なるほど京都1078ー迎賓館赤坂離宮に見る日本建築とは? | hiroyukikokaのブログ

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元赤坂離宮が国宝に指定されました、明治の建築家

片山東熊の作品です、彼は他にも上野の表慶館や京都

博物館、奈良博物館等明治の公共建築を一手に手掛け

た、当時の第一人者でした、鹿鳴館等を設計した英国

のジョサイヤコンドルに学び、ヨーロッパに視察に行

き、そのままの模倣で洋館を造りました、全く、日本

的な様式はありません、僅かに装飾物に日本のモチーフ

が使われています、日本には西洋と日本の折衷建築と

して、帝冠様式と言うのもありました伊東忠太等が代表

です、京都では市立美術館や南座が帝冠様式の代表です、

一方、片山東熊の建築は京都国立博物館の旧館です、

此のユニークな様式は何故か、京都にはしっくり、

あっています、それは、屋根の形状がお城のよう

だからです、明治天皇の皇太子の住居である東宮

として赤坂離宮は建てられましたが明治天皇は

贅沢すぎると叱咤され、皇太子である大正天皇

も住む事を固辞されました、その後、此処に住ま

われた皇族は居られません、これ以降片山東熊は

失意の内に病気がちになり亡くなります、赤坂離

宮として長らく放置され、荒れていたのを修復し

迎賓館として蘇りました戦渦をくぐり抜けた唯一

の洋館です、百五十年を経て、国宝に成りました

片山東熊の名誉挽回です、此の事は現代の日本人

が石とコンクリートの建築に慣れてしまった証拠

です、少なくとも、明治の皇族は日本建築の何た

るかが解っておられました、風土に適した木造の

日本建築が最高の住まいである事を、建築遺産と

しての価値はあるにしても、最近国宝に指定され

た京都の石清水八幡宮と迎賓館の国としての価値

はどうなのでしょう、

貴方は何方を誇れますか?