●どうか、孫を。




このお話は、昨日のブログ(勝手に開くドア)の続きです。




従って、昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-11323723324.html




を先にお読みください。


そしてから下をお読み下さい。
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彼女は東京の墨田区という所に住んでいて、


まだ、彼女が子供だった頃、当時、彼女のご両親が新築の家を建てて、


3年後のある日の事、彼女のご両親がふと、トイレに行こうと起きた。


時計を見ると、真夜中の2時12分だったという。


彼女の寝室とトイレの中間に、応接間があるそうだが、


突然、その応接間のドアが開いたというのだ。


応接間の電気を点けても、誰も居ないのである。


翌朝みんなにその事を話すと、すでに開きそうだったに違いないという風に言われた。


ところが、翌日もそしてその翌日も、応接間のドアは独りでに開いたのである。


これは幽霊のしわざではないか?


その応接間のドアには、普段は鍵をかける事になったのである。


それ以来、応接間のドアが独りでに開くという事は無くなった。


やがて、そのお爺ちゃんも亡くなり、35年の月日が流れた。


誰もが、あの不思議なドアの事を忘れかけた時だった。


昼間、家に来客があり、つい、応接間に鍵をかけるのを忘れてしまったのである。


すると、その日の真夜中、また、応接間のドアがひとりでに開いたのである。


35年前の奇妙な現象は、生きていたのである。ドアは、翌日も開いた。ひとりでに。


その後、家族会議になり、また応接間のドアには毎回鍵をかけ、


気持ち悪いので、応接間のドアを変えたらどうか。という問題が浮上した。


しかし、勝手に変えたら祟りがあるのではないかとか、


色々考えて末に、相談に来られたのだった。


当時、私も駆け出しで、さすがに原因は分からなかった。


ただ、「これは、霊現象でしょうか?」という質問に


私は、迷わず、「霊現象だと思います。」と答えた。


なぜなら、応接間のドアが、独りでに開いてしまうのであれば、


床が傾いているとか、何かしら偶然に開いてしまう原因はあるのかもしれない。


しかし、これが霊現象である、決定的な要素が1つだけあったのである。


それは、応接間のドアが開くのが、毎回、真夜中の2時12分なのだ。


霊現象だと断言出来ても、原因が分からなかった。


なぜ? 応接間のドアは自然に開くのか?そして、なぜ? それは真夜中の2時12分なのか?


結局、相談を頂けでも解決する事はできないまま、


謝り、お金を取らない代わりに、もし真相が分かったら教えて下さいと頼んで別れた。
























当時、私が彼女に言えた事は、


これは多分、霊現象である事。






そして、ドアが開くという行為はボルターガイストに入ります。


霊が物を動かすという行為には、2種類あり、


例えばカーテンや本のページがめくれるなど、風でも動かせる範囲のものであれば、


生霊が動かした可能性がありますが、


今回の様に、風では開きそうにないドアが開くのは、死霊が起こしたものです。


死霊というと、怖いイメージがあるでしょうが、


つまりは亡くなった人の霊という事です。



でも、私の少ない経験上で言わせてもらえば、


ドアが自然に開くというのは、そんな悪い霊では無いと思いますよ。


もし、貴方がたを怖がらせようとするなら、


怨めしやとお化けの姿を見せた方が効果があるはずです。



また、鍵をかけたら治まっているので、


そんなしつこい霊ではないでしょう。


生前は、常識があり、


人にそんなに迷惑をかけなかった人の霊の様な気がします。







そう彼女に説明しました。








実は、彼女には話さなかった部分もある。





それは、



100%確信が持てなかったので、


いたずらに彼女を怖がらせてはいけないと思ったからである。






彼女に話さなかった部分とは、







応接間のドアを開けた霊というのは、


もしかしたら、応接間である事を、


みんなに教えたかったのではないか、





そして、




大抵こんな場合、






応接間の下に、


死体が埋まっている場合が多いのである。





でも、断定は出来なかった。



断定が出来ない事を彼女に話したら、


きっと、彼女は家に帰った後、


応接間の下には死体が埋まっているかもしれないと、意識してしまうに違いない。


人によっては、気持ち悪くてもうそこでは暮らせないかもしれない。





従って、この部分は言わなかったのである。





それに、なぜ真夜中の2時12分にドアが開くのかも分からない。


この理由によっては、私の考えは大きく間違っているかもしれなかった。







こうして、


その真相らしき事が分かったのは、


相談を受けた日から、約15年の歳月を要したのである。









あの日から、15年過ぎたある日、


彼女から、どうしたらいいでしょうかと、


また相談の電話があったのである。







老朽化した彼女の家は、建て替える事になったのだ。



そして、


新しい家に建て替える途中で、




あの応接間があった部分の地中から、



2体の遺体が見つかったのである。






遺体は子供と大人とみられた。


遺体の持ち物と思われた懐中時計から、


二人は以前ここに住んでいて、戦時中に行方不明になっていた祖父と孫ではないかとなり、



事件性は無いとされた。





その後、祖父と孫の遺体は、無事彼らの子孫の元に帰った。





私は彼女に、


これも何かの縁ですから、


お水とお線香をあげて、


「長年、気が付かないでごめんなさいね。どうか安らかに成仏なさって下さい。」


と家族全員で合掌してあげる様にアドバイスした。





結果的に、やはり、


応接間のドアが開いたのは、


場所が応接間である事を教えたかったのではないだろうか。





そして、


残りの疑問である、


なぜ、毎回真夜中の2時12分だったのかという疑問も解けたのである。





2つの遺体の内、


子供の遺体が持っていた懐中時計を開けると、


裏ぶたに、愛する孫へと名前があり、祖父より。とあったことから、


祖父が孫に贈った懐中時計だと思われた。




そして、



その懐中時計が、2時12分で止まっていたのである。



多分、2人が空襲で亡くなった時間だったのだろう。







ここからは、


私の勝手な推測であるが、








当時、第二次世界戦争中、


自宅の床下などに、深い穴を掘って、


独自の防空壕を作った家も多かったという。







そんな時、空襲のサイレンが鳴った。



「ウ~ 」








じいじい、怖いよう。」




「大丈夫だよ、こっちへおいで、


 じいじいが、必ず守ってあげるからね。」





二人は、急いで予め作っておいた自作の防空壕に非難して抱き合った。





「じいじい、怖いよう。」



「じいじいが、命をかけて、守ってあげるからね。


 安心してここで眠りなさい。」





その後、


空襲の爆弾はこの家を直撃したのだろう。


そして、その後の爆弾で穴が埋まったのかもしれない。





その後、他人がその土地を買い、


誰にも知られず、埋まったままその上に家が建ってしまった。


さぞ無念だっただろう。







そんな時、お祖父さんは、


こう願ったに違いない。




「ワシの遺体はどうでもいいんです。




 どうか、


 どうか、孫の遺体だけでも見つけてやって下さい。」と。






そんな時、


見ず知らずの他人にどう説明したらいいか。


黒焦げで姿形も分からない孫を、どう説明したらいいのか。


その唯一の証は、燃え残った懐中時計だったでしょう。







「孫は、2時12分の時計を持っています。」




「どうか、孫を見つけてやって下さい。」と。




「2時12分の子が、孫なんです。」








「大丈夫だよ。



 じいじいが、


 命をかけて、守ってあげるからね。」