●ツタンカーメンの呪い




今日は何を書こうかと、思っていると、


渡河から電話があり、一緒に食事する事になった。




その時、いきなり「ツタンカーメンの呪い」の話になった。





どうやら、昨夜、


NHKで超常現象の番組をやっていたようだ。




その番組内で、


エジプトのツタンカーメンの呪についてやっていたという。




ツタンカーメンの呪いは、占い師の間では有名な出来事である。


というか、世界的に有名な呪い話だから、


読者の方も、多分知っておられるだろう。





渡河は、そのツタンカーメンの呪いの番組を見て、


私に、その様な呪いは、あったのか?


それとも無かったのか?


聞いてきたのである。






つまり、


占い師の立場から見て、


ツタンカーメンの呪いはあったのか、無かったのか。聞きたいというのである。






ここで、私が彼に、なんと答えたかを言う前に、



恐ろしいツタンカーメンの呪い


どういうものだったかを簡単に説明すると、








ツタンカーメンの呪とは、


1922年、


イギリスのカーナボン伯爵率いる考古学調査隊が、


エジプトのピラミッドで、


古代エジプト王朝の第18王朝ツタンカーメン王の墓を発掘した事に始まる呪いの事である。



発掘の経験の無いカーナボン伯爵は、


王墓の発掘に考古学者ハワード・カーターを雇った。



発掘する事5年、


ついに黄金に輝くツタンカーメン王の墓の宝を発見したのである。



沢山の財宝の発見と、黄金の家具などの発見により、


二人は世界的に有名になり、時の人となった。



しかし、


それはファラオの呪の始まりだったのである。




調査隊は、ついに王のミイラの部屋に到達、


発見したのは、


考古学者カーターが飼っている幸運のカナリヤだった。


なかなか発見できなかった墓に、手をこまねいていた調査隊は、


幸運の運び手と言われたカーターのカナリヤを、調査隊に加えたのである。



すると、


その最初の日にツタンカーメン王の墓が発見されたのである。


人々は、やっぱり幸運の鳥だとあらためて賞賛した。


しかし、


ツタンカーメン王の墓が発見された直後だった。


ピラミッド辺りには滅多にいないというコブラに、


そのカナリヤが一瞬にして食べられてしまったのである。



それを聞いたエジプトの現地民は大変おびえてこう言ったという。



コブラは、古代エジプトの王家の象徴だ。


きっと何か、恐ろしい事が起きる。と。






やがて、調査団達は、


王の部屋にあった財宝や黄金の仮面などを運び出した。



その直後だった。




総責任者のカーナボン伯爵が敗血症で倒れたのだ。





その昏睡状態が続いたが、


2ヵ月後、突然エジプトで大規模な停電が起きる。



暗い部屋に突然カーナボン伯爵の愛犬が遠吠えをすると、


悲しげなほえ声とともに、その愛犬は息絶えたのだ。


そして、その停電のさなか、カーナボン伯爵は死んだ。


停電の原因は今だに分かっていない。




そして、これはツタンカーメンの呪の始まりだった。





やがて、カーナボン伯爵の友人がツタンカーメンの墓を見に行った翌日に死亡したり、


英国の実業家もツタンカーメンの墓を見学した帰りに突然死。



1929年まで、


ツタンカーメンの墓に関係した22人が次々に不可解な死をとげたのである。





しかし、そんな不吉な話に異議を唱えた者がいた。


メトロポリタン美術館のエジプト学者ハーバート・ウィンロックは、


私もツタンカーメンの王墓を開ける時も立ち会ったのに、まだ生きている。


一連の22人の死は、偶然であり、


ツタンカーメンの呪いなどは無いと、世界に向けて断言した。



しかし、そのすぐ後に


ウィンロックはフランス人の妻に殺されたのである。



また、近年の1972年、


ロンドンで、ツタンカーメン遺宝展が開かれた。



当時、マスコミはツタンカーメン遺宝展の開催責任者の


カイロ博物館のガマル・メフレズ氏に、


ツタンカーメンの呪いがあるのではないか?と質問した。



しかし、彼はそんな意見には真っ向からこう言った。



「私は墓とミイラに人生を捧げてきました。


 どうです。今も生きていますよ。


 ツタンカーメンの呪いなど、ただの偶然ですよ。ハハハ」と豪語した。



4週間後、メフレズは脳卒中で死亡したのである。








これが世に伝わる「ツタンカーメンの呪い」である。


日本でも人の墓を勝手にあばくというのは、罪であり祟りがある。




ここまでを聞くと、


ああ、ツタンカーメンの呪いってやっぱあるんだ。と思ってしまいますよね。













では、ここからは、


ツタンカーメンの呪い否定派の意見を、






まず、最初の犠牲者であるカーナボン伯爵であるが、


彼は、発掘以前から体の状態が良くなく、


度々入院していた。



しかも亡くなった年齢も、57歳というのは


当時の平均寿命は50歳くらいだったのを考えると、高齢であり、


病身でありながら長生きしたという年齢である。



そして、死と同時に起きた停電も、


当時のカイロの電力の供給は不安定で、


停電が頻繁に起きていたようなのだ。




また、22人が亡くなったとあるが、


ほとんどが、実際の発掘とは関係が無い人である。



第一、呪われて殺されるなら、


発掘責任者であり、最初にツタンカーメン王の墓をあばいた


ハワード・カーター氏こそが真っ先に殺されそうなものだが、


彼はツタンカーメン王墓の発掘が終わった次の年に病気にかかったものの、


亡くなったのは、1939年であり64歳だった。


当時の平均寿命から考えても、64歳は短すぎる人生ではない。


ツタンカーメンの最初の発見者であるカーターが長生きしている事自体が


ツタンカーメンの呪いは無いという証拠である。という。



また、カーナボン伯爵の娘イブリン・ハーバートは、


父のカーナボン伯爵と一緒に、


最初にツタンカーメン王墓に入った1人であったのに、


当時としては異例の78歳まで長寿をまっとうしたのである。






よって、ツタンカーメンの呪いは無い。という意見だ。


こちらの意見を聞くと、


なるほど呪いは無いのか。と思うだろう。








ただ、反対派でも、


●最初のカナリヤの死。


●カーナボン伯爵と一緒に亡くなった愛犬。


●ハーバート・ウィンロック氏の死。


●ガマル・メフレズ氏の死。



については、ただの偶然だと口を濁す。






NHKの番組でも、


呪いの話が偶然であるという話を出しながらも、


結局は今も呪いの是非が続くという様なあいまいな終わり方だったという。





それで、渡河は私に占い師の立場から、


ツタンカーメンの一連の死は、呪いだったのか、


呪いでは無かったのか聞いてきたのである。







さて、


貴方は、ここまで読んで、


ツタンカーメンの一連の死は、呪いだったのか、


それとも、呪いでは無かったのか。



どう思いますか?

(思うだけで、コメントしなくていいですよ)








そして、私の答えは、







それは、テレビでも触れいていない


渡河も驚く意外なものだった。



後半は、明日のブログに続く。