『舞音』② ‘15年・月組公演 「ストーリーについて...『カリスタ』『星逢』と比べて」 | To TAKARAZUKA once a month at leastー観劇・備忘録

To TAKARAZUKA once a month at leastー観劇・備忘録

My Favorites:
①ちーずちゃん ②はばまいちゃん ③たけちゃん ④こっちゃん ⑤キキちゃん
①20世紀号 ②1789 ③ファントム ④王家に捧ぐ歌
①とうこさん ②あさこさん
①あすかさん ②おはなさま 

Musical『舞音-MANON-』~アベ・プレヴォ「マノン・レスコー」より~  脚本・演出/植田 景子  作曲/Joy Son  装置デザイン/松井 るみ  衣装デザイン/前田 文子  '15年11月21日 15時 宝塚大劇場 センター上手側11列

意外に?評価が高くないみたいですね...。
最近のオリジナル作品、『カリスタ』『星逢』と比べたら、雲泥の差があると思っているのですが...。勿論『舞音』には、原作があるので、単純に比較してはいけないのかもしれませんけど...。

『カリスタの海に抱かれて』のストーリー評価 ×
もう冒頭の予言のシーンで、すでに??...「なんで、単なる島の独立派のリーダーがあんな予言ができるのか???」で、すでにストーリー的な駄作は、ほぼ決定的と予測。期待通り?、その後の展開も嘘っぽさが炸裂し続け...、しかも、最後のシャルルとアリシアの周囲を完全に置いてきぼりにした、あまりにもジコチューな行動に開いた口がふさがらない...。正直、このような結末を書ける人って??...と思いました。

『星逢一夜』のストーリー評価 ☆☆☆
さて、問題外のこの作品はともかくとして、名作~傑作との評価も聞かれた『星逢一夜』。異次元江戸時代ファンタジーということで、細かな時代設定に突っ込むつもりはありませんし、私自身も結構泣かされた口ではありますが、この作品のストーリーにはどうしても看過できない問題点があるように思えました。その最大のものは、以前にも書いた通り、「貴姫を断って、泉をもらってくれ」のところです。ここは、大きなストーリーの節目になるところですが、どう考えてもおかしな話です。キリスト教社会であれば、一夫一婦制(の建前)もありますから、まだこういった話になってもおかしくはないですが、そんな設定のファンタジーではないのは明らか。大体、紀之介の母親は(下級武士の娘で)藩主の側室なのですから、側室はしっかりといる設定。当然、(この作品でもそのように描かれているように)正室は政略結婚枠。百姓の泉が紀之介と結ばれるということは、側室に入ること以外は意味しません。ですから、貴姫と結婚しようがしまいが、泉が紀之介と結ばれることとは全く無関係であるはずです。ここの源太と紀之介の(土下座までする)やり取りには、最初観た時から、すごーく違和感があって...(全く理屈が通らない)。
私自身的には、この作品は、ストーリーの(「とにかく泣かせよう」魂胆?の)わざとらしさが過ぎ、傑作とは思えません。BDも買う気になれませんでした(それは、ショー歌の問題も大きいですが)。でも、カリスタのような駄作ではなく、佳作だとは思っています。

『舞音-MANON-』のストーリー評価 ☆☆☆☆☆
そして、『舞音』のストーリー...、私には、非常にすんなり入ってきました。
特に、主人公以外の主要登場人物の在り様、言動、行動が、しっかりと筋道だっている。
一貫としてシャルルの友人たる行動をとり続ける、おそらく良家の生まれで、真っすぐに育ったであろう善意の人、モラン。その生い立ちから、金と女といった己の欲望のままに利己的/刹那的に生きることしかできないが故に自滅していく、クオン。このようなチンピラが、ああいった組織に手を出せば、ああなるのは当たり前。必然的な(個人的には非常に納得のいく)最後でした。そして、ホマ。この女性も、その生い立ちからルサンチマンに凝り固まり、それに支配された行動をとっていく。この人物造形も、実に見事なものと思いました。

唯一分かりづらい点があるとすれば、それはシャルルとマノンの愛の在り方でしょう。何故に、シャルルはあのような破滅的な愛に溺れていったのか?、マノンは、いつから、どうして、あんなにシャルルを愛するようになったのか?、それは、十分に描かれていないようにも思えます。

でも...、それは舞台上で十分に説明できるものでも、理屈でわかるものでもありません。植田先生がプログラムに書かれた文章の冒頭“ただ愛の喜びこそが、この世で最も完璧な至福である”という言葉と同じく、それは、目に見える形や文章や理屈で表せるものではない...。

私が、改めてこの作品のストーリーを振り返って、感じるのは、周囲の人物たちが、自らの生い立ち、置かれた立場に制約された、ある意味必然的な行動しかできない(『星逢』の紀之介のように)のに対して、シャルルは、マノンに出会い、その制約から解き放されていったこと、そして、マノンもまた、(いつからか、はっきりと分からないのですが、いつしかその生い立ちとクオンがもたらす)束縛から解放され、シャルルとの愛に生きるようになったこと、この周囲の人物群と主役二人の生き様の対照が見事に描かれていることです。
あまりに周囲が現実的/必然的である故に、その(実際の現実的にはほぼありえない)二人の(夢のような/狂おうしい)愛のありようがくっきりと浮かび上がる。しかも、この舞台/衣装には、それを受け止めるにふさわしい美しさが十分にある。

先に書いたように、この作品には有名な原作(私は未読です)があり、完全オリジナルな二作と単純に優劣を論じるのは適切ではないかもしれません。しかし、舞台をフランスからベトナムに移したことは勿論ですが、さらにマノンが、必ずしもファム・ファタール的に描かれていないことなど、かなり原作からの改変があるはずです。それでも、素晴らしいストーリーに(おそらく、原作そのままの舞台化よりもさらに良く)まとめ上げている植田先生の手腕に、私は感服しています。

最後に、みやちゃんが言うセリフ...、私も少し「?」なところもありましたが...、でもその「?」でいいのではないでしょうか。「心のままに生きた」シャルルはあの後、さらにどうなったでしょう...。現実的なものに戻るのではなく、やはり「心のままに生きる」しかないのではないでしょうか...(逃げおおせるとも思えないですし...)。
彼女の本当の名前、嫌いな花...。やはり観終わった後に、切なく、儚く、美しい余韻が漂う名作と思います。

まだ、スカステ・ニュースもナウ・オンもみていないので、これは、完全に私的な解釈です。
私としては、もう少し、個人的な解釈に《もう一人のシャルルについてとか》 楽しくふけってから 《こういうことができるのも、名作の証だと思います》、東京が始まった後に、この辺も観て、また感想を書きたいと思います)



舞音
(私のヅカ先輩は、まさお節がちょっと/かなり/相当に苦手 《明日海さんのファン。でも、この作品はとても良いとのこと》。是非、花組で再演して欲しいと言っていました。私もある意味同感。観れば、自分の贔屓の組で再演して欲しいと思う方が少なからずいるはずの名作だと思っています。私は...、ショーも含めて考えれば、絶対に今の月組で見るべき公演だと思っています)


にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村