●よみがえる親友の絆(きずな)
このお話は、昨日のブログ(●呪われた修学旅行)の続きです。
従って、昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-12040123596.html)
を先にお読みください。
そしてから下をお読み下さい。
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[前回までのあらすじ]
高校2年生になる娘さんが、
何かに憑りつかれたらしいという相談を受けた事がありました。
娘さんは、産まれた時から高校1年生になるまで、
病気らしい病気はした事が無い、いたって健康な体の持ち主だったといいます。
それが、高校2年生になったある日、急に呼吸困難な時が出て、
息切れや、胸や首が痛くなる時がある様になってしまったというのです。
もちろん、直ぐに医者に行って精密検査などをしたそうですが、
原因が分からないというのです。結局自宅には、スポーツ選手などが良く使う、
携帯用の酸素吸入器が5つも常時あり、外出時には常に持ち歩いているとの事でした。
私がまず、奥さんに聞いたのは、
「娘さんは、いつから呼吸困難になり始めたのですか?」と聞くと、
奥さんは直ぐに、「娘が修学旅行に行ってからです。」と答えたのです。
そして、彼女はこう続けて言ったのです。
「多分娘は、あの修学旅行で、呪われて来てしまったのではないかと思います。」
お母さんが、娘さんが修学旅行で呪われたんじゃないかと、
思うのには、理由がありました。
それは、彼女の姉が、アメリカ人と結婚されていて、
現在フロリダの方に住んでいるそうです。
去年の夏は、その姉を尋ねて彼女と娘さんはアメリカに行ったそうです。
そんな娘さんが、修学旅行で行った先が、
あのアメリカとの戦争で、原爆を落とされ多くの死者をだした広島だったのです。
そして、娘さんは広島への修学旅行に行った時から、
呼吸困難になってしまったというのです。
私はその話を聞いて、
なるほど、
戦時中の日本なら、
彼女が言う様に、身内がアメリカ人と結婚し、
アメリカに旅行に行って楽しむなど、非国民と呼ばれただろう。
ましてや、多くの死者をだした広島に居たら、嫌われるに違いない。
そんな原爆で亡くなった霊が沢山居る広島に修学旅行に行ったら、
多くの霊に嫌われたかもしれない。
それが人間の感情というものだ。
アメリカの原爆によって、肉親を亡くしたり、
自分が殺されていれば、アメリカが憎いと思う霊は沢山いる。
それは私も否定しない。
亡くなって霊になっても、アメリカが憎いと思い続けている霊は確かにいる。
しかし、霊障となると、話しが違って来るのだ。
アメリカが嫌いという霊でも、アメリカ人がいたら復讐をするという様な事はしない。
霊になると、感情がそのまま卑劣な行為へとは及ばないのである。
ここが生きている時と、亡くなった時の違いだろうか。
例えば、戦争当時は、
英語を勉強している奴や、戦争反対と言う人を、非国民だと責めた。
しかし、内心はそう思っていない人も多かった。
内心は、本当に悪いのは戦争だ。英語を勉強している彼ではないと思っていたり、
本当は私も、もっと勉強したかった。とか、
本当は私も、戦争を反対したい。と心の中では思っていたものである。
そして、人は亡くなると、本音だけが残るのである。
また、復讐の気持ちは、大きく広がらないのである。
これはどういう事かと言うと、
例えば、貴方の母親が、中国人に刺されて殺されたとします。
すると、残された家族は中国人を嫌いになるかもしれませんね。
なぜなら、刺した犯人は中国人だった、よって中国人が憎いと。
でも死んだら憎むのは、刺した犯人で止まり、中国人全体には広がりません。
だから、霊障は犯人にだけ及びます。
刺した犯人と、中国人全体は別のものという冷静な判断が出来る様になるのです。
よって、毎年広島を訪れるアメリカ人が霊障によって、病気になるとか、
死ぬ事は無いのです。
つまり、娘さんは広島に行ったからという理由で、
呼吸困難になったのでは無いというのが、私の判断でした。
でも、娘さんが修学旅行に行ってから、
原因不明の呼吸困難になったのは確かです。
何か他に原因があるのではないでしょうか。
そこで、まず娘さんが行った修学旅行の予定を聞きました。
すると、
娘さんの修学旅行は、4日の予定で、
■まず初日と二日目は、広島平和記念公園に行ったそうです。
原爆ドームや平和記念資料館などを見学したそうです。
その後、広島城を見学。
■3日目は、京都に行ったそうです。
金閣寺と銀閣寺、清水寺と五重の塔。二条城を見学。
■4日目の最終日は、
平等院鳳凰堂を見学後、帰途についたそうです。
ここで、実際に娘さんに話を聞くと、
娘さんが、異変を初めて感じたのは、3日目の午後だったといいます。
つまり、京都観光をしていた時だと言うのです。
急に首回りが痛くなり、その場にうずくまったといいます。
私が、それは清水寺でですか?と聞きました。
あそこは自殺者が多いと聞いていたので。
ところが違うといいます。
では、どこで首回りが痛くなったのか聞くと、
京都市内だと言います。
詳しくは、清水寺から銀閣寺への移動中に起こったといいます。
それも清水寺を離れてからだいぶ経った時だったといいます。
その時の事を娘さんに、詳しく聞くと、
一瞬誰かに両手で首を絞められたのかと思ったと言うのです。
その時以来、呼吸困難になる時があり、
息切れや、胸や首が痛くなる時があるとの事でした。
私は、その第一印象がとても大事な様な気がしました。
そこで彼女に、こんな質問を。
「誰か貴方の親戚かご先祖で、
首を絞められて殺された人はいませんか?」
彼女はお母さんにも聞いてみましたが、思い当たらないとの事でした。
「じゃあ、京都で、
誰か知り合いが、首を絞められて殺されたとかはありますか?」
と聞くと、
なんと、あるという。
彼女が中学生の時に、親友だった子がいたのだが、
その子は父親と二人で暮らしていたが、その父親がガンで他界後、
泣く泣く京都にいる親戚の家に行ったという。
しかし、その後京都で絞殺されてしまったというのだ。
つまり、首を絞められて殺されたというのである。
私は、これだと感じました。
もしかしたら、その親友は、
死後、余り供養されていないのかもしれません。
そんな時、昔唯一親友だった彼女が、
京都に来てくれた。
亡き親友は、涙を流したい程喜んだに違いありません。
もしかしたら、殺された場所に近い所を通ったのかもしれません。
人は頼る人が、居ないと思った時、仲が良かった親友を頼る事もある。
そして、もしかしたら、
親友は、私を供養してくれるかもしれない。と。
私よ。覚えている、
首を絞められて殺された、陽子よ。と。
この場合、特に彼女に怨みがあるのではない。
首を絞めるという現象を表して、
ただただ、自分を思い出してもらいたかったのである。
私は彼女に、
彼女の仏壇に彼女の写真と、短冊に彼女の名前を書いて、
お水、お線香、お花、そして彼女の好きだった物を時々飾って、
100日間、供養してあげる様に言った。
その後、1ヵ月程たった時、
呼吸困難になる現象は徐々に現れなくなったという。
きっと成仏の道を歩み始めれば、
御礼に守護霊となって、今度は彼女を守ってくれるかもしれない。
「苦しかったでしょう。悔しかったでしょう。
どうか成仏なさって、来世はまた親友になろうね。」
END