何かが動く音がする。何かが体をくすぐっている。何かは取り囲むようにして僕を優しく揺さぶる。僕はいったい・・・揺り動かすそれの期待通り僕の意識は覚醒していく。

意識が蘇る時。今までの経験と記憶が無意識に結合していく。自分は何者で一体何故此処にいるのか?そういった事から意識を失う直前までの記憶を蘇らせる。

僕は何者なのだろう?わからない。とうに意識は回復している。それなのに僕は自分が何者なのかを思い出す事が出来ない。僕が人間という生物である事はわかる。しかしいつまで待てども僕を僕たらしめる為に必要な記憶の連続性が何処からか途切れていた。

さらなる覚醒の進行が僕の置かれる状況の異常さを伝える。僕は立っている。僕の記憶が正しければ人は意識を失う時、同時に筋肉からも力が失われるはずだ。自分が誰なのかすらわからない状況なのだから自分の記憶が正しくないとした方が賢明だろう。しかし僕には今自分が置かれている状態が異常だという事に確信すら持っている。

考えても仕方がない。僕はそっと目を開く。緑と青が見える。緑の草原を隔てる物は青い空しかない。何処までも続く草原に僕は立っていた。

「そうか。君が僕を起こしてくれたんだね。」

風に語りかける。言葉に答えて僕を軸にして風が駆け回る。すると足物から何かが僕を突いてくる。

「ごめんごめん。君も一緒に起こしてくれたんだよね。ありがとう。」

それを聞くと緑は体を揺らし嬉しそうに踊りだした。

自分が何者でなぜ此処にいるかそんな事すらわからない。でも僕はこの場所を知っている。此処でのルールを知っている。

挨拶を済ますと僕の体はゆっくり地面に下ろされた。そうか立っていられたのは君達が支えてくれていたからか。

「ありがとう。」

改めてお礼の言葉を口にして顔をあげ辺りを見渡す。相変わらず緑と青しか捉える事が出来ない。まるで世界は草原だけの小さい球体なのではないかと思わせる。

僕はずっと此処にいたのだろうか?わからない。それでも僕の気持ちは穏やかだった。


つづく

人に優しくしてごらん。

簡単だから。

それを続けてごらん。

とても難しいから。

自分が辛い時にも優しくあるのは難しい。

だから優しい人はカッコいいんだ。

 

辛い時に人にあたってごらん。

何も変わらないから。

辛い時に人に優しくしてごらん。

相手の笑顔が辛さを消すから。

優しさは辛さを壊してしまう。

だから優しい人はカッコいいんだ。

昨日ブログに書いた短編のお話、「少年の日」をパブーというサイトに電子書籍として公開しました。

気に入っていただけた方いたら無料なんでDLしてみて下さい。

 作家検索九重裕人か、作品検索少年の日で検索すると見つかります^^

ちなみに表紙はこんな感じです

少年の日表紙

 

走っている。どこに向かっているかなんて事は頭にない。

ただ人がいない、敵がいない場所を求めて這いずり回る。

僕の腕の中では大切な人が眠っている。

それは冷たく固くなってしまった僕の大好きな恋人。

「もし世界中が敵になっても僕は君を守るからね。」

昔彼女にかけた言葉。

彼女は喜んでくれたけどそんな事はあり得ないと笑っていた。

でも僕は知っていた。

すべての人間が敵になり、大好きな人を奪い去る瞬間を。

大好きな人。僕のとても大切で大好きな人。

真っ白になった髪に皺くちゃの顔で僕に微笑みかけてくれる。

「僕はね、お母さんよりもお父さんよりもおばあちゃんが大好き。」

そう言うと笑って頭を撫でてくれた。

腰を大きく曲げたまま僕の手を引きよく公園に連れて行ってくれた。

公園で遊んだ後はいつも近所の駄菓子屋に寄った。

小さな籠に欲しい物全部詰め込んでおばあちゃんに渡すと、小さな袋に入って僕の手に戻ってくる。

わがままはなんでも聞いてくれたおばあちゃん。

でも鉄砲の玩具だけは買ってくれなかった事をよく覚えている。

ある朝、両親に起こされおばあちゃんが倒れたと知らされた。

すぐに病院に駆けつけ手術室に入る両親。

僕は部屋の前で帰りを待った。

とても長い時間だった。

僕は絵本を読んだり絵を書いて過ごした。

日が傾きかけた頃手術室から両親だけが出てきた。

おばあちゃんは帰ってこなかった。

「おばあちゃんは死んじゃったの。」

そう告げられた。

悲しくなかった。僕は泣かなかった。

「おばあちゃんに会いに行こうね。」

言われるままに着いていく。

静かな病院でも多少の喧噪はある。

それすらない静かでどこか薄暗く、ひんやりとした空気に包まれる部屋。

そこにおばあちゃんは眠っていた。

姿を目にした瞬間、僕は大きな声をあげて泣いていた。

目にして初めて大切な人の死を理解した。

それから僕はずっとおばあちゃんの横にいた。

おばあちゃんの体を掴み僕は泣き続けた。

お通夜の間もお葬式の間も。

棺の横でおばあちゃんの好きだったオルゴールのネジを回し続けた。

葬儀も終わり火葬場に行くと言われた。

おばあちゃんを骨にするそうだ。

僕は言われるままに手を引かれた。

火葬場は独特の匂いがして、同じような黒い服を着た人がたくさんいた。

言われたままに進んでいくと窯から出てきた白い残骸が目入る。

まさかと思い僕は母の手を引いた。

「おばあちゃんあんな風になってしまうの?」

母は黙って頷いた。

骨にするとは聞いていた。

でも僕の想像していた物は骸骨とかもっと人間らしい物で。

自分の目で見て初めて理解した。

これから行われようとしている事の恐ろしさを。

「ダメ。おばあちゃんをこのまま連れて帰る。」

そう言って僕は暴れた。

「わがままいわないの。」

僕を止める両親。

でも僕は黙ってなんていられなかった。

なにがわがままなんだ。

おばあちゃんをあんなにするのか?

なんでお前達はそんな事を認めるんだ。

僕は泣きながら思いつくままに体を振りまわした。手が触れる物は全て掴んだ。

沢山の手が僕を押さえつけた。

もがいて、もがいても振り解く事はできない。

ただ泣くばかりだった。

「最後におばあちゃんの顔を見てあげなさい。」

両親に抱えられたまま箱の中を覗き込む。

そこにはいつも僕に笑いかけてくれたおばあちゃんの顔があった。

何も変わらない。

おばあちゃんは今ここにいるじゃないか。

それをお前達は殺すんだ。

僕は泣いて訴えた。

でも誰一人僕に賛同する物はいない。

全員が恐ろしい儀式の進行に同意していた。

僕は最後まで抵抗した。

それでも助け出す事は出来なかった。

次に見たおばあちゃんは真っ白な残骸だった。

あの時すべてが敵だった。

僕は敗北した。

大好きな人を守る事が出来なかった。