●黄色いハンカチ
占いの仕事をしていると、
当然ながら、相談は来るのだが、
中には、ただ話を聞いて欲しいという方もいらっしゃる。
実は、先日こんな事があったんですよ。と話したくても、
変に口にすると、頭がおかしいと思われたり、変な人と思われるのが嫌で、
ずっと誰かに話たいと思っていたのに、我慢していたのかもしれない。
ある相談者の方が、こんな話をして下さりました。
彼女の名前を仮に、一美さんとしておきましょう。
女性はすぐ泣くと思われがちですが、一美さんは違ったという。
テレビで悲しい場面を見ても、泣かないし、
学校で男子にイジめられた時も、泣いた事は無かったという。
みんなから、一美は強いね、強いね。言われ、
そんな一美さんを、男子たちからは鉄仮面とあだ名をつけられた事もあったという。
実際、今まで人前で泣いたのは、数える程しか無いという。
彼女は、そんな自分をこう分析する。
一美さんは幼稚園の時に、父親を交通事故で失った。
弟はまだ母の体内に居て、父親の顔も見れずにお別れしたという。
その時以来、ずっと母子家庭で育ってきた。
泣きたい時も、甘えたい時も、母親は居ない時が多かった。
悲しい時も、幼い弟の世話をしていて、そんな泣いている暇は無かったという。
それに、母子家庭だからとバカにされたくなくて強がっていた所もあった。
気づいた時は、泣かない子になっていた。
でも、違うという。
ホントは皆と同じ様に、泣きたい時もあるし、悲しい時もある。
ただ、癖なのか人前だと、涙を抑える力が出てしまうのかしれないと彼女は言った。
私は強くないし、鉄仮面なんじゃないです。
泣かないから、強いという訳では無いんです。
だから、一人になると、昼間の辛い事を思い出して独り泣いている事があるという。
そんな彼女が覚えている限り、今までに人前で泣いた事が3回あるという。
その1回目は、8年付き合った彼氏から、結婚しようと言われた時だったという。
母親から、もう彼とは別れてお見合いしないさいと言われていた時だけに、
嬉しくて、彼の前なのに自然と涙が出たという。
2回目は、母親が亡くなった時だった。
女手ひとつで、私と弟を大学まで行かせてくれた母。
これから親孝行出来ると思っていた矢先の病気だった。
せめてもの親孝行は、生きている間に花嫁衣装を見せられた事だったという。
3回目は、息子が産まれた時だった。
先生からは無事生まれて来る可能性は、半半と言われていただけに、
何とか無事産まれて来たと聞かされた時は、涙が出たという。
そして、偶然にも、私が人前で泣いた3回全ての場面に、
私の側に主人が居た。
そんな時、主人は何も言わず、ただ黄色いハンカチを私に手渡してくれたという。
後に主人に、なぜいつも黄色いハンカチを持っているのと聞くと、
「幸せの黄色いハンカチだからだよ。」と答えてくれたという。
元々は、イギリスから南北戦争に行った家族の無事を祈る為に、
家族が無事戻るまで、黄色いリボンやマフラーを身につけて待っていた事に由来するんだよ。
と教えてくれたという。
そんなご主人が、2ヵ月前に突然亡くなった。
一瞬目の前が真っ暗になった。
まだ4歳の息子は、パパが亡くなった事も理解出来ないでいる様だった。
その様子が余計に周りの悲しみを誘ったという。
主人の同僚や友人達が駆け付けてくれ、葬式の手続きやら手配やらを手伝ってくれた。
私はそんな中、ただ茫然として、涙も出なかった。
駆け付けてくれた主人の同僚達は、もしかしたら涙も流さない私の事を、
冷たい女だと思ったかもしれなかった。
しかし、みんなが帰って、息子を寝かしつけ、
主人の遺体と私だけになった時、
大量の涙が、止めどもなく出て来た。
昼間我慢していた分、嗚咽がでる程泣いた。
その時だったという。
後ろの襖が開いて、寝ていたはずの息子が入って来たという。
そして、こう言ったのだ。
「パパがね。
ママが泣いているから、
ハンカチを持っていってあげてって。」
信じられますか、先生?
見ると、息子は黄色いハンカチを手に持って、私に渡そうとしていたのですよ。
翌日、主人の棺の中に入れようと思って、
用意していた主人の黄色いハンカチを、息子が持って来たんですよ。
私は彼女から、その話を聞いて、
一言だけ、素直に感じた事を言ったのを覚えている。
「その黄色いハンカチには、
涙を拭くように渡した以外に、
もう1つ意味が込められている様に感じるんですよね。
それは、
息子を私だと思って、二人仲良く。
そして、息子よ。
ママの事を頼んだぞ。」
https://www.youtube.com/watch?v=qKS1T0OdtKg
END