●思い出のバーカウンター
このお話は、一昨日のブログ(●幽霊が出る家)の続きです。
従って、昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-11895811240.html )
を先にお読みください。
そしてから下をお読み下さい。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[前回までのあらすじ]
幽霊が、新築の真新しい家に出るというのだ。
家を建てる前は、林だったという。
しかもその地に長く住んでいる親御さんに聞いても、
その辺で事件があった事は無く、お墓なども、そこはもちろん近くにも無いという。
新築で、土地にも問題が無い。これはいったい、どういう幽霊だ。
話しによると、10歳になる娘さんが、
夜トイレに行った時に、応接間に入っていく、おじさんの幽霊を3回見たと言う。
一緒に住んでいるご両親は、見た事は無いと言う。
それ以来、娘さんは怖くて夜トイレに行けず、午後6時以降は水分を取らないようにしているという。
私は、その家に行ってみる事にした。
私たちは、簡単な挨拶を交わした後、すぐに本題に入った。
私が一番気になっていた事を娘さんに聞いた。
「そのおじさんの幽霊は、知っている人だった?
例えば、亡くなったお爺さんとか、叔父さんとか、親戚の人とか、近所のおじさんとか?」
すると、娘さんは少し考えてから、「知らない人。」と答えた。
「どうして、おじさんだと思ったの?」
「だって、 髪の毛、すごく短かったし、 白髪まじりで、メガネかけた。」
その後、ご両親に、亡くなったご先祖、親戚、知り合いに、
短い白髪まじりの髪の毛で、メガネをかけた人はいなかった聞いてみた。
しかし、いないという。新築で、土地にも問題が無い。
そして、見た幽霊の人相にもまったく心当たりが無いという。
残された手がかりが、もう1つあった。
それは、娘さんが見たという幽霊は、3回とも応接間に入って行ったという事だ。
これは何かを暗示しているに違いない。
霊が意味も無く3回も同じ行動をしないだろう。
私が思うに、霊が行動を繰り返す理由は2つ。
■私たちを、応接間に導こうとしているのか。
■それとも、霊自体が、この応接間に固執しているのか。である。
私は応接間に入ってみる事にした。そこは8畳位のやや大きめの部屋で、
東南に面し、家の中では一番良い位置と言える。大きな窓を開けると、庭が見え、
フローリングには、じゅうたんがしかれ、立派なソファーセットが置かれている。高そうだ。
部屋の角には備え付けのバーカウターがあった。
引っ越して間もないにしては、綺麗に片付いている。
「この家に引っ越されて、どのくらいですか?」「約8か月です。」
「あのう、ここに越されてから、娘さんが霊を見たという以外に、
何か不思議な事はありましたか?
変な音がするとか、誰か病気になったとか、事故を起こしたとか、
怪我をしたとか、物が無くなったとか?」
「特に何も起きて無いと思います。」という。
完全に行き詰った。さっぱり分からない。
ただ、1つ。感じるのは、この霊、この家族に、危害を加えていない。
そればかりか、音を立てるとか、怪現象を起こすなどの、住民を脅かすような事もしていなし、
3回とも娘さんを見ていない。
普通、怖がらせるなら、顔を見つめて睨むとか、血だらけの顔にして恐怖感をあおるとか、
なるべく多くの人に目撃させるとかするだろう。
この霊、悪い霊ではなさそうだ。
そんな事を考えながら、30分はその応接間に居ただろうか。
長い時間、この応接間に居ると、何か違和感を感じる。
なんだろう?この不自然な感じ。
そうか!バーカウンターだ!!
このバーカウンター・・・・変!
私は、部屋の角にある備え付けのバーカウターに近づいてよく見てみた。
やっぱり無い。
バーカウンターにつきものの、あれが無いのだ。
そう、
このバーカウンターには、
お酒がまったくないのだ。
新築の家に、バーカウンターまで作り、
お酒が無いのは不自然だろう。
バーカウンターの後ろに行くと、
バーカウンターの下には小さな冷蔵庫があった。
もしやこの中にと思って、開けてみると、
氷と、ジュース、ウーロン茶などはあったが、
アルコール類は無かった。
「どうして、バーカウンターにお酒類が無いのですか?」
すると、ご主人が、
「うちは、二人ともアルコールが一切ダメなので、置いていません。」という。
「じゃあ、なぜ、
備え付けのバーカウターを作られたのですか?」
「いや、これは元からあったんです。建売の時点で。」
「なるほど、建売の時点でここにあったんですね。」
少し納得だが、まだ何か引っかかる。
サービスだとしても、
バーカウンターまで付けるのか。
しかも豪華なバーカウンターだ。
カウンターはピンク系のずっしりとした厚みのある石で出来ていて、とても綺麗だ。
今は人口大理石とかもあるから、安いのかなぁ。
「この下の冷蔵庫も付いていたんですか?」
「はい。付いていました。」
やっぱり、なんか引っかかる。
バーカウンターの内部には、簡単な洗い場もあり、
上には、ナイト照明やボトルやグラスを飾るスペースまである。
カウンター付近の柱は煉瓦作りで妙に凝っている。
それはまるで、
注文住宅の様だ。
私は気になって、すぐに台所に行ってみた。
台所は、極普通の様そうだ。
やっぱりおかしい。
もし、私が建築主だったら、
豪華なバーカウンターを作るより、台所を豪華するだろう。
そうすれば、買う側の主婦の強力なサポートを得られる。
私の強い要望もあり、
私たちは、この家を建てた建築業者に電話して、会いに行った。
幸い、この家を建てた中田建設(仮名)というのは、
中田さん個人が建てた会社で、会社兼自宅だったので、
日曜日でも、会ってもらえる事になったのだ。
中田建設は、1階が建築事務所になっていて、
2階部分が自宅となっている。
そして、庭は広く、トラックと車の他に、
砂利や機材置き場、倉庫などが建ち並んでいる。
私たちは1階のオフィスに通され、そこで中田氏とお会いした。
「はい、はい、覚えていますよ。
あのバーカウンターですか。
あれは、サービスで付けたのではなく、
買主さんからの注文での特注品です。」
「あれ、本物の石ですか?」と私。
「そうですよ。特注の御影石です。」
この住宅は、注文住宅と言っても、
柱などの大きな変更は出来ないが、ある程度の購入者の注文を受け入れて、
改造などをしてくれる条件付き注文住宅で売りに出したのだと言う。
中田氏の話によると、
今回のこの家を注文された方は、
応接間にこだわっていて、特にバーカウンターには、
妻との大切な思い出があり、
写真まで持参してこれに似せて作って欲しいとの要望があったという。
そして、応接間が出来るまで、ここには10回以上、
現地には20回以上通って、完成を楽しみにしていたというのだ。
ところが、
完成まじかという時に、
そのご主人が、大動脈瘤の破裂で亡くなってしまったのです。
生命保険に入っていたので、半分以上はそのお金を充てる事が出来たのですが、
残りの金額の目途が立たず、
結局、完成後、一度もそこに住まずに売却する事になったんです。
私はそれを聞いて、これだと感じました。
理想の家を建てるという彼の強い執念と思いが、
夢を叶える寸前で途切れてしまった。
そんな無念の魂が、
今もこの自分の夢だった応接間から離れらないで、時々来てしまうのである。
この家を注文した家族の連絡先は、教えてもらえなかったが、
私が、亡くなった彼を供養してあげたいと言うと、
中田氏は、快く彼の名前だけは教えてくれた。
というより、ぜひ彼を供養してあげて下さいと言ってくれたのである。
妻との思い出のバーカウンターを特注までして、そこに作った方は、
松沢三郎(仮名)という男性だった。
彼とは、打ち合わせで10回位会い、仲も良かったそうだ。
三郎さんとは、打ち合わせの後、何回か飲みに行ったという。
「三郎さんは、何を好んで飲まれていましたか?」と私。
「ブランデーが好きだったようです。」
家に帰り、
私がアドバイスしたのは、
■100円ショップか文房具屋で、
短冊か、短歌を書く細長い色紙を2つ買って来て、
1つには、松沢三郎様の霊と書き、
もう1つには、松沢三郎様の応接間と書いて、
その下に(7月○日まで)と書きます。
■バーカウンターの上にそれらを飾り、
お線香、お水、花を飾って下さい。
三郎さんが好きだったものも供えてあげます。
「三郎さんが好きだったものが分かりませんが・・」とご主人。
「それは分かっています。
バーカウンターでも分かる様に、お酒ですよ。
それもブランデーが良いでしょう。
奥さんと2人分のグラスについで、供えてあげて下さい。」
ブランデーは2日に1回は替えて、花は枯れかかったら替えて下さい。
水とお線香は毎日。
■今日から毎日、2週間、
「松沢三郎様、どうぞ、この応接間は今日から2週間、
貴方様のものです。ご自由にお使い下さい。
そして、2週間を過ぎたら、どうか私たちに使わせて下さいね。
2週間を過ぎたら、どうか成仏なさって、
よい来世をお迎えください。よろしくお願い致します。 」
2週間を過ぎたら、グラスは割って、紙に包み捨てます。
ご主人は、三郎さんと奥さんの夫婦風のグラスを買い、
高級なブランデーを買って供えたそうである。
その後、三郎さんの霊は出なくなったという。
最後に、建築業者の中田さんが言っていた事がある。
三郎さんとは、打ち合わせの後、
何回か飲みに行った時に、彼はこんな話をしてくれたという。
当時、奥さんはシングルマザーで、
重度のアトピー性皮膚炎に悩む娘さんと暮らしていたという。
そんな娘さんの治療費と、教育費と生活費の為に、
彼女は昼はスーパーで働き、夜はラウンジでバイトしていたという。
三郎さんは、そのラウンジで彼女に出会ったのだと。
彼女に一目ぼれした三郎さんは、何ヶ月もそのラウンジにかよい、
もうアタックの末、結ばれたんだと。
娘さんは、アトピーで痒く、手で引っかいたのか、
顔も所々赤く腫れて、可哀想なくらいだったといいます。
彼が、東京から、ここ木更津に引っ越したかったのも、
ここの自然と良い空気が、
娘さんの病気にプラスになると思ったからです。
その時、三郎さんが、彼女に、
こんなプロポーズの言葉をいったんだと、嬉しいそうに教えてくれたという。
あの思い出のバーカウンターで告白したんだよ。と。
「君の娘は、ボクの娘だよ、大切な宝だよ。
君と娘は、一生大事にするよ。
3人で、幸せになろう。」
END