●2つの折り鶴。
戦後間もない頃のお話です。
太平洋戦争が終結した直後、日本は闇市などが横行し、
混乱の世の中を迎えていました。
ある病院の入り口に、
7歳位の坊やが、壁にもたれかかって、ぐったりしていました。
その坊やは、看護婦さんに財布を渡して言いました。
「このお財布の中に、お金が入っています。」
看護婦が、坊やから財布を受け取り、
中を見てみると、
なんと、1銭銅貨が1枚だけ。それと、
汚れた小さな白い紙が、2枚入っているだけではありませんか、
きっと、
病気になった子を、診て貰うお金が無くて、
病院の前に捨てていったのだと、看護婦は思いました。
当時、同じ様な事があちこであったのです。
そこへ、院長先生が来ました。
「どうしたの?」
「この子ですが、
ここに置き去りにされたようなんです。」
当時、院長は戦争で、同じくらいの歳の子を失っていました。
だから、人ごととは思えなかったのでしょう。
「診察室へ運んであげなさい。」
「いいんですか? お金無いみたいですけど?」
「ああ、いいよ」
しかし、
ちょっと診察しただけで、
この子はもう長くないと分りました。
肺結核と免疫低下による感染症を併発しているような病状だったのです。
それでも彼は、
その子を亡くなった自分の息子だと思って、
痛み止めや、栄養がつくものを出来る限り摂取できるようにしました。
坊やは長い事、いい物を食べていない感じでした。
咳をしながらも、美味しい美味しいと出された物を全部食べました。
看護婦達は、「ひどい親もいたもんだよねぇ!
ロクなもん食べさせて無かったんじゃないの!
あんな幼い子供を病気になったからって捨ててくなんて、鬼だわ!
こんな酷い事をする親の顔が見てみたいわね!!」
そんな坊やは、1週間頑張りましたが、
体力はもう限界に近かったのです。
とうとう今日になっても、
その子の母親は一度も、息子を見舞いには来ませんでした。
きっと、来れば、息子を引き取るように言われて、
二人とも追い出されると思ったのでしょうか。
それとも、看護婦達が言っていたように、
病気になって足手まといになり、
ゴミの様に捨てられたのでしょうか。
坊やがいっこうに見舞い来ない親を、
どんなに憎んでいるかと思うと、不びんに思いました。
母親に捨てられ、
母親を憎みながら死んでいくのが可哀想でした。
その時です。
看護婦さんが、部屋に飛び込んで来ました。
あの坊やの病状が急変して、危篤状態だと言うのです。
彼が坊やの所に行くと、
もう虫の息でしたが、
ようやっと、先生に気がつくと先生の方を見て、
ポッケから、何かを取り出して、
先生の手のひらに乗せました。
それは、
あの汚い紙で折った、2つの小さな鶴でした。
普通の人から見れば、ただのゴミかもしれない小さな折り鶴でした。
しかし、
先生は思いました。
その紙は、きっと、母親から貰った唯一の
大切な、紙である事を。
坊やは、小さなかすれる声で言いました。
「先生、今までどうもありがとう。
こんなお礼しか、ボクにはできません。
先生が幸せになりますように
って願って鶴を折りました。」
先生はそれを受け取ると、
「そうか、そうか、
ありがとう。
大事にするよ。」
先生は知っていたのです。
坊やはもう殆ど見えない目で、頑張ってこの小さな鶴を折ったのだと、
見えない目で、一晩中かかって折ったのだと。
そして、坊やは、最後にこう言ったのです。
「もう1つの鶴は、
母さんにあげてください。
産んでくれてどうもありがとう。って。
ボクは幸せだったよ。って・・・」
そう言って、息をひきとったのです。
この子は、母親を憎んではいなかったのです。
少しでも、そんな事を考えた自分が恥ずかしく思えました。
坊やの最後に一言を聞いて、先生は確信したといいます。
坊やは捨てられたんじゃない。
きっと、捨てられたじゃないんだ。と
先生は、坊やが亡くなった日、
無名の共同墓地に埋葬後に病院に帰ってくると、
病院の坊やが捨てられていた場所に、
坊やが着ていた服と、鶴の折り紙を置いておきました。
看護婦さんが、
「先生、そんな汚い服!
病院の前に置いておかない方がいいですよ!
そんなゴミ、誰も取っていきませんよ。」と言うと、
先生は、
「いいんだ、
いいんだよ。約束したんだ。坊やと」
そう言って、部屋に入って行きました。
やがて、
日が暮れかかり、
人通りが少なくなった頃です。
人目をはばかるように、
1人の足の不自由な、貧しい身なりの女の人が、
片足を引きずりながら、その汚い服に近づいてきました。
そして、
折り紙の鶴を見るやいなや、涙を流し、
病院に向かって、深々と3回丁寧にお辞儀すると、
坊やの服と折り紙の鶴を、
大事そうに胸に抱えて去って行きました。
それを窓の影から見ていた先生は思ったそうです。
多分、あの母親は、
毎日どこからか、坊やの様子を見ていたに違いない。
きっと
きっと、最後に一度だけ、
最後にたった一度だけでもいいから、
坊やに、美味しい物を食べさせてあげたかったのかもしれない。と。
そして、
坊やは小さい鶴となって、
母親の胸の中に帰っていったんだと・・・
END


