●ある若者の死ぬ予感。

この話は霊能者の宜保愛子さんが講演会でお話しされたものです。





1963年8月初旬の事です。

私の家(宜保愛子さんの家)のベルが鳴りました。

ドアを開けてみると、そこに一人の青年が玄関先に立っていたんです。

相談者かと思い尋ねると、彼は、

自分でも、何が何だか分からないのですが、


 この家の前を通ったら、妙に懐かしくなり、声をかけたくなってしまいました。」

と言うのです。

何かに導かれている感じだったので、とりあえず上がってもらいました。

彼を仮に近藤さんとしておきましょう。

近藤君は、まだ大学生で、私の家から2キロほどの所に住んでいました。

お父さんは、弁護士をしていると言います。


お茶をあげると、

お礼に何かさせてください。」と言うと、

ちょうど庭先にあった息子の三輪車を見て、


「あ、ちょうどいい、三輪車を磨かせてください。」と言うのです。

 

私が「そんなに汚いですか?」と聞くと、彼は、

「いいえ、何かさせてもらうだけでも、気分が良くなるのです。」と言うので、

ぼろ布と乾いた雑巾と食器用の洗剤と機械油を渡しました。

彼は、丹念に息子の自転車を磨き上げると、満足したように帰っていきました。





ところが、数日後、また彼が家にやって来て、

今度は、庭の草むしりをしたい。」と言うのです。

今から思うと、私もよく見ず知らずの男を家にあげたな。と思いますが、

ちょっと変わった行動は気になりますが、それを除けば、


近藤君は実に性格の良い青年だったのです。



こうして、彼は休日や暇な時は、私の家に通って来るようになったのです。

「あなた、休みというと私の家に来ているけど、他にする事ないの?
 彼女はいないの?」と聞くと、


「この頃、どうしてか分からないけど落ち着かないのです。
 大声を出したくなるくらい落ち着かないのです。
 何かにせっつかれている様な気がするんです。

 でも、ここに来ると、心が和むんです。ホットします。」

『「お前はまだか」という声が聞こえる時もあり、
 親に相談しても、ノイローゼか精神病扱いで分かってくれないのです。』

そう言って、私の家に来ては、三輪車を磨いてくれたり、
庭の草を取ってくれたり、家の掃除を手伝ってくれたりするのです。

後になって分かるのですが、

近藤君に一種の予知能力が働いて、
自分に何かが起きる事を察知していて、
そのあせりと不安から私の家に通って来たのでしょう。

近藤君を見ていると、
何かに追われている様な焦燥感(しょうそうかん)と不安で、
居ても立っても居られないという感じでした。

近藤君がうちに通い始めてから2か月が経った1963年10月9日の事です。

私は家の中から庭で草むしりをしている近藤君を見た時でした。

なんと、彼の顔が真っ赤に見えたのです。

それはまるで、火が燃えているかの様でした。

「近藤君、どうしたの?
 体の具合でも悪いの?」と声をかけると、

近藤君は、何も答えません。

表情はどんよりとしていて、まったく別の事を考えているようでした。

何だか様子がおかしいので、私は庭に降りて行き、近藤君に声をかけました。


「近藤君?」

すると、近藤君は、
さみしい。
と、本当にしみじみとさみしそうに言うのです。

彼の魂は、

自分の身の上に何か重大な事が起きる事を察知していたのだと思います。
しかし、それが何であるか分からない。
それが不安
で私の所に来ていたのでしょう。

私も近藤君の身の上に、何か重大な事が起きる。
何か大きな事故が起きる。と感じていました。

それが起きる1週間前の事です。

いつもの様に近藤君はうちに来て、
無心のままにうちの子供と遊んでいました。


でも何をするにも一心不乱で、私が何か話しかけても反応が遅く、
一瞬何を言われたのか分からない
という感じでした。

そこで近藤君の顔を見ると、ハッとしました。

彼の白目の所が、ガサガサになっているのです。

死相が現れているのです。

「ここに来ると落ち着くのです。」と言う近藤君。
きっと、彼の魂は死の予感を感じていたに違いありません。


そして、とうとうその時が来る2日前の事です。

この日、近藤君は何をするでもなく、
うちの庭をぶらぶらしていました。

そして私が台所にいると、入って来て、
何も言わずに、コップを差し出すのです。
私が「お水?」と聞くと、
水を入れたコップを受け取り、庭に戻って行きました。

「何をするのだろう?」と、気になった私は近藤君の後をついていってみると、

先に磨いた三輪車のサドルの上に、水の入ったコップを置き、
その隣に庭で取った雑草を空き缶に入れて飾るのです。

それはまるで、小さな仏壇の様にも見えました
なぜ、そんな事をしているのでしょうか?

自分への手向けのつもりなのでしょうか?

私はその様子を見て、事件が起きるのは近いと予感しました。


なので、彼に言いました。


「近いうちに、何か起きるから、
 あまり遠くに行ってはダメよ。
 怪我をするといけないから、家と学校を往復するだけにしなさいね。」

私が近藤君を見たのは、これが最後になりました。


 

 

 















1963年(昭和38年)11月9日夜

神奈川県横浜市鶴見区で列車脱線多重衝突事故が発生した。

いわゆるこれが、鶴見事故と言われる事件です。

死者161人、重軽傷者120人にのぼる人的被害を出す大惨事でした。

その被害者の中に、近藤君はいたのでした。

「やっぱり起こったか。これだったのか!


近藤君が感じていた不安や焦燥感、何かに追われているという感じは、
もうすぐ自分が死ぬという事をボンヤリと察知しているところからきたものだったのです。

私は近藤君の家に行って、お焼香をすませて帰宅しました。

その日の夜。

 


眠っていると、2時間くらいで目が覚めてしまいました。


すると、枕元に近藤君が立っているのです。


ニコニコ笑っています。
そんな笑顔は事故が起きる1か月前からは見ていませんでした。


「ぼくは、どうしていいか分からなかったんだ。
 でも、貴方の家に行って何かしている時だけ落ち着く事が出来ました。
 どうもありがとう。」

そう言って近藤君は消えたのでした。

END