●今、辛い思いを沢山体験をしている理由

 

 

 

これは、1人の女教師の戦いである。

 

 

 


1910年8月26日。

 

 

ユーゴスラビア(現在のマケドニア共和国)のスコピエに1人の女の子が生れた。

 

 

名前をアグネスといい、父親は実業家で、裕福でした。

 

 

アグネスの両親は、信仰心にあつく、貧しい人々への施しを積極的に行っていて、

 

 

アグネスは、そんな両親を見ながら育ちました。

 

 

 


アグネスは学校で様々な本を読んでいる内に、一人の女性に対して運命を感じます。

 

 

それはナイチンゲールでした。

 

ナイチンゲールとは、クリミア戦争で活躍した従軍看護婦でした。

 

 

しかし、従軍看護婦など沢山いたのに、なぜナイチンゲールだけが有名になったのでしょうか。

 

 

それはナイチンゲールが近代看護制度を確立させたからでした。

 

 

当時、看護婦で派遣された人達は、看護しながらお酒を飲んだり、

 

 

患者の食事や栄養に特に気を使う事も無く、衛生面でもかなりいい加減でした。

 

 

患者に一度使った包帯も、次の人に使いまわし、シーツも布団もそのまま。

 

 

実はどんなに優秀な医師が派遣されても、

 

 

多くの兵士達は不衛生な環境での感染症で亡くなっていたのである。

 

 

それが、ナイチンゲールの徹底した衛生環境の改善により、死亡率がかなり減り、

 

 

この功績によって、クリミアの天使と呼ばれたのである。

 

 

アグネスは、そんなナイチンゲールの事を尊敬し、

 

 

いつか自分もナイチンゲールの様な人物になりたいと思う様になった。

 

 

実は、アグネスは、自分とナイチンゲールには不思議な運命がある様に感じていた。

 

 

ナイチンゲールが亡くなったのは、1910年8月13日

 

そして、アグネスが生れたのは、 1910年8月26日だったのだ。

 

 

「私がナイチンゲールお姉さんの跡をついで、人々を助けるの。」

 

 

 

 

 

ところが、アグネスが9歳の時、悲劇が起こります。

 

 

アルバニアの独立運動に力をかしていた父親が毒殺されてしまったのです。

 

 

対立する人間の憎しみが、愛する父親を奪ってしまった。

 

 

その事実は、幼いアグネスを酷く傷つけました。

 

 

父親を失った家庭は、一気に貧困家庭に陥り、

 

 

母親一人が、アグネスを含め3人の子供を大変な苦労をしながら育てる事になりました。

 

 

愛する父を殺されてしまったアグネスは、来る日も来る日も泣いて、

 

 

足は自然と教会に・・・

 

 

 

そして、ある一説では、アグネスは神様にこんな事を言ったという。

 

 

「どうして、この世には争いはあるの。

 

 どうして、神様は私の愛する父親まで奪ってしまう事までするの?」

 

 

すると、天の声が聞こえた気がしたと言う。

 

 

「貴方が今、辛い思いの数々を体験しなければ、

 

 のちに、人々を助けられないからですよ。」

 

 

つまり、神様は、

 

 

今、辛い思いを沢山体験をしている理由は、後に、それら体験を元に、

 

 

多くの人を助ける糧となるからだと言うのです。

 

 

今の辛い体験の経験こそが、のちの人生へのパスポートだと。

 

 

 

 


そんなある日、アグネスは教会で1冊の本と出会います。

 

 

それはアッシジの聖フランシスコの生涯を描いた本でした。

 

 

聖フランシスコとは、イタリアが戦争中、神の命を受け、

 

 

路頭に迷っている民衆を救う為にだけに生涯を捧げた人で、

 

 

「憎しみのある所に、愛をもたらすことができますように。」と説いた人でした。

 

 

 

 


当時、父親を民族の争いと憎しみ合いで失っていたアグネスにとって、

 

 

彼の生き方は、これからの生きる道を示してくれた様に思われました。

 

 

「私も聖フランシスコ様の様に生きたい。」

 

 

そんな毎日熱心に教会に通ってくるアグネスに神父はある事を提案します。

 

 

「最近、ここの宣教師達が、インドで活躍しているんだけど、君も行ってみるかい?」

 

 

当時、インドはイギリスの植民地で、多くの民衆が搾取され貧困生活をおくっていました。

 

 

それを聞いて、アグネスは、

 

 

「インドに行けば、私も聖フランシスコ様に、人々を助けられるかもしれない。」

 

 

アグネスは、修道女となってインドに行く決意をします。

 

 

しかし、そこには1つ、大きな問題がありました。

 

 

それは今まで母子家庭で、苦労して育ててくれた母親には、その事を言って無かったのです。

 

 

修道女になってインドに渡る事は、母親と妹との永遠の別れを意味していたのです。

 

 

母ロドナは、突然の娘の決心に言葉を失います。

 

 

まだ17歳の娘と、もう二度と会えないかもしれない母の気持ちは

 

いかばかりのものだったでしょうか。

 

 

それは子供も居ない私には、到底想像も出来ない事ですが、

 

 

別れの朝、母ロドナは、アグネスにこう言ったという。

 

 

「あなたの手を神様の手に重ねて、いつも神様と共に歩むんですよ。」

 

 

 

 

初めて降り立ったインドの地。

 

 

そこはアグネスにとって、始めてみる貧困の世界でした。

 

 

歴史が得意だったアグネスは、修道院の学校で地理と歴史の先生を始めます。

 

 

そこで17年間教え、34歳の時に校長先生に昇任します。

 

 

しかし、アグネスは教師をしながら、日々ある疑問を持ち続けていました。

 

 

当時、アグネスが教えていた生徒達は、

 

 

学校に通える、いわば比較的裕福な家の子供達だったのです。

 

 

でも修道院を一歩外に出ると、そこには別世界でした。

 

 

ヒンズー教とイスラム教の対立で、毎日数百人もの犠牲者が出ていたのです。

 

 

また、当時カルカッタ地方に大変な干ばつがあり、50万人以上の人々が亡くなっていました。

 

 

通りに転がっている死体の山。僅かなお金を盗む為に殺される人々。

 

 

そんな内と外との違う世界を目の当たりにして、彼女は悩んでいたのです。

 

 

 

「私は貧しい人達を助けに来たのに、何も出来ない。」

 

 

実は、当時教会は修道女が院外で活動する事を固く禁じていたのです。

 

 

彼女は、何回も何回も手紙を書き、許しを乞いますが、教会からの許しは出ませんでした。

 

 

これでは何の為に、私は両親と別れインドに来たのだろうか。

 

 

彼女は体調を壊してしまいます。

 

 

そして、休養を兼ねてダージリンにある修道会の黙想の行に入るために、

 

 

夜汽車に乗りました。

 

 

むし暑い車内。

 

 

すると、どこからか、神様の声が聞こえたといいます。

 

 


「修道会を出て貧しい人々につかえる決意をしなさい。

 

 そして全てを捨てて、最も貧しい人の間で働きなさい。」

 

 

彼女は修道女の服を脱ぎ、

 

 

一般の人達が着ている白い木綿のサリーに着替えました。

 

 

これからは、貧しい人々と生きよう。

 

 

他の修道女達に動揺を与えてはいけない。

 

 

彼女は、たった一人、ひっそりと修道院の裏口から出ていきました。

 

 

 

 


そして、彼女が最初に向かったのは貧困にあえでいたスラム街でした。

 

 

そこには、学校に行きたくても行けない貧しい家の子供達があちこちにいました。

 

 

自分に出来る事から始めよう。

 

 

そう思うと、子供達に「勉強を教わりたい子はいる?」と優しく声をかけて廻りました。

 

 

すると、翌朝、5人の子供が彼女を待っていました。

 

 

しかし、そうは言っても、子供達は貧乏人の子。

 

 

ノートも無ければ、筆記用具もありません。

 

 

彼女も修道院からは何も持ち出す事は出来ませんでした。

 

 

でも、彼女は、今は自分に出来る事から。

 

 

自分に出来る事から。と思い、

 

 

子供達を木陰に集めて、地面をノートに、木の枝をペンにして、

 

 

地面に文字を書いて、授業を始めました。

 

 

すると、その様子を見ていた子供達が、きっと本当は自分も学びたかったのでしょう。

 

 

翌日には、10人に増えていました。

 

 

木の下の青空学校で、何も無い所でしたが、貧しい子の親が、

 

 

ひっそりと彼女に近づき、「壊れた椅子ですが、使えますか?」と提供してくれたり、

 

 

余り物の野菜を分けてくれたりと彼女を援助し始めました。

 

 

また、ある時、一人の若い女性が彼女の前に現われ、自分も手伝いたいと申し出てくれました。

 

 

その子はかつて、修道院で教えていた教え子でした。

 

 

アグネスが、たった一人で貧困の子供達に教えているという噂を聞いて、

 

 

助けに来てくれたのでした。

 

 

ある日、貧しくて学べない子供はいないかと、いつもの様にスラム街を歩いていると、

 

 

1人の女性が、行き倒れになっていました。

 

 

しかし、よく見ると、その女性はまだ生きています。

 

 

アグネスは、その女性を抱きかかえると、急いで医者の所に連れて行きました。

 

 

すると、その患者をみた医者は、

 

 

「ああ、この女は、もうダメだ。

 

 生きても、どうせあと数時間だよ。  ほっとけ!」

 

 

そう言って見放しました。

 

 

それでもアグネスは、医者に食い下がります。

 

 

「あと数時間だからこそ、この人に愛を感じて死んで行って欲しんです。」

 

 

そう言うと、アグネスは、彼女が息を引き取るまで、

 

 

ずっと病院の通路で、やさしく抱きしめて看取りました。

 

 

後にこの医者は、アグネスのファンになり、大きな協力者となるのでした。

 

 


アグネスは、街に沢山の死にかけた人がいるのに、

 

 

通りに放ったらかし状態で、死ぬまで放置されているの可哀想だと、

 

 

市役所を訪ねて、何度も何度も、せめて路上で死にかけている人達を

 

 

看取れる場所を提供して欲しいと嘆願しました。

 

 

根負けした役人は、仕方なくコルカタのヒンドゥー教の聖地、

 

 

カリー寺院の休憩所なら、あまり使われいないので、使ってもいいと許可しました。

 

 

さっそくアグネスは、街で行き倒れている人々を引き取り、

 

 

助かる見込みが無い人にも薬をあげ、

 

 

もう長く無いと言う人にも食べ物を与え、出来る限りの事をしました。

 

 

彼女はこう言います。

 

 

「誰からも見捨てられた人々が、

 

 せめて最後は大切にされ、 愛されていると感じながら亡くなって欲しいんです。

 

 それまで味わえなかった愛を、最上の形で与えたてあげたい。」

 

 

 


しかし、これが大問題となります。

 

 

 

それを知ったヒンドゥー教徒が、アグネスの元に押しかけたのです。

 

 

カトリックの修道女が、ヒンドゥー教の聖地を乗っ取って、

 

 

死体を持ち込んで、侮辱している。

 

 

中には、とんでも無い尼だ、殺してしまえ!!という過激な人たちも。

 

 


アグネス、絶対絶命の危機です。

 

 

誰れもが、アグネスがヒンドゥー教徒達に殴り殺されると思われました。

 

 

 


ところが、

 

 

 


その時、奇跡が・・・

 

 

 

 


丁度そこに、重い結核を患った1人の患者が運ばれ来ました。

 

 

しかもその人を見ると、ヒンドゥー教の僧侶だったのです。

 

 

重い結核患者と知り、移ったらヤバいと思い周りの人達は動揺してその場から離れます。

 

 

しかし、アグネスは、その僧侶を優しく介抱し、

 

 

しかもヒンドゥー教の流儀で看取ったのでした。

 

 

それをずっと見ていたヒンドゥー教徒達。

 

 

もうそこには、誰もアグネスを責める人達は居なかったのです。

 

 

 

 

 

アグネスは、更にシシュ・ババンという子どもの家を作りました。

 

 

捨て子や孤児など親に見離された子供たちを保護し育て始めたのです。

 

 

そんな子供達を、アグネスは自分の子供の様に育てたので、

 

 

子供達も自分が捨て子や孤児とは感じなく育っていきました。

 

 

ところが、大きくなったある卒園生が泣きながら、彼女の元に訪ねて来た事があります。

 

 

それは就職を探しにいっても、親の名前を書く欄に何も書けずに、

 

 

みな落とされるというのです。

 

 

そんな泣いている子を見て、アグネスはそっと、

 

 

その子の書類のの欄に自分の名前を書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マザー・テレサ」。

 


生前、彼女はこう言っています。

 

 

「私は、決して助けた人の人数を数えたりしません。

 

 

 

 ただ一人

 

 もうひとり、

 

 

 そして、また一人

 


END

 

 

 

 

参考:WEB MAGAZINE WARATTE http://waratte.nosmilenolife.jp/edn/edn081220.html
ハイウェイエンジニアのインド観察 http://kdachiku.blogspot.jp/2011/09/blog-post.html#!/2011/09/blog-post.html