●私を守っている物。
皆さんは、「耳なし芳一」(ほういち)というのをご存知だと思います。

耳なし芳一とは、
阿弥陀寺というお寺に、芳一という盲目の琵琶法師が住んでいました。
寺の和尚は、目の見えない芳一が無断で毎夜一人で出かけ、明け方に帰ってくるのを不審に思います。
そこで、寺男たちに後を着けさせます。
すると、なんと誰もいない平家一門の墓地の中におり、
平家一門の邪悪な怨霊の中で琵琶を弾き語っていたのです。
このままでは、芳一は平家の怨霊にとり殺されてしまう。
そこで和尚は、芳一を平家の怨霊たちから守る為に、
芳一の体中に、般若心経を書いて守る事にしました。
やがて、真夜中になり、平家の怨霊たちが芳一を迎えに来ます。
しかし、芳一の体には般若心経が書かれていて、怨霊たちは手が出せません。
ところが、和尚は、芳一の体中に般若心経を書いたつもりでしたが、
唯一、芳一の耳には般若心経を書き忘れていたのです。

仕方なく、平家の怨霊たちは、芳一の耳だけをもぎ取って去っていきました。
それ以後、平家の怨霊は二度と現われなかったといいます。
さて、今日は、一人の有名人のお話を紹介しようと思っているのですが、
その人を書く前に、なぜ「耳なし芳一」の話を聞かせたのか、
超難しいですが、それがヒントです。
ここで、その有名人の名前を連想出来た人は、200点です。
それは誰だと思いますか?
少し考えてみてから、先をお読みください。
今日紹介する人は、こんな言葉を言っています。
「わたしは子供の頃から、
自殺への憧れがすごくありました。
家庭環境に悩んで、幻聴や幻視にとらわれてものすごく恐ろしくて、
毎日、自殺したいと願うほど追いつめられて・・・・」
ここで、その有名人の名前を連想出来た人は、100点です。
それは誰だと思いますか?
少し考えてみてから、先をお読みください。
1929年、長野県松本市で種苗業を営む家庭に一人の女の子が生まれます。
4人兄妹の末っ子として生まれました。
しかし、育って行く内に、彼女が他の子と違う事に気づきます。
医者に連れて行くと、統合失調症という精神の病でした。
彼女を繰り返し襲う幻覚や幻聴。
強迫性障害を患い、
動植物が人間の言葉で話しかけてたりする幻覚が聞こえるのです。
彼女は当時を振り返り、
「私はどの精神科でも不安神経症、強迫神経症と言われたわ。」
やがて、両親は、彼女に冷たくなります。
女と遊びにふける父親からは、暴力をうけます。
そして、彼女に対してヒステリーになる母親からは虐待されたのでした。
幻聴や幻視にとらわれ、両親からも虐待され、
ものすごく恐ろしくて、
毎日、自殺したいと願うほど追いつめられていました。
ここで、その有名人の名前を連想出来た人は、90点です。
彼女は誰だと思いますか?
少し考えてみてから、先をお読みください。
彼女を自殺から救ったもの。
それがアートでした。
彼女の自殺を思いとどまらせてくれたのは、
絵を描いたり、作品を創ったりすることだったのです。
幼いころから絵を描くことに関心があり、
近所のお花畑でスケッチなどをして遊んでいたほどです。

ここで、その有名人の名前を連想出来た人は、80点です。
彼女は誰だと思いますか?
少し考えてみてから、先をお読みください。
彼女は、恐怖から逃れるため幻覚を絵に描きとめるようになりました。
閉鎖的な性格を強めていった彼女は、
感じた苦しみの感情や体験を絵として残していくようになります。
特に強迫性障害を患っている時には、視界が水玉や網目で埋め尽くされました。
そんな時、身を守るために、
自分や作品全体を水玉やドットで埋め尽くしたといいます。
そうです。
耳なし芳一が、全身に般若心経を書いて身を守った様に、
彼女自身の周りや作品を、水玉やドットで埋め尽くす事で、
自分の身を守っていたのでした。
16歳の時に出品した作品が、なんと第一回全信州美術展覧会で入選します。
それを機に、独立して食べて行こうとしますが、
作品は全く売れずに食べるにも大変で、壁紙を剥がして食べたといいます。

ここで、その有名人の名前を連想出来た人は、70点です。
彼女は誰でしょうか?
少し考えてみてから、先をお読みください。
次は答えです。
草間彌生(くさまやよい)さんの作品には、
必ずと言っていいほど、水玉が書かれていますが、
水玉模様で埋め尽くすことにより、幻覚や幻聴から身を守る儀式的な意味が込められていたのでね。
そして、そこの人々や場所が守られます様に。という愛が含まれているのですね。



ああ、自分の作品や、洋服を宣伝する為に、
いつも自分が書いた水玉の服を着ているんだなと思っていたのですが、
違ったんですね。
水玉を着る事で身を守っていたのですね。
彼女のモチーフには、水玉の他に、
カボチャと男根があります。
幼い頃、大好きなおじいちゃんの畑でかぼちゃを栽培していました。
おじいちゃん子だった彌生さんは、
畑のかぼちゃを抱くと安心したと言います。
かぼちゃは草間彌生さんにとっては自画像であり、
かぼちゃへの変身願望があったと言われています。

かぼちゃは台湾、香港などの中華圏では縁起が良いという事で人気になり、
かぼちゃは草間彌生の代名詞となり、多くの作品に登場しています。
そして、男根モチーフは、男性に対する恐怖心への克服だといいます。
だから男根モチーフを書く時は、その周りに水玉を配したりする事が多いようです。

父親の暴力を受けて育った草間彌生さんは男性恐怖症でした。
彼女は92歳になる現在まで、結婚していません。
2016年、アメリカの『タイム』誌で
「世界で最も影響力のある100人」に選出されると、
日本でも文化勲章受章を受賞します。

最後に、彼女は、展覧会の時、こんな言葉を残しています。
「子どもの頃のみじめな思い、人生の苦しさ、足踏みをしていた時代を思うと、
私の芸術を評価し認めてくださることに感謝の気持ちでいっぱいです。
みなさんの精神的な悩み、
人生に対する悩みがあった時に、
ぜひ私の生きてきた道をひとつでも見つけていただけたら、
本当に嬉しいと思っています。 草間彌生」

END
参考:画像はThis is Media より https://media.thisisgallery.com/20187748
HUFFPOST より https://www.huffingtonpost.jp/2017/02/20/yayoi-kusama-exhibition-tokyo_n_14871506.html
耳なし芳一の画像は、ピクシブ百科事典より https://dic.pixiv.net/a/%E8%80%B3%E3%81%AA%E3%81%97%E8%8A%B3%E4%B8%80

