流血ピアニストは歌う!! -91ページ目

流血ピアニストは歌う!!

オールアバウトミュージックな暴露話



no music no life

今日のお二人のレッスンを通して、再認識したことがあります。

レッスンを一生懸命受けて、
自分のペースで良いので練習すれば、
必ず、進歩します。

始めから見ている私が、一番客観的にそれを知っているわけで、
当事者である生徒は、結構わからないもの。

と言うか、歌を歌うとか、ピアノを弾くとか言うことは、その瞬間ごとに現在と未来しかその人に存在しないので、恐らくそういう脳が発達して行くため、過去をよく覚えてない現象になるらしい。

どういうことかと言うと、

その曲を着手した時は、うまく歌えなかった。演奏できなかった。

少しずつ上手くなっている今

あーでもまだ完璧ではないから、自分では納得いかない

まだまだだ。

自分ってダメなのかなあー進歩してないのかなあと思い出す。

ね?

これって、本当に、現在と未来しか見てない。(それは、実に素晴らしいことなのだけど)

そこで、もし、落ち込んで来たら、スタートの自分を思い浮かべて見てください。どれだけ自分が進んでいるかを知るはず。

たぶん、音楽にはゴールがない。だって、未来は無限に広がっているんだもの。

出来なかったことが出来るようになると、それはその人にとって当たり前のことになって、もっと前に進みたくなっちゃう。

よく考えてみると、すごいことですよね。私が、素晴らしいってレッスン中に声をあげるのは、そういうことに対してです*\(^o^)/*

めっちゃくっちゃ、ぐっと来てるんですけど、私は。
パワーバランスというのは、いかなる時も存在する。どちらがこの状況の指導権を握るか。

それは、戦争引き起こし
それは、いさかいを一時的に収める

そろそろ、男性的な考え方が、主流になるのは、やめにしませんか?

つぶやき系は、結構、facebookにしています。

私の周りの人は、結構、facebook嫌い派も多いのですが。情報量の多さは、単に、ネット検索で見つけられるものよりもはるかに多い気がします。

ネット検索というのは、基本的に、自分が興味を持ったもの、調べたいものを、それに関連した言葉を自分で見つけ出すというものだけれど、Facebookなどは(それらを全部あわせて、SNSと総称していいかは、ちょっとわからない)、友人達やそのその友人が、さまざまな情報を投げかけてくれるので、思わぬものにぶつかり、かなり、世界が広がるように思います。

所詮は、その場に行って、自分の感じないと納得できない私なので、足を運ぶということになるわけですが、どこにいけば、それがあるのだろうと思ったときに、ぽっと情報がやってきます。

そのおかげで、この間のセウシーニョにも出会えたし。ライブも聴けたし。毎日、パンデイロ練習しているし。

で、これも、友人のギタリストからの情報で、ひさびさに、古巣であるwelcome backで歌ってきたわけです。

また、ここで、ライブしたいなあと思いつつね。

んで、出演者の方達とも、facebokで繋がりました。連絡も簡単にとれるしね。

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なんて、練習のことをわざわざ書かなくてもいいですけどー

もう8月だなんて~

ということで、今日は石巻トリコリーレ音楽祭のリハでした。今回、ゲストにMihoさんを迎えてのリハ。

ピアノだけの演奏って楽しい~~

あーたまにはこう言うのありだなあ。

と言いつつ、

夜は、自主練習。
ピアノを自由に弾き、歌を心のままに歌う。これが理想なのだからな。がんばんべ。

もう、今となってはそれしかでけへんのよね、私。

夏の猛特訓でした


あちぃー

そうそう、明日、お世話になってる大塚welcomebackのオープンマイクと言うイベントに出まーす。チャージは無料です。何時にやるかなー?たぶん19時半とか?
お仕事帰りに来てねー

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科学的に答えを求めなくても、音楽をしている人は、もう実感していると思いますが、ま、裏づけないと信用できない方のためにも、こんな記事がありました。

音楽を演奏することは脳にどのような影響を与えるのか?

オリジナルは、TEDの中の映像です。


レッスンをしていてこのことを実感します。

歌は、この範疇にはいるのか?という意見を聞きましたが、やり方によるのではと思います。

楽器を演奏するというのは、アマチュアであれ、プロであれ、絶対に避けて通れないことがいくつかあるので、それを行うことが、まさに、脳の活性化ということになるのだと思います。

譜面を読む。
楽器を弾くための指や、体のトレーニング。
音を聞き分ける。
それらをすべてあわせて、音楽を作り出す。

歌の場合は、特に、趣味でカラオケで歌っていれば楽しいの。。という場合は、上記の部分がかなり省かれている気もします。

楽しいということが、優先されているからです。

もちろん、楽しいということは、重要なことですが、ある程度、鍛錬の部分を通り越しての楽しさであってほしいなあと、思いつつ、教えています。

教えることが出来るものは、楽器奏者と対等な形での歌を歌うというものを目指している以外ないと思うのです。

ひえ~。難しそうと思うかもしれませんが、知らないことを、順序だてて知っていき、それが、自分の好きなものに生かされるということは、本来の人間の喜びでもあるから、案外、その過程すら楽しめるようになるものです。

75歳の方が、あるご縁で歌を習いに来ていますが、初めは、なかなかこちらの言うことが理解できず、また、頭でわかっていても、実際には行えないということのジレンマの中にいたように思いますが、だんだんと回を重ねるうちに、理解していく過程、それが、出来て今までの問題が解決できた瞬間を体験するうちに、自信と喜びを自分の中に確信しているのを感じます。

確実に、耳が良くなって、初回のレッスン頃は、私の言葉そのものを聞き取れず、何度も聞き返していたのに、それが減っているのです。

これは、耳の機能があがったというより、脳の機能が上がったということに他ならないと思っています。

リハビリというのは、苦しくて、面白みがない感じがしますが、こんな感じのリハビリって、それこそ、楽しいのではないかと思います。