最後の一本とは、何だろう。

試合の終わりを決める一本。

勝敗を分ける一本。

そう思うかもしれない。

けれど、剣道を続けていると、

少し違う意味が見えてくる。

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最後の一本は、

どこか特別なものではない。

むしろ、これまでの積み重ねが、

そのまま現れたものだ。

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その一本には、

これまでの時間がすべて含まれている。

うまくいかなかった日。

何も変わらないように感じた日。

それでも続けてきた時間。

その一つ一つが、静かに重なっている。

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だから、最後の一本は、

突然生まれるものではない。

気づいたときには、

もうそこにある。

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大切なのは、その一本の形ではない。

打てたかどうかでもない。

そこに、自分があったかどうか。

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迷いながらでもいい。

自信がなくてもいい。

それでも、自分の意志で前に出たか。

その一歩があったかどうか。

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もし、すべてを込めて出た一本なら。

たとえ当たらなくても、

それは“自分の一本”だ。

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剣道を続けていると、

何度も一本を打つ。

そして、何度も終わりを迎える。

けれど、本当の意味での「最後」は、

簡単には訪れない。

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続けている限り、

次の一本がある。

次の問いがある。

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だから、最後の一本とは、

終わりではないのかもしれない。

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それは、

これまでの自分を受け取り、

次の自分へとつなぐ一本。

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過去と、今と、未来を結ぶもの。

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あるいは、

「ここまで来た」と思える瞬間。

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その一本は、

誰かに評価されるものではない。

自分だけが知っている。

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だからこそ、大切にしたい。

一本を、軽く扱わない。

一歩を、曖昧にしない。

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最後の一本とは何か。

その答えは、一つではない。

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けれどきっと、

それはいつも、

自分の中にある。

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だから今日も、一本を打つ。

それが最後かもしれないし、

そうでないかもしれない。

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ただ、

今の自分で、まっすぐに出る。

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その積み重ねの先に、

いつか、自分だけの「最後の一本」が見えてくるのだと思う。


via 村島弘之's Ownd
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