●頑固おやじの松竹梅




松竹梅。これを「しょうちくばい」と読むが、




松竹梅。には個人的に、ちょっとした思い出がある。

 



まだ父が元気で生きていた頃、

 

 


家族3人で、東金にある鰻専門の店に、うなぎを食べに行った。

 



家族全員でうなぎを食べるなど、年に一回あるか無いかの贅沢である。

 



先月、東金のこの通りを走っていると、ここに鰻さんがあるのを父が発見し、

 



いつか行こうと決めていたのだ。

 



平屋の小さな店で小さ目な看板なので、いつも通っても見逃していた。

 






店に入り、メニューを開くと、

 



選択肢はとてもシンプルだ。松竹梅しかない。

 



なにしろ、この店には、うなぎしか無いのだから、

 



うなぎだけを注文するか、

 



それに鰻のキモが入ったお吸い物を付けるかどうかぐらいしか、

 



考える余地など無い。

 

 






日本には、昔から松竹梅という、等級がある。

 



松は一番良いもの、竹は次に良いもの。

 



そして、梅は一番下のもの。

 



そういう認識だ。

 

 



元々は、どの木も長寿など縁起が良い植物を集めたもので、

 



松が良いとか、梅が悪いという様な事は無かった。

 



松は一年中、緑の葉っぱをつけ、一つの木に雄と雌が有る事から、

 



神が宿る樹木として、正月飾りとして家の前に門松として飾り、

 



年神様を家に迎え入れる為の依り代とした。

 

 




また、竹はどんなに困難な地でも根をはやす事から、

 



子孫繁栄の象徴として重んじられたのである。

 

 

 




そして、梅は春になると、どの花よりも先に花を咲かせる強いさと、

 



古木になっても花を咲かせる長寿の象徴とされているのである。

 

 




つまり、松も竹も、梅も全部縁起の良いものだったのだ。

 

 

 



それがいつから、松が一番で、梅が最下位になってしまったのだろうか?

 

 

 

 



私はそれまで、松竹梅と並んでいるので、単純に、

 



松が一番、竹が2番、梅が3番になったんだろうと思っていた。

 



それに「しょうちくばい」と語呂が良く言いやすい。

 

 

 

 

 

 


ところが家に帰って調べて見ると、意外な事が分かった。

 

 

 

 




時はさかのぼって、平安時代の時、

 



まず最初にが長寿で縁起が良いと重宝され、門松として使われ始めたという。

 



そして、室町時代になると、も縁起が良いとそれに加わり重宝され、

 



最後にも縁起が良いと、江戸時代になり重宝される様になったという。

 

 


つまり、松竹梅は、語呂が良いからそう並んでいるのではなく、

 



重宝された時代順に並んでいたのだ。

 



だから、もし梅が最初に重宝されたなら、梅松竹になっていたかもしれない。

 

 




では、どうしてこの3つの縁起物に優劣がついたのだろうか?

 

 



それは一説によると、

 



江戸時代、東京(当時は江戸)あるお寿司屋さんでの事。

 

 

 



当時、お寿司のメニューには一番豪華な特上のにぎり

 



それに次ぐ豪華な上のにぎりがあり

 



そして並みのにぎりがあったという

 



そこへ商人が入って来て、「特上1つ!!」と威勢よく注文が飛ぶ。

 



「へい、特上1つ、ありがとうございます。」

 

 

 




「うちは、上を1つお願いします。」

 



「へい、上1つ、ありがとうございます。」

 

 

 




そんな時、店にちょっと服装がみすぼらしい母子がやって来た。

 



彼女達は、昔からのこの店の常連だった。

 



3軒先の長屋に住んでいる親子だが、

 



1年前に父親が事故で亡くなって、今はシングルマザーだった。

 



父親が生きていた頃は、寿司が大好きだった父親は家族を連れ、

 



毎日様にこの店を利用してくれていたのだ。

 

 




しかし、今はそんなお金も無く、

 



毎月の父親の月命日にだけ、彼が好きだった寿司を注文して、

 



亡き父が使っていた箸の前に、寿司を置き、しばらくしてから、

 



それを母子で食べて帰るのが、毎月の精一杯の贅沢だった。

 

 




母親は、小さな声で、それはそれは小さな声で、

 



並みを1つ」と注文した。

 



店の親父は、ただ「へい。ありがとうございます。」とだけ言った。

 




声という物は不思議なもので、

 



小さい声ほど、周りは気に留めるものである。

 

 



食べながら、並みを注文したのは、どんな人だろうかと、

 



横目で母子を確かめるお客。

 



中には、きっとこう思った人もいるだろう。

 



母子二人で来て、お寿司1つかい。しかも並み。

 



そんな視線を感じてか、母子は寿司が来るまでずっと下を向いている。

 

 

 






そんなある日の事だった。

 



店のメニューから、特上が消えた

 

 






来た客が「親父さん、特上無くなったのかい?」

 

 



すると親父さんは、「うちは今日から、松竹梅や」

 



松は一番良いもんで、以前の特上ですよ。

 



「そか、じゃあ、その松を1つ。」

 



「へい。松一丁、ありがとうございます。」

 

 

 




そして、あの母子も注文した。

 



「梅を下さい。」

 



「へい、美味しい梅を一丁、ありがとうございます。」

 

 

 

 




そんな一人の江戸っ子の親父が考えた粋(いき)な計らいが、

 



やがて、他の店にも広まっていったという。

 

 

 

 

 









私達は、そんな松竹梅のメニューを目の前にし、

 



母親は、梅を注文した。

 

 



私はというと、松を注文したいという気持ちもあったが、

 



母親が梅だったのもあり、せめてもの竹を注文した。それにお吸い物付。

 

 




父は散々考えたあげく、松だった。

 



松は竹の約倍の値段だった。

 



やっぱり、せっかく来たからには一番美味しい物を食べなければな。と言った。

 

 

 






やがて、母の梅がやってきた。

 



やっぱり一番安い物が、一番最初に出来上がるのだろう。

 



「冷めないうちに、先に食べなさい」と父は言った。

 

 






次に来たのは、私の竹だった。

 



やっぱり、梅よりは豪華に見えたが、それほどの違いは無い。

 



私も冷めないうちに食べ始めた。

 

 




父の松は、さすがに竹の倍の値段だけあり、時間がかかっている様だった。

 



母も私も、どんなに凄い物が出て来るのか、食べながら気になっていた。

 

 






今私が食べている竹でも美味しいのに、

 



この倍の値段もする松は、どんなものなのか。

 



松茸でも入っているのか?

 




いや、多分、ウナギの中でも特に美味しい物を厳選して焼いているのだろう。

 

 

 

 




やがて、父が注文した「」がやって来た!!

 




それは、今でも忘れない。

 

 

 






父の前に、私が注文したとものと同じ「」が、

 






2つ置かれたのだ。泣く

 

 




確かに豪華は豪華だが、意味が違うんじゃね。五月女風19




結局父は食べ切れず、私が1つ頂いた。 懐かしい思い出である。


END