●英雄の橋。



イリノイ州で生まれたアーランド・ウィリアムズは、

なぜか、子供の頃から水が怖くて仕方がなかったという。

どうしてこうも水が怖いのか、自分でも分からなかった。

高校の時、水泳の試験があったのだが、

とにかく恐怖以外の何物でもなかった。

大学を卒業後、軍隊を経て、銀行に就職した。

そんな46歳の時、

彼はワシントン国際空港に居た。

おりしもこの日、ここワシントンDCは、100年ぶりの大寒波に襲われていた。

彼が搭乗していたフロリダ航空90便は、

降雪により滑走路が一時閉鎖となったため出発が遅れていた。

 

その時の写真が偶然残っている。(下)



1時間遅れで、出発しそうになった時だった。

ギリギリで、1人の男が飛行機に搭乗してきた。

大遅刻だった様だったが、ラッキーな事にこの遅れで飛行機に乗る事が出来たようだ。

飛行機はまるで、この男を待っていたかの様に、男が乗るとすぐに離陸した。


ところが、

フロリダ航空90便が離陸してから、わずか32秒後だった。

機体は凍結の影響で、上昇できず、

ポトマック川に向かって墜落していったのである。


機は川に墜落する直前に、14丁目橋に機体後部が直撃、

 

機体は後部部分と胴体の2つに分かれて川に墜落した。

 

最悪な事に、当時ポトマック川は氷がはっているほど冷たく、

機体も半分に折れていたので、そこから水が入り、

一瞬で機体は水の中に沈んでしまったのである。

 

つまり、1分もしない内に全乗客は氷水の中に沈んでしまったのだ。

当初、乗客74人+乗務員5人の合計79人の命は絶望的と思われた。


ところが、しばらくすると、水中から2名の生存者が浮き上がって来た。

実際の画像

 

 

会社員のジョーと、秘書のパトリシアだった。

その後、ジョーいわく、

機内にいると、水がどんどん入って来て、あっという間全身が水没してしまいました。

もうダメだと思った時、

光が差したのです。

もう無我夢中で、光の方に光の方に

 

 

必死で泳いでいくと、あの地獄から助かったのです。

やがて、この最悪の状態でも6人の生存者がいる事が分かった。


その中に、子供の頃からなぜか水が怖かったというアーランド・ウィリアムズ氏も含まれていた。

(下の写真で、手をあげている手前の男性。)


しかし、6人はまだ助かった訳では無かった。

なにしろ、人間が氷点下の川で生きていられるのは、30分だという。

6人以外の73人は、すでに水の中で亡くなっていた。

また、飛行機が14丁目橋にぶつかった時、

橋の上を通っていた車を破壊、4名の人が橋の上で亡くなっていた。

 

この事故で、救急車やレスキュー隊が現場に近づけない事態となっていた。

やがて、救出の為に複数のボートが現場に到着したのだが、

ポトマック川にはった分厚い氷が、ボートの行く手を阻み、役に立たなかった。

 

 

既に20分が過ぎたが、成すすべも無く、

人々は橋の上からただ、無事を祈る事しか出来なかった。


すると、現場にレスキューのヘリが一台到着する。

 

 

現場の真上に到着すると、すぐに救命浮き輪を水面に投げる。

その救命具を受け取ったのが、アーランド・ウィリアムズだった。(手前)

 

しかし彼は、それを自分の為に使わず、力つきて溺れそうになっていた秘書のパトリシアに渡す。

手が麻痺していてうまく救命具を付けられないパトリシアの首に、

つけてあげたのが、CAの中で唯一助かっていたケリー・ダンキンモアだった。

 

ヘリは到着したものの、現場が橋に近かった事もあり、

なかなか真上に近づく事が出来ない。

そんな時だった。

軍隊経験があった41歳のバート・ハミルトンがヘリの真下まで泳ぎ、救出され、

6人の内、最初の救出者となった。

 

 

ハミルトンを岸まで送り届けると、ヘリは慎重に現場まで戻り命綱を垂らした。

その命綱を長い手で受け取ったのが、アーランド・ウィリアムズだった。(手前)



しかし彼は、またしてもその命綱をCAのケリー・ダンキンモアに譲った。

近くにいた秘書のパトリシアも、私は救命具があるから大丈夫と言い、

 

ケリー・ダンキンモアが救出。6人の内、2番目の救出者となった。

 

 

ケリーを岸にあげた後、再びヘリが戻って来て、今度はいっぺんに2本の命綱を垂らした。

この2本の命綱で、誰が行くかとなったが、

子供の頃からなぜか水が怖かったというアーランド・ウィリアムズは、

迷わず、自分が残るから先に行けと、2本の命綱を3人に譲る。

 

結局、1本の命綱を秘書のパトリシアが。

もう1本の命綱を会社員のジョーが持ち、

ジョーに主婦のプリシアが抱きついて一気に3人を救出するという作戦に打って出た。


 

ところが、腕に余り力が入らなかった秘書のパトリシアが命綱を離してしまった。

 

またジョーに抱きついていた主婦のプリシアも手に力が入らず、ジョーから手を放してしまい、

水中に投げ出されてしまった。

ヘリはとりあえず、命綱にまだ捕まっていたジョーを救出。

ジョーが6人の内、3番目の救出者となった。

残されたのは3人。

しかし、2人の女性はつかまる所も無く、冷たい水の上に漂っている。


秘書のパトリシアは救命具があるので、まだもつが、

主婦のプリシアは、何も無く、すぐにでも助けないと溺れてしまう。

しかし、ヘリが浮き輪を垂らしても、プリシアはそれをつかむ力も残されていなかったのである。

水の中に沈んでいくプリシア。


そんな時だった。

会社帰りで、たまたま14丁目橋を通りかかったという28歳のレニー・パトニックは、

プリシアの絶望的な顔を、ただ岸から見ているだけの自分に耐えられなかった。

彼は自分の命もかえりみず、氷点下の氷がはったポトマック川に飛び込んだのである。

 

 

 

 

 

間一髪だった。

多分、あと1分でも遅れたら、主婦のプリシアは死んでいたであろう。

ヘリはすぐに秘書のパトリシアの救出に向かった。

ただ、もう命綱をつかむ力も無いパトリシアを救うのはかなり困難だった。

へりは仕方なく、ほぼ気絶状態のパトリシアを救うために、水面ギリギリまで降下。

ギャンブルだったが、パトリシアの救命具を持ち上げ救出したのである。


こうして、6人の内、5人が救出された。

残り1人。

子供の頃からなぜか水が怖かったというアーランド・ウィリアムズだ。



しかし、ヘリがアーランドの所へ戻ると、

彼の姿は、もうどこにも無かった。


 

 

 

 



何度も何度も、

 

 

他人に救命具や命綱を譲ったアーランド。





6人の内、唯一、彼だけが助からなかった。




この事件では、2人の英雄が生まれたが、その後、

助からなかったアーランド・ウィリアムズの勇気を称え、

この14丁目橋の名前を、

アーランド・D・ウィリアムズ・ジュニア記念橋と改称された。


いつまでも彼の勇気と優しさを忘れない為に、


英雄の橋として。

END