前回の記事でも書いたように、詩という物に挑戦してみたわけなんですが、正直「詩」という物をはっきり僕は理解していない。

 

辞書で引いても明確な答えなんて出てこないし、まさに自己満足する形を求め書いていました。

 

自己満足となると、どうしても理屈っぽくなってしまうのですが、いくつか書いているうちに、僕らしくないな、と思う物ができたので、1部改変してここに掲載します。

 

 

君のことを忘れたくて、忘れないと辛くて、毎日が楽しくなくて、

やっと忘れられそうになったのに、君は狙ったように僕の前に現れる。

会うとそのたび愛しているとささやいて、すっきりした顔で帰っていく。

僕の方が愛しているから、僕には口にできないその言葉。

君はさらっと僕に告げる。

やっと枯れそうだったのに、また僕に君を植えつけて、きっと君はまた枯れる前に僕の前に現れる。

君への気持ちがあふれだし、またこの嫌いな花に水を注ぐ。

 

 

文章も構成も下手くそで、自分でもその辺に関しては全然納得していません、でも最後の1行が好きなんです。

なんかもうちょっといじくれば、いい作品になりそうな種のように僕は感じて、これが書けた時嬉しく思いました。

あまり、物事を何かに例えたり、重ねたりするのは得意ではないので僕らしくないかなって。

 

未完成でもいいから今は書きじゃくる!って言うのが今の僕です。

楽しいから、ただそれだけ。

久しぶりの更新です。

 

とある出版社に詩を提出してみました。

その作成に時間がかかり、更新遅れてしまいました。

 

ということなので、その中から、短い物、1部分を紹介します。

 

 

人ごみが苦手な僕。他人が怖い僕。

そんな僕がどこにいたって笑っていられたのは、君しか見えていなかったから。

 

 

恋は落ちるものだ。

考えてするものではない。

理性を失った時、それが恋に落ちた合図。

理性を取り戻した時それが恋の終わった合図。

 

 

「嫉妬は毒だと気づけば、それにのまれない様にだけ注意すれば、好きな人がいるという事は、いないのとは比べ物にならないくらい幸福なんだよ。この幸せを継続するためには、この距離が適切なの。」

 

 

 

こんな感じの詩を書いてみました。

どれも、1部なので、意味がわからないかもですが、想像してみてくださいw。

 

書いていて楽しかったな。

今現在恋をしていないので、過去の恋を思い出したり、想像で描くのに苦労はしたけど、詩という短い物なら、1日にいくつも書けるので、楽しかったです。

 

詩とか書いている方いましたら、是非是非お友達になってください^^

あと、ピグ始めましたw

 

そちらからもいろんな方と触れ合えたらな☆って思います。

人間には、プラス思考な時とマイナス思考な時がある。

意外とそれを理解していない人が多い。

今の気持ち、というものを信じてしまいがちだ。

理解していても、この感情の起伏には、よくだまされる。

しかしながら、この感情が偏った状態を、僕は嫌いではない。

人間は正気というものを愛しているようだが、正気でいる事は、僕にとってはつくづく面白くないことだ。

そして正気の僕はあまりにも弱々しい。

狂気にもいくつか種類があって、精神病を引き起こすような物もあれば、僕を獣に変えるものもある。

狂気的な精神状態に強い弱さが存在するが、ここで言うそれとはまた違う。

多分、正気と狂気、僕が言っているのは感情の強さの事だろう。

わかりやすく言うと振り子の振れ具合。

強い悲しみ、強い怒り、そういったものが僕の言う狂気なのかもしれない。

それは、とてつもなく強い感情で、その人間の精神基盤を打ち壊す。

僕がはっきりとこの狂気に飲まれかけたのは、人生で1回だけ。

それ以前の僕と、以後の僕は自分でも他人から見ても、同じ人間ではないようだ。

狂気の中で揉まれていた時は、とても気分が悪く、正気を求めてさまよっていた。

でも正気になった今、狂気にとても引かれる自分がいる。

僕には狂気、正気なんていう言葉しかないから、他人には理解されづらいかもしれないが、同じように狂気に引かれる人は、少なからずいるだろう。

個人にあって、一番親しみやすい狂気への誘いは嫉妬だろう。

嫉妬に狂う女の子。

なんて話はよく聞く。でもそれ事態を自分自身が求めている事には気づかないだろう。

寝とられマゾ、なんて言葉があるが、それがこの件に大きく関わってるが、話が逸れるのでそのうち。

狂気は、個人においては稀だが、時代、集団においては通例だ。という言葉がある。

サッカーの試合後の渋谷がそれだ。あれは本当に不愉快だ。

普段はいたって普通だろうに。

お酒に酔ってどうこうっていうのも好きではない。

僕の狂気は人間関係に向かない。ただ僕自身の中で思考方向が変わるだけだ。

それに伴い人に影響を与えた事はないだろう。

結局みな、気づいていないだけで狂気を欲しているのかもしれない。

僕は欲している。

今これを書いている時、僕は多少だが持っていかれている。

持っていかれてなければこんな文章は書けないだろう。

でもこの偏った感情が、本当の僕なんだ。

今この感情も、きっとあと数分したら消え去ってしまう。

いつもの僕に戻ってしまう。とても平凡ないつもの僕に。面白くない僕に。

消えないでほしいな。僕の大好きな感情。

好きな人がいる。それが幸せです。

その人の顔を見て、その人に、好きだって伝えることができる。もっと幸せです。

好きだって伝えた相手から好きだって言ってもらえる。もっともっと幸せです。

その後は、その人を僕だけの物にできる、、、幸せかな?

君がいつ何をするかなんて関係ないって、ただ一緒にいる時間を楽しんで、愛し合っている時の方が清々しい。

縛ろうとしだしたら、そこから崩れ出す。

僕が病気になったと自覚したのは恋人との待ち合わせ場所に向かう電車の中だった。

夕方、会社員の帰宅ラッシュの時間よりすこし前で、まだ電車は空いていた。

特に理由もなく携帯を眺めながら目的の駅に着くのを待っていた。

大学の多い駅に着いた時、談笑しながら一斉に同年代の大学生が僕の乗っている車両に乗ってきた。

先ほどまで腰掛ける席はなかったものの、空いていた車内が、肘を伸ばせば人にぶつかるくらいの混雑に見舞われた。

少し嫌だな、、、とは思ったものの、目のやり場ないので、一層携帯に視線を向けた。

1駅、1駅と、駅に停まるたびに人が増え、周りの人間との距離が縮まっていった。

相手の呼吸が聞こえるか聞こえないか、それくらいの距離になった時、それを意識した。

呼吸を意識すると、うまく呼吸ができなくなるという経験は、僕以外にもした事があると思う。

その時の僕も呼吸がうまくできなくなった。

はあ、、、はあ、、、と

荒くなる呼吸はさっき言ったそれとは違った。

それと同時に胸が苦しくなった。

胸が苦しくなると、余計に呼吸ができなくなり、異変を自覚した。

呼吸が乱れ出すと周りに呼吸の乱れが気づかれるのではないかと不安になった。

不安になると一層胸が締め付けられ、呼吸ができなくなった。

そんな僕に気づいてこちらを見る人の視線が一層僕のそれを加速させた。

倒れる事に何度か電車を降りようとしたが、人ごみを掻き分けて出口にでる気にはなれなかった。

乗り換えの多い大きい駅、彼女との待ち合わせ場所に着き、一斉に降りる人ごみの流れに乗って電車を降りた。

もうすぐ目的地に着くと、安堵する事で、少し楽になっていた胸の痛みが、また少し楽になった。

僕には心当たりがあった。昔読んだ本に、パニック障害という病気。

僕はそれを疑った。

駅を降りてすぐ、彼女に会い、それとともに胸の痛み、呼吸の乱れはなくなっていった。

彼女と一緒にいる時、人ごみを歩いても一歳あの感覚がなかったので、単純に体調が悪かったのかな?

と楽観的になっていた。

帰りの電車、同じ痛みが襲った。

いよいよ病気だと自覚した。

自覚と同時に絶望した。

その絶望が僕を苦しめた。

もう人生が終わった。

僕は外に出る事は出来ない。

死ぬしかない。

しかし実際死ぬ瞬間を想像すると怖かった。

そんな負の妄想に襲われ、疲れている筈なのに眠れなかった。

死ぬこと、その方法、その瞬間、そしてそれに怯えていた。

あとで知ったことだが、パニック障害は、死を意識してしまうが、それへの恐怖をとても強く感じる性質があるらしい。

そして一睡もできず朝が明けた。

僕にとって最悪の夜だった。

こうして僕は精神病を自覚した。