●他の人がポイって捨てた運を拾う

 

 


今日は何を書こうかとニュースを見ると、

 

 

どのチャンネルでも大リーグの大谷翔平の活躍で花盛りだ。

 

 

なんといっても、大リーグの開幕から僅か10試合で、

 

 

先発2連勝、そして3試合連続ホームランの大活躍。

 

 

アメリカンリーグでの週間MVP選手に選ばれた。

 

 

 

 

 

 


大谷翔平選手は1994年7月5日に、岩手県奥州市で生まれた。

 

 

奥州市には、昔の武将、源義経(みなとものよしつね)の

 

 

最後の地となった供養塔がある。

 

 

源義経では馴染みが無いかもしれないが、幼少期は牛若丸(うしわかまる)と呼ばれた。

 

 

壇ノ浦の合戦で平氏を滅ぼした最大の功労者である。

 

 


お父さんは、そんな奥州平泉にゆかりがある源義経の戦うと飛ぶのイメージから、

 

 

」の字、そして平泉から「」を取って、「翔平」と名付けたという。

 

 

中学生の大谷翔平は、当時憧れていた菊池雄星と同じ花巻東高校に進んだ。

 

 

実は花巻東高校には、こんな伝説がある。

 

 

背番号17番は、将来エースになる運がある。と。

 

 

当時、菊池雄星も17番だったし、広島で活躍した高橋樹也も花巻東で17番だった。

 

 

だからか、将来のエースを目指して、大谷翔平選手も、

 

 

今エンゼルスで背番号17番をつけている。

 

 


大谷翔平選手が当初ポスティングシステムで大リーグ挑戦を表明した時、

 

 

複数のアメリカのメディアや大リーグの公式サイトでは、

 

 

ヤンキースが大本命で、金持ちヤンキースが大谷翔平を獲得するだろうと予想した。

 

 

この時点では、エンゼルスは論外で、賭け事で言えば大穴だった。

 

 

契約金でも大谷翔平に使える金額は、最も多いレンジャーズで約3億9千万円。

 

 

次がヤンキースの約3億7千万円。それに対してエンゼルスは約1億5千万円だった。

 

 

多分、これを聞いた日本人は、「えっ、そんなに安いの?」と思われただろう。

 

 

と言うのも、レッドソックスに行った松坂大輔(26)は60億円だったし、

 

 

ダルビッシュ有(25)も40億円だったからだ。

 

 

実はそこには年齢が関係しているのである

 

 

アメリカの大リーグには新しいルールが出来ていて、

 

 

25歳未満の外国人選手には、使えるお金の枠が決まられていて大幅に制限されるのである。

 

 

よって、金持ちヤンキースでも大谷翔平に使えるお金が4億円にも満たないのである。

 

 

そんな中で、なぜ大谷翔平さんは、1億5千万のエンゼルスを選んだのだろうか。

 

 

年俸も6000万円と少ない方である。

 

 

その裏には、エンゼルスの獲得への熱心な意欲があったとされる。

 

 

他の球団が、お金に物を言わせたり、好待遇を言って来ていた中、

 

 

エンゼルスはどこの球団よりも、大谷の夢である二刀流を尊重した。

 

 

例えば、ヤンキースなどは打者での具体的な起用方法は伝えなかったが、

 

 

エンゼルスは監督自ら大谷をDH起用させてもらいます。と断言したという。

 

 

実は去年までエンゼルスにはプホルスという主砲がDHで固定していて、

 

 

その為エンゼルスでのDHは無理だろうと言う前評判だったのだ。

 

 

しかし、監督はプホルスは一塁に回して、大谷さんをDHで使うと断言してくれたのである。

 

 

また投手としても、先発ローテンションを例え6人になっても起用すると約束した。

 

 

それだけでは無い、契約金も自分の球団にいる選手を放出して、

 

 

大谷の為になんとかもう1億円を作り、2億6千万までにしたのである。

 

 

そんな球団の二刀流への理解が大谷選手の気持ちを動かしたのだった。

 

 

 

 


大谷翔平選手の恩師は、高校の佐々木洋監督である。

 

 

佐々木監督は大谷の将来を見越して、入部後は「まだ骨が成長段階にある。」とみて、

 

 

ゆっくり成長の階段を昇らせるという方針をたて、1年の夏までは野手として起用したのだ。

 

 

大谷翔平選手は恩師・佐々木洋監督から2つの大切な言葉を貰ったという。

 

 

その2つとは、

 

 

●「先入観は可能を不可能にする

 

●「“楽しい”より“正しい”で行動しなさい」

 

 

だという。

 

 

大谷選手いわく、

 

 

「高校時代、当初は150キロを目指すつもりでいました。

 

 でも、監督からは160キロを目標にしようと言われたんです。

 

 正直、無理なんじゃないかと思いました。

 

 でも、最初から出来ないと決めつけるのはやめようと。

 

 先入観を捨ててやっていくうちに、手応えを感じるようになりました。」

 

 

 

また、「“楽しい”より“正しい”で行動しなさい。」という言葉は、

 

 

普段の生活での行動にも心がけているという。

 

 

例えば、ゴミが落ちていたら、拾うという事から心がけているという。

 

 

「その方がスッキリした気持ちでゲームに臨めますし、

 

 自分に運気が回ってくるんじゃないかと思う。

 

 他の人がポイって捨てた運を拾っているというか、

 

 知らんぷりして前を通り過ぎても、

 

 

 そのゴミが、


お前はそれでいいのか?」って呼ばれている気がして、

 

 戻って拾うんです。

 

 

masanori1955さんのインスタグラムより


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