●止まった時計
さて、今日は何を書こうかと、
新聞などを見ていると、このゴールデンウィーク、
やたら水での死亡事故が多い。
■5月2日奈良県で、息子(12歳)が川で溺れているのを見つけた母親が、
助けに川に飛び込んだ。
その後、息子さんは他の女性に助けられたが、
母親は約1時間後、下流約30メートルの川底に沈んでいるのが発見され、
搬送先の病院で死亡が確認された。
■5月4日静岡県で、上級者向けのダイビング講習に参加していた女性会社員が、
水深約14メートル地点で空気ボンベを抱えて潜る練習をしていた最中、
突然、海中から浮上し、溺れ死んだ。
■5月5日京都で、「魚つり禁止」と書かれた看板がある公園の池で、
友人3人と、池につながる水路に下りて遊んでいたが、魚を見つけて池に近づいたところ、
足を滑らせて転落して溺れて亡くなった。
■5月5日宮城県で、農業用貯水池で釣りをしていた男子高校生がおぼれて死亡した。
立ち入り禁止で周囲に高さ1mのフェンスを乗り越えて、
親戚の女性と釣りをしていた最中に、
態勢を崩して転落し、意識不明の後病院で死亡した。
水の事故に限らず、
身近な人や、子供が、突然事故で亡くなったら、
家族にとって、その悲しみは耐えがたく重い。
ましてや、その場にいた当人なら、
なぜ、ここに来てしまったのか、
なぜ、助けられなかったのかなど、
その子の死プラス、自分への罪の意識が加わり、
その事故をずっと引きずって生きている人がいる。
「あの時、止めていれば・・・」、
「あの時、助けらえたのではないか」、
「あの子が死んだのは、私のせいだ!」と。
そういう方から電話相談を受けた事があります。
電話の彼女も、小学生の息子さんを、事故で亡くされた方でした。
亡くされて1年経っても、まだ息子さんの死を
当時の悲しみのまま引きずっている様でした。
彼女は言うのです。
「私が息子を殺してしまった様なものなんです。」と。
どうしてですか?と聞くと、
普段からアパートの前の道路は、
車の往来が激しく、歩行者を守るガードレールも無い、
危険な幹線道路だという。
だから、彼女が息子さんを連れて、スーパーなどに買い物に行く時は、
必ず彼女が道路側を歩くのはもちろん、
少し大きな車が来ると、止まって車が行くのを横になってやり過ごす程注意していたという。
それなのに、
あの事故の日に限って、
息子さんに、お使いを頼んでしまったと、後悔しているのだ。
息子ひとりで、お使いなど今まで頼んだ事も無かった。
それが、何が魔がさしたのか、
彼女は息子さんに、買い物を頼んでしまったのである。
お母さんに頼まれた買い物をしに、
喜んで家を出た息子の笑顔が、今でもはっきりと浮かんで来ると言う。
私がお使いを頼まなければ・・・・息子は死ななかった。
私が行けば済む事だったのに・・・・
彼女の時計は、
息子さんが亡くなった、あの事故の日で止まっている様だった。
それも自責の念を伴って。
肉親の死を乗り越えるのは、とても大変な事である。
でも、1年も経つと、
周りの温かい支えや、残された家族の支えによって、
段々と気持ちも落ち着き、現在を受け入れようという心が芽生えるものである。
しかし、もし、
その死に、自分の責任や過失があったら、
彼女の様に、いつまでも事故の日のまま、
時計が止まってしまう人が時々いるのである。
彼女がまさに、そうだった。
この時も、私はただただ、
彼女の話を聞いてあげるだけだった。
時々、相づちを打ちながら、
気になった事を質問した。
「なぜ、その日に限ってお使いを頼んだのですか?」
ショッキングな出来事を、
根堀り葉掘り聞くのは、良く無いと言う人もいらっしゃるだろうが、
私の考えは違う。
私が聞かなくても、彼女はこの1年の間に、
何回も何回も、誰にも相談できずに、
ひとりで当時の悲惨な出来事を思い出していたに違いない。
もしかしたら、
誰にも言えなかった事を、初めて私に相談出来たのかもしれない。
もしそうなら、
彼女にとって、大きな一歩なのである。
真剣に、当時の話を聞いてあげる事が、
もしかしたら、彼女の時計の針を動かす事が出来るのかもしれないのである。
「なぜ、その日に限ってお使いを頼んだのですか?」
すると、彼女は当時を思い出す様に、
「あの日、
息子が初めて、私に誕生日のプレゼントをくれたんです。」
「あの日は、貴方の誕生日だったんですか?」
「いえ、誕生日は1ヵ月も前で、とうに過ぎていました。
でもなぜか、母さんの好きな花だよね。って、
鉢植えをどこかで買ってきてくれたんです。
息子が私の誕生日のプレゼントをくれたのなんて、
今までに無い事でした。
そして、言ったんです。
何かお手伝いするよ。
何でも言って!って。
息子にお手伝いするなんて言われた事は、今までに無い事でした。
だから、嬉しくなって、つい
じゃあ、牛乳でも買って来てもらおうかしら。って、
お願いしてしまったんです。」
私は、息子さんの微笑ましい行動が目に浮かぶ様だった。
が、同時に何か心に引っかかるものを感じた。
どこが引っかかった、どうして引っかかったか、
はっきりは分からないのだが、なんとなく、
今までに無い事、が重なっているのが気になった。
初めて誕生日にプレゼント。
初めてお手伝いするという息子。
初めてお使いに、ひとり行った息子。
そこで、彼女に、
「他にその日近辺で、
息子さんが初めてやった事ってありますか?」と尋ねてみた。
すると、彼女は少し考えてから、
「そういえば、前日、
初めて私や夫に言われなくても、自分から宿題をしていたので、
その夜、夫と、やっとやる気が出たようだな。って喜んだ覚えがあります。
それまでは、家で勉強など自分からやり始めた事などありませんでしたから。」
また初めてが出て来た、それも前日。
私の中に、はっきり感じるものがあった。
そしてお母さんに言った。
「息子さんの事故は、大変悲しい出来事でしたが、
お母さんの責任は、いっさいありませんよ!!」
「息子さん、
若い命ですが、
寿命だったと思います。」
「その人には分かりませんが、
その人の魂は、自分の寿命を知っているんです。
だから、もうじき亡くなるなという時期になると、
今までしなかった行動を突然し始める事がよくあるんです。
例えば、
お父さんが、急に家を建てると言い始めて、
家が完成すると、安心した様に亡くなる。
これなんか、愛する家族が、
自分が亡くなったら、家も無いのでは困るだろうと、
自分の最後の願いを叶えたのです。
オレが居なくなって、安心に暮らせます様に・・・・と。」
「息子さんの魂も、
自分の寿命を悟っていたのでしょう。
だから、今までしなかった宿題をし始め、
プレゼントなどあげた事無いのに、せめて一度だけでも
お母さんの誕生日を祝っておきたいと思ったんです。
貴方の息子は、
お手伝いもする、いい子に育ちましたよ。
と最後に伝えておきたかったのでしょう。」
「だから、
貴方がお使いを頼まなくても、頼んでも、
息子さんは何かしらの理由で、旅立つ運命でした。
貴方に、責任はまったくありませんよ。」
彼女は「そうなんですか?」
と言葉を詰まらせていた。
「それよりも、
諺(ことわざ)にある、
立つ鳥跡を濁さず。の様に、
貴方の息子さんは、偉い子じゃないですか。
最後の最後に、
お母さんにプレゼントをし、お手伝いして、
お礼をして、旅だったのです。
なかなか出来る事ではありませんよ。
せっかく、思い残す事無く旅立ったのに、
お母さんが、そんなに悲しんでばかりいると、
息子さんが気になって、
なかなか天国に進みずらくなっているかもしれません。
悲しむよりも、息子さんが
早く天国に向って進んで行ける様に、
何か息子さんんが好きだった物を供えて、
プレゼント大事にしてるよって、近況を教えてあげてみて下さい。
きっと、息子さん、
喜びますよ。」
すると、彼女は、
「息子、チョコレート牛乳が大好きだったんです。
それでもいいですか?」
「もちろんです。
喜びますよ。
優しいお母さんが、また戻って来たって!」
ほんの少し、
彼女の時計が、動きはじめた。
END