新訳百人一首 第十九首 住の江の | 真実の探求

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難波潟

みじかき芦の

ふしの間も

あはでこのよを

すくしてよとや


伊勢

◯一般的な解釈

難波潟の
短い芦の節と節の間のように
そんな短い間でさえも
あなたに逢わないで
この世を過ごしてしまえと
おっしゃるのですか。


・難波潟

難波は現在の大阪周辺


・みじかき芦の

芦はイネ科。
水辺に自生し、節と節の間が短い


・ふしの間

ほんのわずかな時間



・あはで →逢はで

逢わないで


・すくしてよとや→過ぐしてよとや

私にこのまま人生を過ごしてしまえとあの人は言うのか。



◯山口志道の解釈


難波の海辺にある
芦の節の間のように
短き今宵一夜にても
逢わないでいては
夫婦であろうか
いや、夫婦ではない。


・難波潟

ナニハとは波(ナミ)柔(ニハ)を短く言った言葉。
波が平らの意。

ナニハに難波の字を当てたのは波が立つのが難しいから。
諸国の船が難波に集まるのはそれ故。

庭をニハと言うのも庭が柔(ニハ)で平らであるから。


・このよ→この夜

今宵のこと。


・過ぐしてよとや

ヨトヤのヨは夫婦の中の與(ヨ)のこと。

ヨトヤとは夫婦であろうか、いや夫婦ではないの意。

これを「世の中を過ごす」と解釈するのは間違いなり。

既に古今集にこうある。

流れてはいもせの山の中に落つる
吉野の川のよしやヨの中

この歌の「ヨの中」も與の中、つまり男女のことまたは夫婦を指す。


◯一般的な解釈と志道の解釈の違い

最後のヨトヤの解釈が全く違いますね。


難波潟

短き芦の

節の間も

逢はでこの夜を

過ぐして與とや



◎昔の難波の海は芦の群生地だったんですね。

その頃に想いを寄せるとなんとも言えない気持ちになりますね照れ



◯伊勢 877〜938

伊勢守(イセノカミ)藤原継陰(ツグカゲ)の娘
三十六歌仙の一人
歌、美貌に名高く恋多き女性として有名。
歌集に「伊勢集」がある。




この百人一首シリーズでは江戸時代の国学者、山口志道著「百首正解」を現代人にもわかるようまとめています。

山口志道は言霊や神代学に精通しており、ひふみ神示の岡本天明や合気道開祖の植芝盛平、大本の出口王仁三郎らに多大な影響を与えています。



鷹屋敷洋史



参考図書

・「百首正解」山口志道  


・「原色小倉百人一首」文英堂

     鈴木日出男 山口慎一 依田泰 共著 


・「ちはやと覚える百人一首」講談社

     漫画 末次由紀   あんの秀子


・「千年後の百人一首」リトルモア

     清川あさみ+最果タヒ