●パンの耳に救われた姉妹。
1998年、9月2日。
山口県宇部市に、一人の女の子が生まれた。
かのんが2歳の時、
両親が離婚した。
突然母子家庭となった、かのんと妹。
母親は働きづめだったが、生活は苦しくなり、家賃も払えない。
別れた父親に助けを求めたくても、どこかに蒸発してしまい行方知らず。
妹とかのんは、家にいる時は、食べる物が何も無いという生活。
唯一、姉妹が食べ物にありつけたのが、学校の給食だった。
しかし、問題は学校が休みの夏休みや冬休みだった。
家には食べる物が無い。
仕方なく、かのんはナケナシの50円をにぎりしめ、
スーパーで安売りされていたパンの耳を大量に買ってきて、
姉妹で飢えをしのいだという。
ある日、かのんは妹の為に、
パンの耳を油で揚げて砂糖をつけてあげると、
妹は涙が出るほど感激して喜んだという。
家に無かったのは、食べ物だけではなかった。
テレビも無かった。
洗濯機も無かった。
水道も節約の為に、満足に使うことが出来ず、
姉妹で学校の水道水をペットボトルに汲んで家に持って帰った。
洗濯機が無いので、汚れた服はシャンプーで洗った。
シャンプーがなくなると、友達の家で服を洗わせてもらった。
かのんが14歳の頃、交通事故に遭い、死にそうになった。
かのんが中学3年生の時、
さすが食べる物が無く、自分と妹が飢えていくのに耐えられくなり、
母親に内緒で、かのん自ら児童養護施設に助けを求めた。
児童養護施設に入ると、
「こんな幸せな世界があるのか、
こんなに3食食べられる世界があるんだと思って感動した。」
児童養護施設から学校に通った。
施設に入っても、少額のお小遣いの中でやり繰りするため、
流行のシャーペンが買えず、スポーツ用具もボロボロだった。
それでも匿名でランドセルや鉛筆などが贈られることがあった事があり、
それがすっごくうれしかったんです。
誰かが自分たちのことを気にかけてくれるんだなということが、
すごくうれしいんですよ。
周りの人は壮絶な家庭環境の子が多かったので、
本当に愛が足りないという感じだったんです。
愛情に飢えてる子ばっかりだったので・・・・
高校では水泳部に所属したが、3年間同じ水着で通した。
高校の修学旅行は行きたかったけど、お金が無かった。
そんなかのんを哀れんでか、先生が修学旅行代を立て替えてくれた。
しかし、ある時、児童養護施設から通っていたことを、
先生がふとした拍子に生徒の前で言ってしまう。
また当時、イジメられていた子をかのんがかばった発言をした事から、
イジメのターゲットがかのんに向いてしまい、
今度は、かのんがクラスメイトからイジメられるようになってしまった。
この「ブタ!!」
あのブタは児童養護施設から通っているんだよ。

その日を境にかのんはグループからも無視をされ続けられ、
昼食は一人トイレで便所飯の3年間。
休み時間は一人で図書室に居ることが多かった。
酷い時は、教室にも行けず、保健室登校していた。
学校ではイジメられ、高校の学費も払えず、もう何もかも嫌だ。
児童養護施設にいると言っても、
18歳を過ぎたら、もう誰も助けてくれない。
もう「人生をやめちゃおうかな・・・・」と自殺を考えた。
ホント言うと、かのんは将来の夢は獣医で、沢山の動物を助けたかった。
もしくは、漫画家になりたかった。
でも、家庭が貧しい子は、そんな夢をみてはいけない。
高校卒業後は就職せざるを得ず、夢はあきらめた。
それより住み込みで働けるところを探した。
うってつけの仕事場はパチンコ屋だった。
しかし、パチンコ屋の面接で落ちてしまう。
もうどうしようかと、悩んでいたところ、
高校の顧問から自衛隊を勧められました。
もう何も考えず「助けてくれ」という思いで自衛隊に入った。
自衛隊の訓練は「キツかったです、めちゃくちゃ」といいます。
自衛隊での毎日は、訓練に次ぐ訓練。
毎日20km走るのは当たり前、
月に2回の射撃訓練ではほんの少しの失態でも厳しい罰則が待っていた。
なかでも最も辛かったのは、
半日かけて大自然のなかを進んでいく40km行軍だったという。
女性だからハンデがもらえるわけでもなく、
20kgくらいの荷物を背負って歩くんです。
2019年4月、自衛隊を辞めたあと、
次に彼女が行き先に決めた場所は、就職アプリで見つけた東京の清掃会社だった。
清掃会社に就職して上京してひとり暮らしを始め、
官公庁のトイレの掃除とかを黙々とやってました。
清掃会社に勤めだして約半年後の2019年9月。
高校時代からのSNS友達が千葉に住んでいて、
休日に一緒に遊ぶことになったんですね。
そうしたら、公園で遊んでいるとその子が唐突に、「漫才がしたい」と言われ、
「東京NSC(吉本興業の養成所)に入ってお笑い芸人になろうと思う。
でも勇気がないから、一度、私と漫才をしてみてほしい。」とお願いされたんです
「いいよ?」と返事をしました。
私はその気は無かったんですが、
「友達を見捨てられなかった、少しでも助けてあげたかった。」
しかし、いざ面接に行くと、その友達はドタキャンで来なかったんです。
しかも、面接とはいえ、いきなり観客の前に出てお笑いをしろという課題。
私も逃げたい気持ちでしたが、一度した約束を反故にするわけにはいかない。
急遽1時間でピンネタを考え、事務所ライブで披露すると、
なんと、観客の投票で全体で2位の成績になる成功を収めたのです。
その時に、急遽考えた芸名が、
本名の安井かのんの、やすだけ取って適当に「やす子」として舞台に立ちました
自衛隊に入った頃。
芸人としてスタートしたものの、コロナ禍でもあり、
掛け持ちのバイトは15回クビにされ、
消費者金融から借金して生活していて、300万円近い借金になってしまいました。
もう芸人も限界かなと思っていた時、
大葉かやろうさんという芸人さんに、
『元自衛官なら、自衛隊ネタやったら?』と言われて始めたのが、
「自衛隊あるある」だけでは、ネタが全然面白くない!と何度も言われましたけど
自衛隊ネタをやるようになってからはテレビのオーディションにも受かるようになりましたし、
いろんな番組に繋がっていきました。」
ある時、都内の線路脇の道路で撮影していた時、
車に轢かれたのか野良猫にでも襲われたのか、
1羽のハトの死骸が転がっていた。

それを見つけたやす子は「あっ!」と立ち止まり、
「ほんとはどこかに埋めてあげたいですけど……何も持ってないし…」と言いながら
道路脇に転がっていたダンボールの切れ端でそのハトをすくい上げ、
人目につかないよう、生い茂った草陰の土のあるところにそっと横たえてあげていた
それを見ていたスタッフは、この子にはこんな優しい面があるんだと思ったという。
今月の8月31日から9月1日にかけて放送される日本テレビの
「24時間テレビ47」のマラソンランナーをやす子が務めることが決定されたという。
会見でやす子は、
「本当に恐れ多くて恐縮なんですけども、
1秒でも皆さんに元気を与えれるように頑張りたいと思います。
自分のそもそも住んでいた児童養護施設に恩返しができたらいいな
っていう想いから始まってる募金です。
8年前まで(児童養護施設に)いたんですけど、
『進学はちょっと諦めてください』っていうような感じだったんです。
その時に『つまんない人生だな』と思ったんですけど、
今こうやって芸人なって、やりたかった仕事とか見たかった景色も見れてるので、
どこの環境にいても大丈夫なんだよってことも伝えたいなって。
一人でも多くの人が児童養護施設の子供達の事を
気にかけてくれるよう一生懸命走ります!」

今年のチャリティーマラソン企画「全国の児童養護施設に募金マラソン」の
寄付金の全額が目的別募金として、
全国600カ所以上の児童養護施設のために役立てられる。
END
参考:Cocotame https://cocotame.jp/series/019226/





