●身代わりという名の奇跡
このお話は、昨日のブログ(●心の支えになった車椅子)の続きです。
従って、昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-11957792238.html)
を先にお読みください。
そしてから下をお読み下さい。
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[前回までのあらすじ]
実は、こんな私でも、
少ないお金ですが、孤児院に寄付しようとした事がありました。
まだ私が東京に住んでいた時ですが、けっこう稼いだ月があり、
その一部を寄付しようと思ったのです。
そして調べてみると、車で20分位の所に孤児院がある事が分かりました。
さっそくそこに行ってみると、けっこう広い敷地で、建物の一部に十字架があったので、
キリスト教系の孤児院かなと思いました。
恥ずかしながら、寄付など初めてだったので、
どうしていいやら分からず、通りかかった人に声をかけると、
それならと、待合室に通されました。
待合室は、4畳半ほどの洋室でテーブルに椅子4つという結構お手軽な部屋でした。
つまり、お世辞にも立派な待合室とは言えない所でした。
ドアもガラガラドアで、1分おき位にドアの前を子供が通ります。
ドアのガラスから、待合室に私がいるのが興味がある様で、
通るたびに、子供達に見られている感じです。
でも、私はどこか寄付箱か何かにお金を入れて終わりだと思っていたので、
微々たる寄付で、待合室に通されていたので恐縮だったのです。
100万円以上って言われたら恥ずかしいな。と、そんな事を思ってました。
15分位待ったでしょうか。やがて、担当という女性の方が、みえました。
特に修道服という身なりではなく、ごく普通の普段着という感じで、
まるで保育園の先生といった感じです。
さっそく私が、少額ですがと、寄付を切り出すと、
なんと、
彼女は、寄付はいらないと言うのです。
(今から思うと、寄付の額が余りにも少なかったからかもしれません。)
その代わりに、彼女は、当時の私にとっては、驚くような事を、言ってきたのです。
寄付はいらないと言う彼女、
その代わり、
数学を子供に教えて欲しいと言うのです。
これは意外でした。
孤児院というと、テレビドラマの影響でしょうか、
お金に不自由していると思っていた私が、逆に恥ずかしくなりました。
もちろん、私の寄付の額や、それぞれの孤児院で事情が違うのでしょうが、
まさか寄付を断れるとは思っていなかったので、驚きました。
また、私が占い師である事は伏せていましたが、
アメリカの大学へ行っていた事は聞かれたので、話していたのに、
教える科目が英語ではなく、数学と言われたのもちょっと意外でした。
私はそのくらいならと、承諾しました。
すると、すぐに教える生徒が挨拶にきました。
ちょっと暗そうな中学3年生の女の子でした。(田村さん仮名)
どんな事情のある子なのかは分かりませんが、
常に下を向いている感じで、やる気がなさそうです。
私の仕事の都合とか学校のスケジュールを検討して、
週2回と決めて、翌日から教え始める事になりました。
しかし、いざ教え始めると、
彼女の数学の学力が中学1年生レベルである事が分かりました。
それなのに8ヵ月後には高校受験です。
また、彼女には特別な事情がある事が分かりました。
この施設の規定でしょうか、
ここに居られるのは、中学生までだと言うのです。
これは絶対、高校に合格しないといけないなと思い、
私でいいのかという重圧みたいな物が一気に押し寄せてきたのです。
問題を1問でも多くやらせたい所ですが、
そんな普通のやり方では間に合わないと思いました。
そこで高校受験に出そうな問題のみの理解と訓練に切り替えました。
色々な問題をやらせても良かったのですが、
この子の場合、普段から自分はどうせ数学など出来ないと思い込んでいるので、
出来ないという問題が続くと、すぐにやる気をなくしてしまうのです。
そこで、
同じ問題を何度も何度も、見ただけで答えが分かる位にやってもらいました。
つまり、この問題1問なら、クラスで一番早く解けるという感じにさせました。
それを10問作り、毎回授業の最初にやらせたのです。
彼女は毎回やっているので、やがて、毎回すばく回答を書き、
毎回100点が取れる様になりました。私はそれから授業を始める様にしました。
もう忘れないだろうと、私が思ったら、次の10問テストを作ります。
2ヵ月後くらいに、少しだけ数学が好きになった様でした。
このぐらいになると、
特に私が彼女の事情を聞かなくても、
周囲から段々と彼女の事情が分かってきます。
例えば、施設の方から電話がかかってきて、
明日の勉強は、田村さんの月一回のお母さんと面会する日になりましたので、
中止にして下さい。とか
クリスマスは彼女だけ予定が無いので、授業が可能ですと言われたりする事で、
なんとなく、彼女の家庭の事情が感じられたのです。
その後、彼女も頑張り、
無事高校に入学する事が出来ました。
高校合格の発表の日、
彼女から「どうもありがとうございました。」と電話がありました。
彼女も自分が合格するとは思っていなかった様です。
なぜなら、それが、私が聞いた、
最初で最後の、私への、彼女の敬語らしい敬語でした。
これからの人生、
自分でも、やれば出来るという自信を胸に、明るくなって欲しいと思います。
最後に、
彼女に教えていた8ヵ月の間に、
ある事件が起きたのですが、
その事についてお話しして終わりにしたいと思います。
ある時、彼女の寮の友達という女の子が、
学校帰りの制服姿で、私達の教えている部屋に入って来ました。
それまでも、その子は私たちの部屋の前を通る度に、
教えているのが珍しいのか、チョコチョコ覗いていた子でした。
入って来るなり、いきなり
「私にも数学教えて下さい。先生」と明るく言って来ました。
その子(由美ちゃん仮名)は中学1年生で、切羽詰まった状況ではなく、
しかも、数学は出来ない方ではありませんでした。
それでも結局、頼まれて1ヵ月ほど一緒に教える事になりました。
なぜ、1ヵ月だけだったかと言うと、
その後、由美ちゃんに大変な事が起きたのです。
由美ちゃんは、田村さんとは真逆の性格で、
私は田村さんに8ヵ月教えていましたが、
最後まで、彼女は一度も笑った事がありませんでした。
それに対して由美ちゃんは、常に明るく、よく笑う子でした。
それなのに、事情を聞くと、
田村さんは母親だけが居るのに対して、
由美ちゃんは両親を早くに亡くしている子でした。
学校以外では、常に亡き母親に小さい頃に買ってもらったという
ウサギのぬいぐるみを持ちあるいていました。
彼女にとっては、唯一の母のぬくもりだったのでしょう。
そんな彼女が、ある日、学校帰りに、
交通事故に遭ったのです。
重症で、すぐに入院。
私が知った時には、もう危篤状態に近かったのです。
毎日みんなで回復を祈っているといいます。
私も祈りましたが、
占い師が言うのもなんですが、
祈って命が確実に助かるなら、今頃私は大金持ちです。
彼女が助かる方法はないものかと考えました。
しかし、いち占い師が、
危篤状態の子の命を助ける事など出来ない相談なのです。
他人の私には無理なのです。
せめて、身内の念なら・・・・
でも、彼女には一人も身内が居なかったのです。
ひとりも・・・
その時です。
私にあるヒラメキが、浮かんだのです。
聞くと、由美ちゃんは交通事故に遭った時、
学校の帰りだったので、
いつも肌身離さずもっていた、
ウサギのぬいぐるみはここにあるといいます。
早くに亡くなったというお母さんから貰った、あの唯一の宝物です。
私は、すぐに今日お見舞いに行くというシスターに、
由美ちゃんの所に、
ウサギのぬいぐるみを持っていって、
出来れば、枕元に置いてあげる様に頼みました。
これは亡くなった方の形見に限りません。
小さい頃から大事にしていつも持っている様な人形や、ヌイグルミでも、
亡くなった人の念は入っていなくても、
自分の念はかなり入っているので、病気や命の危険がある時など、
その人形が身代わりになって、病気が軽減される事がよくあるのです。
また、これは人形でなくても、毎日可愛がっていた犬や猫が、
身代わりになって主人の代わりに亡くなるという現象と似ています。
それは身代わりという名の奇跡かもしれません。
その時、犬や猫たちは思うのです。
「いつもありがとう。
貴方の為にこんな事でしか恩返しできませんが、
貴方の身代わりになれて、良かったぁ。
さようなら、ご主人ちゃま。」 と。
その後、
由美ちゃんは、奇跡的に回復したという事でした。
もちろん、それは、
寮にいるみんなの祈りや、お医者さんの努力があったからでしょうが、
私は、ウサギのぬいぐるみが届いてから良くなり始めたのは、
偶然では無かったと、今も信じています。
きっと、彼女のお母さんが、
ウサギのぬいぐるみを通して、由美ちゃんを助けてくれたのだと・・・
「由美、
一人ぼっちにさせてごめんね。
死ぬんじゃないよ、
母さんの子だろ、頑張るんだ、
そして、父さんの分も、
母さんの分も、幸せになるんだよ。」
END