●別れを知っていた魂





普段は、私が相談者の方々に、

色々な話をしてあげる方なのですが、





中には、

「先生、こんな出来事がありました。聞いて下さい。」


と言って来る方もいらっしゃいます。








ある時、こんな話をしてきた方がいました。









彼女は大学生で、姉がひとりいます。

幼い頃に、父親を病気で亡くし、それ以後、

母親独りで、二人の娘を育ててくれたといいます。







ところが、今から約1年前、

その母が仕事で、急に胸の痛みを訴えて救急車で運ばれたのです。

だいぶ無理をしていた様で、

精密検査の結果、大動脈弁に動脈硬化があって、

手術が必要という事になりました。






 

入院当日、私と姉が病室にかけつけると、



 

母は笑いながら、

「ごめんね。心配かけて、

 来なくても良かったのにぃ。」と、

そこには普段と変わらない母がいました。






それを見た、姉も私もすごく安心したものです。



 

 

ところが、

翌日の検査を終え、翌々日の事でした。



 

 

家族3人で、主治医の話を聞き、

これからの手術の事などの説明を聞き終えた後、

病室に帰った時から、母の様子が少し変になったのです。






独り言の様に、

「さびしい・・」と言うのです。



私も姉も、病室にいるのに、


「さびしい・・」と言うのです。



 

私はこの時、何か、嫌な予感がしましたが、

暗くなっている母に、

「先生だって、手術すれば大丈夫だって言ってたてでしょ。

 退院したら、温泉でも行こうか。」


と声をかけました。



しかし、それでも寂しそうな顔をしているのです。








あと、普段は余り写真を撮らない母が、

今日に限って、

3人で写真を撮っておきたい言い始めたのです。




私はそれを聞いて、なんか遺影の準備みたいで嫌な感じがしたのですが、

滅多に言わない母が頼むので、

お姉ちゃんが、看護婦さんに頼んで3人の写真を撮ってもらいました。






私とお姉ちゃんは、

母が余りにも寂しそうにするので、

その日は、面会時間ギリギリの午後8時まで、

病室に居てあげました。








最後病室を出る時も、


「さびしい」という母に、



「また明日来るから。」と言って出てきました。







 


帰りのバスの中、

私も姉も、無言でした。







 


多分、姉も私と同じ様に、

「あんなに寂しいって言ったり、

 急に写真を撮りたがるのは、おかしい。」


そう思っていたと思います。




 

 

ただ、



 


それを声に出して言うのが、お互い怖かったのです。





 

翌日、

私は大学の授業が終えると、

コンビニに寄ってお弁当を2つ買い病院に向いました。

姉は仕事を終えるとその足で病院に行きました。

この日の朝、姉と話して、

夕食は3人で病室で食べようと計画していました。



お弁当は、母が好きな焼肉弁当にして、

こっそり少しだけ分けてあげる事にしたのです。





 

病室に着くと、

昨日と変わらず母は寂しい顔をしていました。





「美味しい?」と聞いても、

「美味しいよ」とは言ってくれるものの、笑顔はありません。






そして、またあの「さみしい・・」という言葉。



私は意を決して、母に聞いてみました。




「どうして、さみしいの?」



 

すると、母は、

「何か知らないけど、

 無性にさみしい気持ちが押し寄せてくるんだよ。」と言うだけなのです。





 

私が彼女からこの話を聞いた時、

多分、こんな事を彼女に言ったと思います。





「人間、表では何も感じていなくても、

 その人の魂が、別れを知っていて

 無性にさびしいという気持ちが押し寄せる事があるんですよ。」








 


病室での久々の3人での食事が終わり、

姉が、

「母さん、私明日、関西に出張だから、

 明後日来るからね。」と言ったんです。






すると、母がとても真剣な顔をして、

「頼むから、明日だけは病院に来ておくれ、


 後生だから、明日だけは病院に来ておくれ。」と言うのです。





 


それには姉も困っていました。


 

もし、私に言われたのなら、

大学の授業の1つや2つ平気ですっぽかせますが、

姉は仕事ですから、そう簡単にはいきません。






しかし、母はそんな困り顔の姉に、

「どうにかその出張辞められないのかい?

 明日だけは、ここに居て欲しいんだよ。」と言うのです。



私は横で、聞いていて、

「母が明日だけはここに居て欲しい」という意味を考えるのも怖くなりました。





結局、姉は看護婦さんに、

母の容体等を聞いて、安定しているとの事だったので、

母に、「明後日は早く来るからね。」と言って、

二人で病院を後にしました。






しかし、姉もさすが心配らしく、私に

「もし何かあったら、

 仕事中でも夜中でも、直ぐに携帯に電話してね。」と念を押しました。







 

そして、翌日。






私が大学で授業を受けている時でした。








突然携帯が鳴ったのです。



 

それは、病院からでした。











 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


交通事故で運ばれた病院先で、

が亡くなったのです。

END