●厚木市5歳幼児餓死白骨化事件




最近の事件で、


特に印象的だった悲しい出来事である。




神奈川県厚木市のアパートで5歳の男の子白骨化した遺体が見つかった事件で、


逮捕された父親が「いずれ衰弱死するという認識があった」と話し、


トラック運転手の斎藤幸裕容疑者(36)を逮捕した。


当時5歳の理玖ちゃんに食事や水分を十分に与えず、餓死させた。









事件は、置き去りにした父親が捕まり一件落着に見えるが、




占い師から見ると、


これからが、始まりとも言える事件である。








この事件が終わりではないというのは、


4人の幸不幸が、これから決まるという意味で、


ここからが一番大事と思えるからです。






その4人とは、



■まず、亡くなった理玖(りく)ちゃん5歳の魂である。


 この様に不幸にして亡くなった場合、残された遺族がちゃんと供養してあげないと、


 無事成仏の道を歩めない場合がほとんである。




■次に不幸の道を歩みそうなのは、りくちゃんを餓死させた36歳の父親である。


 息子を殺したという気持ちと、殺された息子の怨念がついてまわる。



■それから、りくちゃんの母親である。


 亡くなった時、彼女はそれを止められなかった立場にあったが、


 亡くなった今、終わりではない。


 りくちゃんの魂を救うべく、息子を供養してあげる事もしないと、


 不幸にして亡くなったりくちゃんの怨念が向かうとも限らない。



■最後に、もう1つ。


 それは、今回の事件とは関係ない人ではあるが、


 このりくちゃんが亡くなった部屋に次に住む人である。


 一応、貸主は、以前この部屋で餓死殺人事件があった事を、


 借主に言わなければならないが、


 そこは裏道がある。





 事件屋に頼んで、一週間だけ住んでもらうのである。


 そして履歴を綺麗にしてから、何も起きてないかのように、


 次の人に貸すのである。


 そんな部屋を借りるのは、もしかしたら、貴方かもしれない。


 いや、貴方の子供かもしれないし、貴方の孫かもしれない。


 多分こんな状況の部屋が日本中には他にもあるだろう。


 それぞれ色々なケースがあるだろうが、


 十分供養してから次の借主に貸してあげて欲しい。と願うだけである。







 


●まず、父親ですが、


刑に服する事が、けじめだとは思わないで欲しいと思います。


刑に服する=りくちゃんへの償いにはなりません




刑務所にいても、供養はできますので、


食事の時に、水とりくちゃん用の小さい小皿に、


食べ物を少しのせて、


あまり食べさせてあげなくて、ゴメンよ。」と言って、



自分が食べる前にあげて欲しいと思います。


そして、担当弁護士に頼んで、


小さい男の子の人形を買ってもらい、


りくと名付けて、一緒に寝てあげて欲しいと思います。


一人ぼっちにさせて、寂しかっただろ。ごめんよ。」と。



●また、お母さんも、もう終わった事だと思わず、


遺骨を引き取り、


これから自分が育てるつもりで、家にりくちゃんの仏壇を作り、


「お腹空いてたでしょ、いっぱい食べてね。」と言って、


やっぱり小皿に食事やミルクなどを供えて供養してあげて欲しいと思います。


「一緒に、連れていかなくてごめんね。


 これからは、お母さんと一緒よ。」と。




●あと、奇しくもりくちゃんが亡くなった部屋の様な所に、


知らないで引っ越してしまった場合、


何か変だ、何か気持ち悪い、


幽霊を見た、変な音や声がするなど、


部屋を借りてから不思議な事が起きる時、







まず、部屋を大掃除します。


そして、部屋の四隅や、トイレ、風呂に、盛り塩をして、(海の塩)


お線香の煙で、気持ち悪い部屋をいっぱいにし、


お水を供え、


「ここにいる不成物霊や地縛霊の方、


 どうか成仏なさって下さい。」と合掌し、


「南無阿弥陀仏」もしくは、「南無妙法蓮華経」を十回唱えてください。


部屋のカーテンやじゅうたん、家具類などは明るい色にして、


そして、何か観葉植物を飾ります。


当分は部屋を真っ暗にして寝ません。









最後に、


この事件で悲しくも餓死してしまったりくちゃんの


ご冥福をお祈りしたい。






最近の父親への事情聴取で、


りくちゃんの父親への最後の言葉があきらかになった。






ろくに食べ物を与えられず、


一度りくちゃんが外に出て、探すのに苦労したという理由から、


また出たら面倒くさい事になると思い、


ドアや窓に目張りをして、幼児の力では開けられない様にした父親。




しかし、りくちゃんの足はすでに栄養失調の為、


折れ曲がったまま歩くことなど出来ない体になっていたという。




多分、しゃべる事もやっとだったと思われる。


そんなりくちゃんが、


亡くなる最後の日に、ちょっと戻ってきて、また去っていく


自分を置き去りにする父親に向かって、


最後の最後に、言った言葉があきらかになっている。






5歳のりくちゃん最後の力を振り絞って、彼に言った言葉、



それは、


































パパぁだったという。


END