大学ライフを楽しみたい人が行く、良い所のボンボンが行く大学。
と答える方もいるかと思います。
そんな青山学院大学に、圭ちゃんとよく呼ばれていた一人の貧乏学生がいました。
彼は、父親に教えてもらったボウリングに傾倒し、
高校時代には本気でプロボウラーを目指していました。
大学に行きながら、ボウリング場で働く日々。
しかし、ボウリングの大会に出た時、上には上がいる事を実感して挫折。
やがて、ボウリングは諦め、本気で音楽の道へ進むことを決意します。
そんな彼は常に貧乏でした。
給料が入っても、すぐに友人に奢ってあげていたからです。
大好きなタバコも、友人達からもらって吸い、

大学の学食に行っても、お金が無いので、食べたくても食べる事さえ出来ません。
そんな、ひもじい彼を見ていられなくて、
毎日、彼に食事を奢っていたのは、
当時、同じ音楽サークルでバンド活動していて付き合っていた彼女でした。

実は、二人はこの音楽サークルで活動し始めた頃から、
「ずっと一緒にいよう」と告白し将来は結婚しよう。と約束していた仲でした。

そうです。
大学時代の桑田佳祐さんです。(サザンオールスターズ)
そして、貧乏な桑田さんに毎日食事を奢っていたのが原由子さんでした。
ところが、1977年にサザンとして『EastWest '77』に出場すると、
桑田さんがベストヴォーカル賞を受賞します。
この頃はまだ、桑田さんは音楽のプロになる気はなかったのですが、
1978年6月25日にビクター音楽産業より、サザンオールスターズとして
「勝手にシンドバッド」を発表してメジャーデビューを果たすと、
サザンオールスターズの人気に火がつき、一気にスターダムにのし上がります。
超売れっ子のバンドになり、多くのファンを獲得します。
桑田さんは一躍多くの女性ファン男性ファンから支持されます。
そうなると、ファンはサザンオールスターズの中の紅一点だった

原由子さんの存在が気になり、一部の熱心な女性ファンからは、
「桑田さんにくっつかないでよぉ」
「あんたなんか、邪魔だよ!!」
という嫌がらせの手紙が原さんに送られてくる様に・・
そんなデビューから約2年が経とうとしていた頃、ノイローゼにもなった
原さんは卵巣のう腫で左側卵巣の摘出手術をして、
2つある卵巣の1つを取り、非常に妊娠しにくい体質になってしまいます。
また、今まで気楽に楽しくバンド活動していたのが、
急に毎日毎日、休みなく仕事・仕事で、原さんもメンバー達もですが、
桑田さんの気持ちにも余裕が無くなっていました。
原由子さんと結婚の約束をしていた桑田さんでしたが、
今まで自分を支えて来てくれた原由子さんと別れる決心をします。
「オレ、好きな人が出来ちゃったんだ。」
別れてくれ。
二人は昔の事も思い出しながら、夜通し泣いたと言います。
しかし、原由子さんと別れてから、
桑田さんは改めて原さんの存在の大きさに気がついたのでしょう。
原さんの家に行くと、突然、
「やっぱり結婚しよう。」
「ずっと一緒にいよう。」と改めて結婚を申し込んだのでした。
その数日後に出来たのが、「いとしのエリー」でした。
このイントロの歌詞は、まさに桑田の「ごめんなさい」という気持ちが
忠実に反映された歌詞で、別れてしまった彼女に
「俺が悪かった」と表現している歌でした。
この曲が出来ると、一番先に電話で原さんに捧げたといいます。
結婚式では、
桑田は「いとしのエリー」の"エリー"を"由子"に変えて披露した。
原坊の朝顔
結婚はしましたが、
原由子さんは「卵巣嚢腫」で、卵巣を片側切り取っていましたので、
医者から妊娠しづらいですと言われていたのもあり、
はやり3年経っても、子供は出来ませんでした。
そんなある日、
代官山を2人で散策していたときに、
原さんが、泥の中から芽を出している朝顔を見つけたのです。
二人は、泥の中じゃ可哀想と、その朝顔を家に持ち帰って、
大切に大切に育てて、ついに綺麗な花を咲かせました。

そして、種が出来る頃には、なんと妊娠していたのです。
朝顔のお蔭かもしれない…。
喜んだ2人が最初に思った事、それは、
この嬉しさをファンの方にも分けてあげたい。
この奇跡の朝顔の種を、私と同じ様に子宝に悩んでいるファンに
抽選で5名の方にプレゼントしたのです。
妊娠が難しいと言われていた原由子が大切に育ると、
種が出来ると同時に子宝に恵まれたという奇跡の朝顔の種。という事で、
いつの間にか「幸せを呼ぶ朝顔」と呼ばれるようになりました。
やがて、種を分けてもらった人から、
「子宝に恵まれた」という報告が届くようになり、
この朝顔の種は次々と広まっていき、「育てれば子宝に恵まれる」
「原坊の朝顔」という名前が付けらました。
ある病院や種を譲り受けたファンは、その後も「原坊の朝顔」の種を
他の子宝に悩んでいる人に分ける様になっていると言います。

3年も不妊治療をしていたのですが、
「今日、妊娠が確認されたんです。
原坊の朝顔、本当にすごいです。」
また、2度の流産の後、原坊の朝顔の里親となり、
朝顔を育て始めたその年に妊娠、翌年出産に至った方の
喜びの声も寄せられたと言う。
最後に、
こんなこぼれ話を。
桑田さんが原さんと結婚を決めた直後の事です。
東京・渋谷のとある喫茶店で、
女性観について雑誌のインタビューを受けていました。
きっと桑田さんも原さんとの結婚を決めて嬉しかったのでしょう。
つい、ポロッと、口がすべって、
「オレ、結婚しようと思うんですよ。」
と、突然その女性記者の方に言ったのです。
女性記者の方は、びっくりして、
「誰とですか?」と聞き返すと、
桑田さんは、「原由子さんです。」
それを聞いた女性記者の方は、ちょっと驚いて、
「なんで、原坊なんですか?」と聞いたという。
(原坊=原由子さんの愛称)
実は当時、桑田佳祐と言えば、
「勝手にシンドバッド」以降も、次々とヒットを飛ばした
スーパースターでモテモテ、どんな女優さんやモデルさんでも、
桑田佳祐さんと結婚したいという女性は多かったのです。

それが、おせいじにも自分より美人とは言えない原由子さんだったのと、
原さんは「卵巣嚢腫」で、卵巣を片側切り取っていましたので、
医者から妊娠しづらい体だと言われていて、
子供が好きだった桑田さんが、結婚相手に原由子さんを選んだのが
その女性記者には、納得がいかなかったのかもしれません。

インタビューを受けたその喫茶店は、
白い小石が敷かれていたガラス張りのオシャレな喫茶店でした。
「なんで、原坊なんですか?」
その質問に対して、
桑田さんは、立ち上がると、
その喫茶店に敷かれていた白い小石を1つ拾い上げたという。
そして、黙って、その白い小石を、
その女性記者の方に手渡した。
すると、
小石を手渡された女性記者は、
「えっ」とただキョトンとしていたという。
そんな、ただ不思議そうにしている女性記者を見て、
桑田さんは、
「でしょ。」と言い、
「ほとんどの女性は、
オレがこうやって、何でもない小石を拾って、渡しても、
貴方の様に、キョトンとするだけだと思うんですよ。」
「でもね。
原坊は違うんです。」
「オレが、こうやって
小石を渡すと、
彼女は、
桑田さんが、くれた物なら、
何か絶対に意味がある。と思って、
その小石を、大切に持っててくれる人なんです。」

「世の中に、多くの女性がいても、
ボクの小石を大切に持ってくれるのは、
原坊だけなんです。」
その後、桑田佳祐夫妻には2人の男の子に恵まれた。
END
参考:
GOSSIP-HISTORYより https://gossip-history.com/g01105/
子宝温泉・子宝神社・金運神社 全国ガイドマップより http://www.kiji2009.seesaa.net/article/360908668.html
しあわせの種を探してより https://chika5.com/archives/5465
サザンキングダムより https://www.youtube.com/watch?v=0W1Yxuv5CGQ
https://www.youtube.com/watch?v=bc8e4CSOJUQ
https://www.youtube.com/watch?v=smC5IQkFYcc
https://www.youtube.com/watch?v=0W1Yxuv5CGQ&t=962s
https://www.youtube.com/watch?v=smC5IQkFYcc&t=567s




