●ヒーローの色鉛筆
これは私が小学3年生だった時の話です。
当時、私が通っていた埼玉の小学校に、
とても貧乏な家庭の女の子も通っていました。
彼女は大越さん(仮名)と言いましたが、
クラスのある子は、その子の事を「不潔ちゃん」と呼んでいました。
確かに、若干洋服や髪の毛が汚い感じはしましたが、
私は別に、そんなの気にしなかった様で、
私ともう一人のゴンという男のは、その子と一緒に遊んだり、
登校も途中まで一緒だったので、3人で帰っていました。
ゴンは、少し頭が弱かった様で、
人からよくバカだ、バカだと言われ、馬鹿にされていました。
私も当時、無口で仲間外れでした。
そんな無口とバカと不潔の3人が、偶然家の方向が一緒だったのもあり、
仲が良かったのです。
でも、時々、
とばっちりで私もゴンもイジメにあいましたが、
それでも一緒に帰る事を止めることはありませんでした。
小学校には、時々、
学校の授業風景を見に親が来るという、
父兄参観日なるものがありました。
私は勉強が苦手だったので、
いつも父兄参観日は体育の日に当たります様にと祈っていましたが、
当たる事はありませんでした。
ただ、そんな父兄参観日で気になる事が1つありました。
それは、
毎回不潔ちゃんの親だけが決まって来ていませんでした。
「なんで、おまえの親は来ないのと聞いても、
彼女は答えませんでした。」
今から思うと、
父兄参観日に着ていける様な服が無かったのかもしれません。
だから、彼女は時々、体育がある曜日には、
洋服ではなく、体操着を来て登校して来ました。
当時、私はそんなに貧乏な子供はいないと思っていたので、
それはいいアイデアだ、オレも体育がある日は、
楽だから体操着で登校したいな。と母に言うと、
何故か、とても母に怒られました。
そんなある日、
不潔ちゃんに、一大事が起きたのです。
その日も体育がある日で、
不潔ちゃんは、体操着を着て登校してきました。
給食を終え、
午後の授業が丁度終わった時でした。
クラスの中で、なんか臭いという人が現れました。
やがて、
急に不潔ちゃんが泣き出したのです。
どうやら漏らしてしまった様でした。
先生が教室に入って来て、
不潔ちゃんを、保健室かトイレかに連れて行きました。
不潔ちゃんと先生が居なくなったクラスは、
もう不潔ちゃんのお漏らしの話題で、ひっきりなしです。
やがて、何故か、先生だけ教室に戻ってきました。
そして、言ったのです。
その時の事を、今でも忘れません。
先生は、みんなに、
「誰か、大越さん(不潔ちゃん)に、
体操着を貸してあげれる人はいますか?」
と聞いてきたのである。
多分、相当汚れていて、
しかも、先生方の物では大きすぎて、
不潔ちゃんに着せられる物が無かったのだろう。
しかし、その先生の言葉に反応する生徒は、
誰一人として、居なかった。
なぜなら、
不潔ちゃんと先生が教室から居なくなった後、
教室では、
もう不潔ちゃんが、うんこを漏らしたんだ。
汚いね、という話が蔓延した状態だったからだ。
そんな中で、誰が不潔ちゃんに、
自分の体操着を貸すだろうか。
友達だった私さえ、手をあげるのにちゅうちょしていました。
誰も手をあげるものが無く、
先生も困りかけていた時だった。
急にドアが、ガラガラと開き、
トイレに行っていた、ゴンが教室に戻ってきました。
全員の視線が、ゴンに集まった時、
先生が、
「大越さんに、体操着貸してもらえないかしら」と、
ゴンに聞いたのです。
すると、ゴンは、
「いいよ。」と一つ返事で、自分の体操着とりに、
教室の後ろの棚にとりに向かいました。
もちろん、不潔ちゃん達が教室から居なくなった時、
みんなが不潔ちゃんのうんこの事を言っていたのを、ゴンも聞いていましたが、
彼はそんな事を聞いていても、ちゅうちょなく貸すというのです。
そんな彼に向かって、
クラスのある子は、
「おい、バカゴン、不潔に貸すなよ!!」とか、
「ゴン、貸すとうんこ付くぞ!!」とか、
「不潔が移るぞ!!」とかの一声野次を受けた。
しかし、
ゴンは真っ直ぐ先生に、自分の体操着を差し出した。
先生はそれを受け取ると、
「ありがとう、ゴンちゃん。
下だけでいいのよ。」と、
トレーナーの下だけを借りて、教室から出て行きました。
先生が出て行った後、
ゴンが一声野次の標的になったのは、言うまでもありません。
しかし、彼はそんな野次にもおかまいなく、ひょうひょうとしていました。
その後、
不潔ちゃんは、翌日の金曜日は休んだが、
翌週の月曜日には、母親に付き添われてい登校して来ました。
その時初めて、不潔ちゃんのお母さんの姿を見ました。
なんかモンペの様な、
農作業をしている最中の服装な感じでした。
その不潔ちゃんのお母さんは、
帰る前に、先生に言って、
ゴンを呼び出してもらうと、
ゴンに、何度も、何度も頭を下げて、
お礼を言い、
洗ったトレーナーと、何かを包んで渡していました。
後で、ゴンに何を貰ったのと、見せてもらうと、
それは、
色鉛筆のセットでした。
ゴンは嬉しそうだった。
恥ずかしい話ですが、それを見て、
私がトレーナー貸せばよかったと、後悔しました。
その後、しばらくは、不潔ちゃんは陰口を言われていたが、
その度に、ゴンと私は、彼女をかばいました。
やがて、小学4年になり、
クラス替えがあると、
3人は別々のクラスになってしまいました。
クラスが変わると、帰るタイミングなどが分からなくなり、
新しい友達が出来たり、
4年になると色々な係りが任されるようになり、
一緒に帰る事も無くなりました。
ただ、一度だけゴンと、一緒に帰った時、
まだ、彼はあの時の色鉛筆を大事に持っていたのを、今でも覚えています。
私にとっても、
普段バカだ、バカだと、皆に言われていたゴンが、
一瞬だけ、ヒーローになった出来事でした。
END