE』でみっちゃんが言っていた層の方々) を考えると、ちょっと...(いい悪いではなく、ツイテコレナイのが当たり前かも...)
なので、この作品は「宝塚の舞台という範疇には収まりきれない傑作」なのではなく、そもそも「宝塚の舞台の範疇とは、別のジャンルでの傑作」なのかもしれないと、今では思っています (しつこく (?) 傑作評だけは不変です。今さら変えられないし (笑))。
すなわち、宝塚ファンとしてorthodoxであればあるほど、理解し辛いというか...。ネット評を拝見していても、そんな感じがしたりします (これは、この作品を評価される方が、異端だと言っているわけではありません (笑)。あくまで、そんな傾向がありそうな雰囲気みたいなものです)。
つまり、この作品にも、少し残っている宝塚的お約束的事柄を手直しして、むしろ「外部ミュージカルとして上演した方が、この作品の真価を分かってもらえるんじゃないかな?」 という感じとでも言ったらいいでしょうか (外部の世界は、殆ど知らないので、単なる勘違いかも知れません。愚○の戯言とご寛恕いただければ幸いです)。
東京では、もっと入るとは思いますが...、それでも...なら、いっそ、いつもの宝塚ファン以外の客層の開拓のために (宝塚ファンとしては、常に絶対少数にある)、“男性に限り平日当日券半額”というのはどうでしょう (売るときに♂マークをチケットに押すとかすればいいでしょう。決して、自分のためではありません (笑)。私は、休日しか観劇できませんから)。
この作品は、そういった層の方に、むしろ合っている気がする...。
もちろん、“コアな”まさおさんファンにとっても、最高の公演のはずです (まさちゃぴファンの方には...ですが)。↑の理由で、その全員ではないかもしれませんが...。

安土桃山時代の狩野派の絵師/狩野内膳(1570年~1616年)の『南蛮屏風』
黒人奴隷の姿がありますね。象のシーンは、ちょうど内膳の生年の1570年なのですが、その後、少なくとも秀吉の時代には象が、こんな風にしていたことも分かります。
■ 専科 退団者のお知らせ 2016/07/15
下記の生徒の退団発表がありましたのでお知らせいたします。
専科 美城 れん
2016年11月20日(星組 東京宝塚劇場公演千秋楽)付で退団
最初は、配役だけが出ていて、「やっぱり、西郷どんでしたね(笑)」とか書くつもりだったのに...、ちょっとして、再度クリックすると、お知らせが...。
専科で一番の実力者(の一人)...。寂しいですけど、お気持ちも分かるような気も...。84期生、最後のお二人、同時退団ですね。まさこさん、みっちゃん、さやかさん、やはり一つの区切りになる年でしょうか。
その他には、1名のみでした。そうですよね。お披露目までは...。
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