今回のこのレコーディングは何のためかという深い理由は考えたことはなかった。時が満ちたから、音を固定化したくなったというそんな軽い気持ちだった。しかし。。。
こうまで、しつこく、こだわって、いるうちに、理由というか答えを見つけてしまった。
影響を与え合って、音は、音楽は成り立っているということだ。
もっと具体的にいうと、
今回はエンジニアのあだキングのマニアックさのおかげで、さまざまなマニアックなマイクとプリアンプという単なる機械が、私の歌へのアプローチ、声そのものに大きな影響を与えた。そのことは、かなり、非常に驚くべきことだった。
確かに、ライブでは、マイクや、モニターの返りによって、自分の声への影響があることはよく知っていた。だからこぞ、どんなときも自分の声を見失わないための歌い方と体を作ることに務めてきた。
それは、必要なトレーニングだったと思う。
しかし、このレコーディングを通じて、さらに、自由に感じ表現することを、いくつかのマイクといくつかのプリアンプたちが教えてくれた。たんなる機械だ。しかし、人間が、マニアックな音楽を愛する誰かたちが、作り出した愛おしい機械は、豊かなサウンドになることを、私に、私の声に求めてきた。
今日のマイクの組み合わせは驚くべきものだった。。アルタスだったかな?通常は楽器に使うマイクらしい。60年代のマイクだというから、40年前のもの?そして、それに組み合わされたのは、またこれも同じ時期のプリアンプ。というか、ミキサーらしい。AMPEX。

もう、口がつきそうなほどマイクに近づき歌う。自分の声のすべてが聞こえる。ほんとうに小さな声で歌っている。いつもなら、声を張って歌う音域も、ミックスボイスの小さな声で歌える。それは、まるで、シルクのような、声が聞こえる。何度も繰り返して歌っていきたい気持ちになる。きっとほっておいたら何時間でも歌い続けてしまったかもしれない。
しかし、気持ちをコントロールすることができてしまったら、声より先に頭が働いてしまったら、私の求めるものではなくなってしまう。。というのも、事実だった。何も考えずに、流れに任せるような、まるで禅のような時間の中で、歌を歌わなければならない。しかも、早く英語だ。。。なんだこの感覚!!?
という、ほんとうに、ま、どうでもいいことを感じてしまった。ほんと、どうでもいいことだと思う。しかし、はっきりと、私は知ってしまったのだから、それはどうにもできないことだ。
ああ、そのために、こんなにもレコーディングをしているのかと思うと、なんというべきか。
今日、なんだか感じてしまった。私は、ミュージシャンになったと。喜ぶべきことなのか。
まあ、戻れない道なのだから、前へ行くしかないでしょう。
でも、今日はこんなに秋晴れだった。柿もなっていた。きっとなにかのよい兆候。なにかの素敵な始まり。




