●奇跡の再会という「赤い糸

 

 

 


生霊と言うと、

 

 

怖いとか恐ろしいというイメージを持たれている方が多いと思います。

 

 

 

 

 

でも、今日は、

 

 

生霊でも怖いものじゃないものがあるという例をお話ししましょう。

 

 

 

 


ある常連の相談者の方が、ある日こんな話をして下さいました。

 

 

 

 

彼女は若い時に離婚して、

 

 

当時3歳の息子さんを持つシングルマザーでした。

 

 

子育ての事もあり、正社員としてちゃんとした会社に勤める事が出来ず、

 

 

派遣に登録して働いていました。

 

 

ある時、食品会社に短気で派遣社員として働いていた時の事です。

 

 

そこで働いている正社員の男性(田中さん)と仕事をしている内に、

 

 

なんとなく好意を抱くようになって、

 

 

時々社員食堂で一緒に食事をする中になったといいます。

 

 

分からない事があると、何でも田中さんに相談しました。

 

 

どんな下らない事を相談しても、

 

 

丁寧に教えてくれる彼に好感を持ったのかもしれません。と彼女。

 

 

 


でも、最後の「好きです。」という言葉はついぞ言えないまま、

 

 

派遣の期間は切れ、彼への気持ちを打ち明けられなまま会社を辞めました。

 

 

彼は普通に独身、私は子連れ。

 

 

そんな負い目もあって、告白できなかったのかもしれません。と彼女。

 

 

結局、あんなに一緒にいる機会もあったのに、電話番号もメールアドレスも、

 

 

何も聞けず仕舞いでした。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ここから運命の歯車が動き始めます。

 

 

 

 

 

 


ある日、息子さんが発熱と吐き気をもようしたので、

 

 

仕事に行く前に、息子さんを病院に連れて行ってから、

 

 

息子さんを実家に預けて、出勤しました。

 

 

会社には1時間遅れる旨を伝えて、

 

 

いつもは使わない、それもいつもよりもだいぶ遅い時間のバスに乗ったといいます。

 

 

 

ところが、そのバスに以前派遣先で一緒だった田中さんがいたのです。

 

 

それはまさに奇跡の再会でした。

 

 


もし、息子の具合が悪くならなかったら、

 

 

もし、今の派遣先で無かったら、きっと一生出会う事は無かったでしょう。

 

 

 


その後、二人は交際して、

 

 

その田中さんは、現在のご主人だと言います。

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、これはよく言われる「赤い糸」でしょうか?

 

 

と私に聞いてきたのです。

 

 

 

 

 

私の答えは、

 

 

「赤い糸」では無く、

 

 


多分それは、

 

 

■貴方と田中さんの二人の守護霊同士が、二人を結びつけたのか、

 

 

■貴方と田中さんのお互いの思いが生霊となって、

 

 

二人を出会わせたのだと思います。

 

 


と答えました。

 

 

 

 


後になって、田中さんは、派遣で一緒に働いていた時に、

 

 

彼女の事を好きだったと打ち明けてくれたそうです。

 

 

 

 


この様に、二人の気持ちがお互いに気になる存在の場合、

 

 

生霊同士が、二人を接近させるという事があるのです。

 

 


それはもしかしたら、「赤い糸」とも呼ぶのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

最後にこんな話を。

 

 

 

 

大阪に売れる芸人を目指して頑張っている青年がいました。

 

 

しかし、いくら頑張って、やっと一人が食べて行くのがやっとです。

 

 

こんな事では、一生結婚も出来ない。と思いました。

 

 

仕事が辛い時などは、

 

 

よくクラブに飲みに行ったそうです。

 

 

 

 


そんな時でした。

 

 

 

 

そのクラブで働く女性と親しくなりました。

 

 

親しくと言っても、客ですから、きっと上辺だけの親しさかもしれません。

 

 

金の無い、売れてない芸人だった彼は、交際を申し込む事も無かったといいます。

 

 

 

 

ところがある日、

 

 

東京から大阪に帰る新幹線にたまたま乗ると、

 

 

な、なんと彼女がそこに居たのです。

 

 

 

 

何という偶然。

 

 

 

彼はまるで奇跡的な出来事にでも動かされた様に、

 

 

勇気を出して、彼女にこう言いました。

 

 

「大阪着いたら、買い物付き合ってくれへん?」

 

 

 


こうして、交際が始まったといいます。

 

 

 

そして、25歳だった彼は、彼女と結婚したいと思いました。

 

 

 

彼は当時を振り返って、

 

 

彼は芸人でバイトで食いつないでいたのに対して、彼女は働いていて、

 

 

収入にかなりの格差があったし、将来売れるかどうかも分からないオレ。

 

 

当時は、まったくテレビにも出ていないし、お金もまったく無し。

 

 

彼女も不安はいっぱいあったと思います。

 

 

ほんまによう結婚してくれたと思います。と彼は言います。

 

 

 

 


結婚しても、お金の無かった彼は、

 

 

結婚式も出来なかったし、

 

 

プレゼントもあげられなかったといいます。

 

 

それでも彼女は、そんな彼を常に励まし支えてくれたそうです。

 

 

 

 

 

 

やがて彼は芸人として、少しずつ売れ始めると、

 

 

彼は少しずつ貯金して、

 

 

結婚13年目にして、彼女をハワイに連れていき、

 

 

若い時挙げる事が出来なかった結婚式を挙げたのです。

 

 

 

 

 

 


そして、宮川大輔として、

 

 

テレビ番組のお笑い大会で、賞金をとった時、

 

 

その全ての賞金を使って、妻が一番欲しかったネックレスを買って贈ったという。

 

 

「いままで、ほんまにありがとう。」

 

 

END

参考:http://芸能エンタメ.net/miyagawadaisuke-yome-marko-2811/