●神の手。
昨日、フジテレビのドラマ「イチケイのカラス」を見ました。
とても面白いドラマです。
そこで主演の竹野内豊が黒木華さんに、
「君は、神の手を知っている?」と聞くシーンがありました。
「神の手」と言えば、世界で一番有名なのが、
1986年サッカーワールドカップ・メキシコ大会準々決勝の
アルゼンチン対イングランド戦で、
アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナが、手でゴールを決めた事件である。
サッカーはゴールキーパー以外は手を使ってはいけないルールだが、
この時、マラドーナは手にボールを当ててゴールを決めたのだった。
https://www.youtube.com/watch?v=GV1TmyfXYg8
動画だと、よく分からないが、
別の角度から取られた写真には、はっきりとボールに手を当てているのが分かる。

つまり、明らかな反則が行われたのである。
しかし、審判の判定はゴール。
勿論、イギリス側は主審に抗議したが、ゴールは覆(くつがえ)らなかった。
その後、両チームは11点づつ取り合って、最終的に2対1でアルゼンチンが勝った。
つまり、あの手でゴールを決めた「神の手ゴール」が試合を決めたのだった。
悔しさが収まらないイギリスのファンたちは「イカサマ」ゴールとして非難した。
さて、皆さんは、このマラドーナのゴール。
どう思いますか?
ずるい「イカサマゴール」とだと思いますか?
それとも、世界の多くの人が言っている様に、「神の手」ゴールだと思いますか?
そして、なぜ彼は、スポーツマンとして、ハンドを告白しなかったのでしょうか?
ちなみに、余談ですが、ベトナムのダナンには神の手と呼ばれる黄金の橋がありますね。
私の意見を読む前に、皆さんも、
少し考えてみてから、先をお読みください。
私は、あのマラドーナのゴールは、「神の手」だと思いますよ。
別の意味でね。
実は、このマラドーナのゴール。
この得点シーンだけを見ただけでは、「神の手」の意味は分かりません。
この時のアルゼンチンの時代背景を知る必要があります。
この時、アルゼンチンの国民はイギリスを憎んでいました。
実は時を遡る事4年前の1982年6月、
アルゼンチンとイギリスは戦争をしたのです。
これが世に言う、フォークランド戦争です。

この戦争で、多くのアルゼンチンの若者が亡くなりました。
アルゼンチンの死者649名(イギリスの死者255名)
特に1100名が乗った巡洋艦ヘネラル・ベルグラーノを、
イギリス海軍の原子力潜水艦コンカラーの2発の魚雷によって沈没させた事件は衝撃的で、
この一撃で乗員323名が死んだのです。

悲しい事に、この船の乗員の約3分の1が、まだ18歳以下の少年だったのです。

この戦争は6月20日にイギリス軍がサウス・サンドイッチ島を再占領し勝つのですが、
最後の戦いでは、アルゼンチン兵士達が立てこもる塹壕に、手りゅう弾などほうり込んだり、

銃弾の雨を降らせて制圧したのだが、
後にアルゼンチン守備隊の死体を調べて見ると、その多くがまだ子供だったのです。

死体の財布に母親や家族の写真があり、それを見ると悲しくなりました。
戦争に勝ったイギリス軍。
帰国すると、国中がお祭り騒ぎです。


パレードも行われ、その様子が全世界に流されました。 アルゼンチンにも。

その後、アルゼンチンは、政権が倒れ、世界から孤立し、
国民は敗戦と軍事政権の負の遺産に苦しみ、インフレとなっていた。
そんな時、行われたのが、あの1986年サッカーワールドカップ・メキシコ大会だったのである。
それも対戦相手は、あのイギリス!
そして、その試合で飛び出したのが、神の手ゴールだったのです。
アルゼンチンでは戦争で子供を亡くした親が、子供の写真を抱きながら号泣したと言う。
見てるかい。 マラドーナが、カタキをとってくれたよ。
神の手ゴールの1点差でイギリスに勝利したアルゼンチンは、その後、
準決勝でベルギーを2ー0、
決勝で西ドイツを3-2で下し、ワールドカップ優勝を遂げたのです。

この優勝が、どんなに苦しんでいるアルゼンチン国民を勇気づけたことでしょうか。
特にあのイギリスを破っての優勝です。
ある専門家は言います。
あのワールドカップ優勝は、アルゼンチン国民の憎しみを和らげ、
国民の気持ちを平和へと向かわせた。
実際に、あの「神の手」ゴールが出た翌月、
アルゼンチンは長年敵対していたブラジルと和平を結んだのである。
後に、マラドーナは映画の中で、こう言っている。
「あれは、マルビナス(フォークランド)で殺された子供達の敵討ちだった。」
そう、国民の憎しみを和らげ、国を和平に向かわせた、
神の手を借りた平和的な敵討ち。
END





