●売れないフェラーリ




私をひいきにしてくれている社長の秘書から電話があった。



川上さん(仮名)が車を売るのを手伝ってあげて欲しいという。



私は内心、車を売るのになぜオレが?と思ったが、


秘書の方は、機械の様な口調で川上さんの住所と電話番号を伝えると、


「では、よろしくお願い致します。 」


と言って電話を切られた。





この秘書さんとは、3回会った事があるが、


45歳くらいでメガネをかけた才女で、京大を出て、


商社を経て今の社長に仕えているというのを聞いていたが、


占いはまったく信じないと言っていて、


笑ったのを見た事が無いほど、クールでいかにも頭が良さそうな女性だ。





社長の事だ、


多分のただ車を売るだけの問題では無いだろう。






私はさっそく、教えてもらった電話番号に電話して、


その川上さんの家に向かった。






港区のマンションだと言うので、行ってみると、


そこはかなりの高層マンションだった。




それも受け付けがあり、


ホテルのロビーみたいなものがある高級マンションだ。



私は、受付らしき人に、そちらでお待ち下さいと言われ、


高級そうなソファーに座ると、


近くに大きな水槽が設置されているのが目に入った。




スゲー! マンションの待合所に水槽があるのは初めてだ。





色々なカラフルな魚が、泳いでいる。


高級マンションにいると、魚まで高級に見えてくるのは不思議だ。


私も家で魚を飼った事はあるが、メダカとタナゴで、


色も地味だった。





5分位見ていただろうか、


川上さんが、後ろから声をかけて来た。




「かやさんですか?」




「あっ、はい。


 かやです。よろしくお願い致します。 」





振り向くと、


川上さんの奥さんだけでなく、娘さんも一緒だった。





私たちは、さっそく車を見て欲しいというので、


奥さんの車で、出発した。




問題の車は、このマンションから車で10分位の所にあるという。



家から車で10分の所にある駐車場を使うなんて!??


と思ったが、口には出さなかった。





やがて私たちは、1軒の小さな倉庫に着いた。





車は駐車場じゃなくて、倉庫にあるのだという。




まず奥さんが、倉庫の横にあるドアを開け中に入ると、


中のスイッチを操作したのだろう、


シャッターが静かに上がり始めた。






シャッターが1mも開き始めると、


赤い車カバーに包まれた、車が現れ始めた。






赤い車カバーなんて見たのは初めてだ。


超派手である。




なんだ?なんだ?と思っている暇もなく、その理由が分かった。






シャッターがもう50cmも上がると、


その赤いカバーに、Ferrariと書かれているのが見て取れた。




やがて、奥さんがその車カバーを取ると、






私の目に、赤い車が飛び込んできた。










フェラーリだ。






スポーツカーにあまり興味の無い私でも、フェラーリは分かる。


黄色に黒の跳ね馬が、オレはフェラーリだと強く主張している。






今は亡きご主人の車だという。





ご主人は、小さい頃からスーパーカーが大好きで、


このフェラーリを買うのが夢で、


その為だけに、頑張って働いてきたと言ってもいいくらいの人だったという。








ご主人は最後は心筋梗塞で亡くなったのだが、


ガンの末期だったという。




生前病院で、奥さんにフェラーリは絶対売らないくれと言われたという。



ご主人には、余命1ヵ月と言われても、本人には伝えなかった。


だから、良くなったらまたフェラーリに乗るのだと、


それを目標に、治療に耐えていたという。



薄れゆく最後の方でも、フェラーリの事をよく心配していた程だった。







そんな彼の


フェラーリは絶対売らないくれ


という言葉は、遺言になってしまった。






奥さんは言う。


この車の前に立つと、夫が売るなと言っている様で、


もう怖くてとても売れないのだと。








私が奥さんに、



「出来れば、ご主人の車を売らずに、


 使ってあげるのが良いのですが・・」と言うと、




奥さんは、切々と語り出した。



「私もそれが出来れば、そうしますが、


 なかなか難しい問題がありまして・・・」といい、



倉庫の賃料が高い事。


フェラーリの運転が私も娘も難しい事。


保険も高い事。


ちなみに、保険はご主人の死後、すぐに解約したという。



車検やメインテナンスなどの維持費が高い事。


ガソリンもハイオクで高いし、燃費も悪いという。


そんなこんなで、彼女も娘さんもとても乗る気にはなれないという。




その中でも、やはり倉庫の賃料が重く母娘にのしかかっているという。








生前、ご主人はたしかにフェラーリにはお金をかけたが、


自分の小遣いはその分減らし、


会社では、奥様のお弁当。


お酒はやらず、家族サービスもよくしたという。





だから、奥さんも娘さんも、


本当は、出来る事ならフェラーリを残したいのだろうと、私は感じた。








私がとりあえず、


あのマンションの駐車場に移したら倉庫の賃料を浮かせる事が出来ると言ったら、


買った当初はそうしていたらしいが、


ご主人が、誰かが車にキズつけないか、


気になって気になって、夜も眠れないというので、倉庫を探したという。






確かに、亡きご主人の嫌がっていた場所に、


フェラーリを移すのはよくないかもしれない。


それに安くなったとはいえもう1台、


乗らない車の駐車場料金を一生払い続ける事になる。









こうなったら、解決策は1つしかないだろう。

























私は奥さんと娘さんに、こうアドバイスした。



■車を売る1ヵ月前から、仏壇で、


 亡きご主人の霊に、


 毎日このフェラーリを売らなければならない事情を、


 声に出して説明してください。


 「どうかこのフェラーリを売らせて下さい。


  倉庫の賃料など家族に重くのしかかっています。」と。


 出来れば、お二人でお願いして下さい。


 それと同時に、早く成仏して、良い来世に生まれ変わって、


 また来世一緒になりましょうね。と。






 



私は最後に、奥さんにこう言った。



月命日や、時々、


仏壇から見える所に、大きく引き延ばした


このフェラーリの写真を飾って、


亡きご主人に見せてあげてください。




貴方のフェラーリですよ。」と。

 








きっと、亡きご主人は、売る事を許してくれるだろう。


私には確信があった。






ご主人は生前、小学生の娘さんをよくサーキットに連れて行って、


このフェラーリに乗せてあげたという。






ご主人は、フェラーリも好きだったが、


娘さんの喜ぶ笑顔も、それ以上に好きだったに違いない。




だから、


きっと最後の最後には、こう言うだろう。







「売っていいよ。



 になるんだよ。」


 
END