契りきな
かたみに袖を
しぼりつつ
すゑの松山
波越さじとは
清原元輔
約束しましたよね。
お互いに涙で濡れた袖を絞りながら、末の松山を波が超えないように、心変わりしないようにと。
・契りきな
なは感動。
以前約束したことを感動的に回想している。
・かたみに→片身に
それぞれ別に、代わる代わる、お互いに。
・袖を絞りつつ
涙で濡れた袖をしぼること。
つつは反復、継続。
・すゑの松山→末の松山
宮城県多賀城市あたりの地名。
海に近い方から、本の松山、中の松山、末の松山と並ぶ一種の防波林。
どんな高い波も超えないとされるところから、二人の間に心変わりは無いことの例えになった。
◯山口志道の解釈
後撰集恋に
「心かはりける女に人にかはり」てと有。
(↑最初の かはり は
変わり なんだと思いますが後の かはり の意味がわからないため、原文のまま載せています。誰かこの解釈をわかる人がいたら教えてください
)
互いに袖をしぼりながら、末の松山を波が超えるとしても、お互いに心の波は超えないと言って約束した
そのとき交わした言葉と、今のあなたは違ってしまったので、あなたのことを恨めしく思います。
末の松山は波が超えるところである。
源氏にもこうある。
波こゆる頃とも知らず末の松待つらむとのおもひけるかな
◯一般的な解釈と志道の解釈の違い
一般的な解釈では末の松山を波が超えることは無いという解釈ですが志道は全く逆の解釈をしていますね。
「末の松山へ誤解」
◎ひろの超訳
世間では末の松山を津波が超えることはないって言ってるよね。
そんな場所で僕たちは愛の契りをしたんだよね
お互いが心変わりしないように。
なんて思ってあそこに行ったのに津波に襲われちゃってずぶ濡れになったんだよね
もう誰だよ。
末の松山を津波が超えないなんて言ってるのは
この歌はもしかして津波に対する警告の意味を込めたものかもしれないですね。
太平洋沿岸は50年に一度くらいの割合で大津波が襲います。
1960年にはチリ大地震の影響で太平洋沿岸に大きな被害が出ました。
そして2011年3月11日の東北大地震の影響でもやはり太平洋沿岸は津波で大きな被害を受けました。
そのとき、津波は末の松山を超えたそうです。
◯清原元輔 きよはらのもとすけ
908〜990
清少納言の父で清原深養父の孫。
三十六歌仙の一人。
この百人一首シリーズでは江戸時代の国学者、山口志道著「百首正解」を現代人にもわかるようまとめています。
山口志道は言霊や神代学に精通しており、ひふみ神示の岡本天明や合気道開祖の植芝盛平、大本の出口王仁三郎らに多大な影響を与えています。
鷹屋敷洋史
参考図書
・「百首正解」山口志道
・「言霊秘書 山口志道言霊霊学全集」八幡書店
・「原色小倉百人一首」文英堂
鈴木日出男 山口慎一 依田泰 共著
・「ちはやと覚える百人一首」講談社
漫画 末次由紀 著 あんの秀子
・「千年後の百人一首」リトルモア
清川あさみ+最果タヒ

