●奇跡だった大学合格
私はマレーシアの国際学校を卒業すると、
アメリカのワシントン大学に入学した。
この大学は周辺の大学よりも入るのが難関な大学だという。
日本人の集まりなどで、私がワシントン大学に行っていると言うと、
「よく入れたね。」などと言われたものである。
何人かの日本人は、ワシントン大学を受験したが、受からなかったらしい。
こんな事を言うと、
いかにも私が勉強が出来たと自慢している様に聞こえるかもしれないが、
そうではない。
むしろ、勉強はよく出来ない方だった。
なにしろ、マレーシアの高校では数学以外は英語だったので、
やっとこさ卒業するだけで精一杯だったのだ。
国語(英語)の授業などほぼ落第だった。
しかし、国語の男性の先生が、男気のある人で、
当時ちょうど、私達の高校とライバル校が、バスケットの対抗試合で戦った。
その時、私は学校代表の一人としてガードで戦っていた。
負けている状況だったが、終盤の私のキラーパスが何本か綺麗にチームメイトに渡り、
見事逆転したのだった。
学校の体育館で行われたそのゲームをたまたま、あの国語の教師が見ていたのだ。
そして後日、彼は私にこう言ってくれた。
「君は学校を救ってくれた。 そんな君を落第には出来ない。」
こうして私は首の皮一枚で、なんとか卒業出来たにすぎなかった。
ワシントン大学を受けるにあたって、TOEFLの試験も受けた。
難しかった。多分半分も出来ていないだろう。
噂で、ワシントン大学なら、TOEFL何点以上という話を聞いて絶望した。
大学受験にあたり、高校の成績とTOEFLの結果もワシントン大学に郵送された。
どちらも最悪だ。
私は生れた場所であるシアトルにあるワシントン大学以外は受験しなかった。
後から考えたら、シアトル大学でも滑り止めに受けときゃ良かったかと悔やんだ。
日本に帰って日本の大学をどこか受験する方向で考え始めた。
しかし、マレーシアの高校の学力で日本の大学に入れるほど日本の大学は甘くない。
オレは何年浪人すんだろうか。
そんな気持ちが頭をよぎった。
そんな時、ワシントン大学から合格通知が届いたのだ。
両親が喜ぶ中、当の本人である私だけが半信半疑だった。
なぜ・・
なぜ、成績最悪と言ってもいい私が合格したのだろうか。
この疑問は、大学に通い始めても、解ける事は無かった。
だが、のちのちになって、
友人と雑談していた話から、おぼろげだが、
私が合格した本当の理由かもしれない事が、何となく判明した。
それは私がマレーシアの高校を卒業した時にさかのぼる。
最後の挨拶にと、職員室を訪れた時だった。
校長先生と、2・3人の先生しかいなかったのだが、
その中に、あの国語の先生がいた。
すると、国語の先生が、つかつかと近寄って来て私に、
「お前は、どこ受験するんだ?」と聞いてきた。
私はバカにされるんだろうなぁ。と思いながら、
ワシントン大学を受験します。と答えた。
しかし先生は、バカにするどころか、
「君なら行けるだろう。頑張れよ。」と言ってくれただけではなく、
小さな声で、
私にこうアドバイスしてくれたのだ。
「君は、何かボランティア活動した事があるのか?
もしあれば、
それを詳しく、残さず全部手紙に書いて添えるんだ。
いいね。
絶対やるんだよ。いいね。
じゃあ、頑張って。 Good Luck!」
(ちなみに、日本の方は「Good luck!」と言われると、
「幸運を」って言ってくれたんだと思う人が多いでしょうが、
実際は、ただ「頑張ってね!」とか「上手くいく事を願ってるよ!」
「上手くいくといいね。」の様な軽い励ましの言葉だったりします。)
そうは言われても、私はそんな手紙を書くつもりはありませんでした。
なにしろボランティア活動なんてした事ないし、
あったとしてもそれを英語で書くなんて面倒な事は出来ない。
そして、なによりもそんな手紙1つで合格する訳が無い。
しかし、時間が経つにつれ、
あの国語の先生が言った事が心に響いてきた。
それと同時に、そう言えば日本に居る時にボーススカウトに入っていた事。
また、そのボーイスカウトは教会が運営していたので、
教会の活動にも時々参加していた事を思い出した。
不思議なもので、一旦思い出すと、書きたくなるものである。
とりあえず、日本語で書いておこう。
ボーイスカウトで老人ホームに慰問に行った事。
ボーイスカウトで地域の清掃活動をした事。
教会の人達と、焚き出しを手伝った事。
ついでにボランティアではないが、溺れていた犬を助けた事まで書いていた。
すると、普段は何もしてくれない父が、
何を思ったのか、翻訳してくれるという。
こうして、願書と一緒にその手紙は同封されて送られたのである。
そして、あとから振り返って考えた時、
この他愛も無いたった1通の手紙が、
勉強も出来なかった私を合格させたのではないかと感じたのである。
実は、アメリカに来ると分かるのですが、
アメリカにはキリスト教の方が多く、
「隣人を助けよ。」という精神が根付いている。
だから、中学生であってもボランティアをさせるし、あちこちでボランティア活動を耳にした。
犯罪者であっても、軽い罪ならボランティアをすれば許されるなんて事もある。
そして、ボランティアとは関係が無いと思われる大学受験だが、
多くの大学受験の願書には、ボランティアの活動歴を書く欄があるというのです。
日本ではとても考えられない事ですが、
それほどアメリカではボランティア活動が重視されていたのです。
もしかしたら、
ワシントン大学の願書受付スタッフもこう思ったのかもしれません。
「こいつはバカだけど、 落とせない。」
とても厳しかったけど、心の優しい人だった、
国語の先生、ありがとう。
END