●認知症のお母さん



 

今日は何を書こうかと、

新聞を見てみると、連日、

中国、湖北省荊州市の長江で、

456人乗りの客船「東方之星」が転覆した事故を掲載している。





 

今日の中国の報道では、生存者の可能性がないと総合的に判断したとし、

船を元の姿勢に戻す作業を始めるという。



 

つまり、456人の内、助かったのは、

船長と主任機関士と船員などの合計14人だけだとすると、

442人が亡くなるか行方不明のままになる事になる。





 

最新の情報では、

死者97人、行方不明者は345人にも及ぶという。





乗船者の家族は、今とても辛い時間を過ごしてる事だろう。




ここでそんな家族を、より悩ます問題が行方不明という状況である。




死者として遺体が出た場合、亡骸をお墓に入れてやり、

供養してあげる事が出来るが、

行方不明の家族には、それも出来ない状況がより家族を悩ますのである。

状況的には、ほぼ絶望的であるのに、死体が出ないのでお墓に入れる事も出来ず、

供養も出来ない。



 

そういう遺族から相談を受けた事があります。

行方不明のまま、未だに死体が出ず生死不明のまま、

どうしていいか分からないという相談でした。

行方不明になってから2年が経っていました。



 

実は、日本には行方不明者に対しての法律があります。




それは、

「不在者の生死が7年間分明ならざるときは、

 家庭裁判所は利害関係人の請求により失踪の宣告を爲すことを得る。」




つまり、



7年間行方不明な場合、申請すれば法的に死者として確定できるという法律です。




これには例外もあります。





例えば、


誘拐されたとか、明らかに事件に巻き込まれて亡くなった可能性が高く、

死体が発見されないだけという場合などの時は、

7年ではなく、その事件発生から1年以上を経過すれば失踪宣告を申請できるとしています。



また、夫が行方不明になったという奥さんに対しても、法律は配慮しています。

夫が行方不明になって7年も離婚できないというのは、母子家庭になっている家族にとって、

とても苦しい状況だろうということで、3年以上行方不明の場合、

一方的に離婚できるとしたのです。


ただしその場合注意したいのは、これは失踪宣言での死亡認定ではないので、

夫の財産を相続出来るという事にはならないという事です。






 

ちょっと話が法律の方に脱線してしまいましたので、

元に戻しましょう。





 

2年間行方不明のまま、未だに死体が出ず生死不明のまま、

どうしていいか分からないという相談でした。



 

もし、亡くなっているとすれば、

亡くなってからもう2年も、なんの供養もされていない事になります。

更にもう5年待つ事に疑問を抱いていました。

かといって、家族としては、遺体が見つかっていないのですから、

死んだと断定するには、忍びないという状況です。




私はこういう場合、

行方不明のまま1年が経過していて、

なおかつ、家族が、もう亡くなっているだろうと思いが傾いている場合。



お墓に入れる。もしくは、お墓を建ててもいいと思っています。





私は彼女に、こうアドバイスしました。

■まず、仏壇で行方不明の方の名前を言って、

もう亡くなったとしてお墓に入れますが、いいですか?と3日間お伺いをたてる。

■次に、その方が良く写っている写真1枚と、その方がよく使っていた品を1つ用意する。

■B4もしくは半紙大の白い木綿か麻を用意し、

そこに、その方の家の宗派に一番近いものを写経します。

例えば、般若心経とか観音経とか南無妙法蓮華経など。

■用意した写真と品を写経した木綿で包み、それを密閉した箱に入れて、

それを遺骨してお墓に入れます。





 


行方不明者が亡くなっていると、遺族が感じた場合には、

1年経っていなくても、上の様にしてお墓に埋葬してあげて供養してもいいです。



例えば、

行方不明になっている人が幽霊になってお別れをしに現われたとか。

行方不明になっている人が夢に出て来て

自分はもう亡くなっていると、知らせに来たとか、

遺族が、不思議な現象によって亡くなっているのだと確信が持てた時です。


 



 


最後に、こんな話を・・





これはドイツでのお話です。






ある施設で、年とった女性が認知症として介護生活をおくっていました。

週に一度、彼女の子供達が会いに来ますが、

もう彼女には、

子供達が自分の子供かどうかさえも分からない状態でした。





それでも、特に暴れるでもなく、

徘徊などの放浪癖も無く、とても扱いやすい認知症患者だったといいます。





 

ところが、ある冬の日の月曜日でした。





突然、彼女に放浪癖が現れ始めたのです。






朝、職員が彼女の部屋に行くと、彼女が部屋に居ません。






院の職員総出であちこちを探すと、

そのお婆さんは、近くのバス停にいる所を発見されました。

寒い朝の事です。


もう少し発見が遅れれば、凍死していたかもしれません。


聞くと、お婆さんはなぜか、

スイスに行くのだと、スイスに行くのだと言い張っています。






他にも理解出来ない事がありました。

その日は、とても寒かったのですが、

お婆さんは、手に温かそうなマフラーを持っていたのに、

それを使おうともしていなかったといいます。

また、お腹が空いていただろうに、

手にチョコレートを持っていたのに、食べようともしませんでした。








寒い中、バス亭で、

チョコレートマフラーを握りしめて、

ずっとバスを待っていた様です。








保護されて、暖かな部屋と連れて行かれたお婆さんは、

何事も無かった様に、出された朝食を、美味しそうに食べたと言います。



 

ところが、

翌朝も、職員が部屋に行くと、お婆さんがいません。




今度は直ぐに発見されました。





やはり、バス停に居ました。





寒い中、手には、

マフラーをチョコレートしっかり抱いて、バスを待っています。





聞くと、やはり意味不明な事を言うのです。

スイスに行かなくちゃ、スイスに行かなくちゃ。

職員が、スイスは遠いのよ。と言ってもききません。







 

ある職員は、

あの婆さん、認知症だけじゃなく、妄想も入ってきて厄介になったな。

徘徊が加わると、手がかかるんだよな。と言い合いました。







その夜は雨になりました。






雨ならさすがに、出かけないだろうと思いましたが、




翌朝、お婆さんはまたも部屋にはいませんでした。




寒くて雨が降っている中を、

傘もささずに、バス停に出ようとしたのです。

さすがに今度は、バス停に着く前に職員が気づいてお婆さんを連れ戻しました。






困った婆さんだ!


職員はお婆さんの濡れた衣服を拭きながら、愚痴をこぼしました。







その日の午後でした。





お婆さんの家族から、施設に電話がありました。






それはお婆さんの息子さんが、

月曜日にスイスの山で遭難して亡くなったという訃報でした。






 

それを知った職員たちは、

まさかと、顔を見合ったといいます。









多分、お婆さんは、

息子さんが、スイスの山で遭難に遭った事を夢で知ったのでしょう。




「かあさん。

 寒いよう。寒いよう。

 お腹がすいたよう。 かあさん。」




 

息子さんの最後の声を聞いたのかもしれません。





自分が寒いのも忘れ、自分がお腹が空いているのも忘れ、

マフラーとチョコレートを息子に届けたかったのかもしれません。






「今、行くからね。

 今、母さんが行くからね。」


END