●さよならじゃなかった、さよなら。
このお話は、一昨日のブログ(●数奇な運命)の続きです。
従って、一昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-11178395390.html )
を先にお読みください。
そしてから下をお読み下さい。
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今日お話しする男性は、数奇な運命を経験した依頼者でした。
父親は商社に勤めていて、何不自由の無い暮らしだったといいます。
小学校では友達も沢山出来、毎日楽しい学校生活だったそうです。
そんなある日、いつもの帰宅時間になっても母親が帰ってきません。
やがて日が落ち、母は元気なさそうに遅くに帰宅し、
母はキッチンのテーブルに伏せっています。
そして、いつも今頃までには帰ってくるお父さんも帰って来ません。
「ねぇ、パパは?」すると、母親の口から衝撃的な言葉が出たのです。
「パパは、ソ連に行っちゃった。」と言ったのです。
そして翌朝起きると、居間になにやら沢山の荷物があるのです。
「これから大阪に行くよ」
ただ母は「危険が迫っているから、ここに居ちゃいけないの」というだけなのです。
こうして、私と母は逃げるように、その日の内に大阪に行ったのです。
やがて月日が経ち、私は中学生になっていました。
ここ最近、母が明るくなったなぁ、と思っていた時です。
なんと、父が帰って来たのです。父は少しやつれていましたが、元気でした。
どうして突然ソ連に行ったのか、どうして大阪に引越さないと行けなかったのかを聞いたのですが、
父はただ「仕事だった、ごめんな」というだけででした。
こうして、また東京の町田で暮らしていた時の様な家庭が復活したのでした。
やがて、時は過ぎ、私もアパレルメーカーに就職して3年が経った時です。
東京に新たに出店するということになり、私も東京に転勤になることになったのです。
東京での住まいを決める事になった私は、色々とアパートを探しました。
そんな時、ふと、昔を懐かしく思い、
小学校を過ごした町田に仮住まいを持つ事にしたのです。
そこに住み始めて、丁度半年過ぎようとしている時でした。
私は会社帰りにはスーパーによって食材を仕入れて帰るのが常となっていました。
私は仕事がら、そのスーパーにも制服の営業に回らせてもらいました。
その時、スーパーの社員の冬美さんという方と顔見知りになりました。
その後、何回かスーパーで冬美さんと偶然出会い時があり、
そんな時は、軽く会釈をしてくれたり、
会社の帰りだと、「お疲れ様」と言ってくれたりしました。
1人暮らしの私にとって、労いの言葉をかけてもらえるのはとても新鮮でした。
いつしか、私はまた偶然会えるかという期待の為に
スーパーに行っている自分がいる事に気が付きました。
私は彼女が指輪をしていない事を確かめると、
思い切って食事に誘ってみました。すると、火曜日ならという返事を頂いたのです。
その時の食事の味などは、覚えていない程です。
その時の話で、現在彼氏がいない事。歳は私より2つ下である事。
そして、彼女の父親は、ガンの再発で入院されていました。
そんな事もあり、彼女は大学に行かず、地元のスーパーに就職したのだそうです。
彼女を見ていると、守ってあげたいという気持ちが沸いてきました。
スーパーの仕事が終わった帰りに寄ってくれ、度々夕食を作ってくれました。
私達は愛し合いました。
ふたりでのクリスマスが2回過ぎた時、彼女が妊娠している事がわかりました。
私に迷いはありません。「結婚しよう」
結婚式は、お互いにあまりお金をかけられないという事情もあり、
こじんまりと、近くの教会で行う事になりました。冬美とは既に籍を入れていました。
全てが順調にいっていると思われた結婚でした。
ところが、ある日、冬美から、1本の電話が来てから運命が暗転したのです。
「貴方のお父様の名前を教えて?」と言うのです。
私が答えると、彼女は力なく「そう。じゃあ」と言って切ったのでした。
それから程なくして、冬美のお父さんから電話が来たのです。
「娘との結婚は許さない」
私は何度も冬美さんに電話したのですが、彼女は、
「父はもう長くないの、なるべく一緒にいてあげたいから、
もう少し時間を下さい。」と言うだけでした。
ところが、ある日突然会社に電話があり、今すぐ病院に来て欲しいというのです。
あれだけ私には会いたくないと言っていた冬美の父親が、私に会うと言うのです。
すぐに病院に駆けつけ、私が病室に入ると、
お父様は、周りに居た全員を外に出し、私と二人きりになりました。
私が近くに寄ると「娘と結婚する事は許さない。
娘を返してくれ!」と言い出し始めました。
それは覚悟はしていましたが、私がショックだったのは、
彼は私の父の事を話始めたのです。それは今まで知らなかった父の事でした。
とても信じられない事でしたが、今から当時の事を思い出してみると、
彼が言った事もつじつまが合うのです。
大阪に引越してからも、毎月必ず母か祖母が度々東京に行っていたようでしたし、
父が商社で働いているのに、なぜ、母がパートをして働かなければならなかったのか?
なぜ、東京にいると危険で、大阪なら安全だったのか?
父は会社の為にソ連まで行ったのに、なぜ東京の会社をクビになったのかも
ずっと不思議に思っていた事だったのです。
私は家に帰ると、直ぐに大阪に電話して、
今日冬美のお父さんが言った事が、はたして本当の事なのか確かめました。
すると、母は、彼が言った事はすべて本当の事だと言ったのです。
母は全て私の為だったと言って、電話口で謝りながら泣いていました。
この二日後、冬美のお父さんは亡くなりました。
私への恨みの念を抱きながら・・・
私は彼が死に際に言った言葉が忘れられずにいましたが、
やがて、たびたび夢の中にまで彼が怖い顔をして出て来て、
「娘を返せ!」と言って来るのです。
私はこれから一生、
冬美さんのお父さんの恨みの念を受け続けなければいけないのでしょうか?
どうか助けて下さい。
そういう相談であった。
私も当時、彼の話を聞いて、
こんな偶然もあるのかと、驚いて聞いていました。
彼が、病室に呼ばれて、
亡くなる寸前の冬美さんのお父さんに聞いた事、
それは、彼の想像を絶する過去だったのです。
「君のお父さんは、
私の娘を、車で轢き殺したんだ!!」
「そ、そんな事・・・」
「本当だ、刑期は約5年
だから、お父さんは5年後に君の家に戻ったはずだ。」
父は、ソ連になんて行ってなかったのです。
人を轢き殺してしまい、
ずっと交通刑務所に入っていたのでした。
毎月、母か祖母は父の日用品などの指し入れと面会に行っていたのです。
だから父が刑務所に入り、収入が無くなったうちは、
母がパートに出たのです。
しかし、
私に隠していた事で、
両親を責める気持ちにはなれませんでした。
なぜなら、
父が車で轢き殺してしまった冬美さんのお姉さんは、
当時、私と同じ3年生で隣のクラスの子だったのです。
母は、私が、
きっとそのうち、人殺しの息子と噂され、
また、自分の父親が女の子を殺したという事で、
辛い学校生活を送るだろうと、危惧したのです。
だから、翌日から私を大阪に連れてったのです。
今から思えば、
あの日、学校が半日になったのもその事故が理由だったのかもしれません。
冬美さんのお父さんは、静かに聞いている私に、
最後に、今まで冬美さんがどんなに苦労したか、
どんなに辛い人生を歩んできたかを語ったという。
彼は話しながら、泣いていました。
やがて、看護婦が入ってきて、
私は有無を言わさず外に出されると、続けて医師が駆け込んでいった。
話を聞き終わると、
私は一言だけ彼に聞いた。
「冬美さんのお父さんは最後に、貴方に何かいいましたか?」
「いえ、自分が一方的に話して終わりました。
というか、私はショックで何も話せませんでした。」
「じゃあ、彼は話しながら、泣いて終わったのですね」
「はい」
私が彼にアドバイスしたのは、
まず、亡きお父様が好きだったものを冬美さんに聞いて、
それを時々仏壇に飾ってあげる事。
そして、1ヶ月間毎日心を込めて、
「冬美さんのお父様、私は父がした事は知らなかったのです。
父がしたとはいえ、どうもすみませんでした。
冬美さんを幸せにいたします。どうか私達の結婚をお許し下さい。」
それと同時に、お父様が一番気がかりだった事である
若くして亡くなった娘さんの供養をしてあげてください。
「安らかに成仏して下さい、そして幸せな来世に生まれ変わって下さい」
と二人同時に供養してあげるのです。
2人なので、お線香は2本点けてあげて下さい。
それから大事な事は、
亡きお父様に供えた物は、貴方が食べてあげる事です。
だから、食べれる範囲で仏壇からそれを降ろし、
また新しい物を供えてあげて下さい。
通常、本当に知らなかったという誤解や間違いの場合、
この方法で、大概の事は許してもらえるだろう。
亡くなった霊は、
それが真実であれば、心から訴える事により
ちゃんと受け入れてくれる場合が多いのである。
それから3週間ほど経った時、
彼から電話がありました。
なんと、冬美さんと暮らしているだけでなく、
冬美さんのお母さんが、淋しくならないようにと、
3人で暮らしているという。
「それは良い事ですね」と私。
そんな彼は、嬉しそうに、
「夢に、冬美さんのお父さんが出てきたんです。
少し笑顔になっていて、何も言わなかったけど、
静かにお辞儀をして消えたんです」
「そうですか、良かったですね」
「はい。ありがとうございます。
これで彼の呪縛から解けたのですね」
「そうですね。
でも・・・・」
「でも、何ですか?」
「でも、
私には、
彼女のお父さんが病室で、貴方に言った言葉が、
なんか逆の意味に、聞こえるんですよねぇ」
「逆の意味って?」
「彼女のお父さんは、最後の賭けに出たんじゃないでしょうか?」
「なんに賭けたんですか?」
「貴方に、賭けたんだと思いますよ」
「わたしに?」
「そう。
父親に結婚を反対されたくらいで、貴方が直ぐにあきらめるなら、
娘への愛情もその程度だったのです。
それなら娘から去って欲しい。
私にはそう感じられるんですよ」
「もし、本当に貴方の事を憎んでいるのなら、
死ぬ直前に会ったりしないと思うんです。
もし、貴方が乗り越える様な人だったら、
最後に一目会っておきたい。
そう思ったんじゃないでしょうか。
貴方が本当に冬美さんを、真に心から愛しているのなら、
きっと、自分の言葉を乗り越えて行くだろう。と。
だから、
彼は最後に、
貴方に冬美さんの苦労話もしたんだと思います。
それはまるで、
こんな娘ですがどうかよろしく。と言っている様に聞こえるんですよねぇ」
「そんな事って・・」
「いや、本当に嫌いだった人の前で、
大の男が泣くでしょうか?
私には、彼の本当の気持ちは逆だった様な気がするんですよ」
それは、
ひとり残してゆく娘の為の、
父親なりのさよならの言葉だったのかもしれません。
冬美は小さい頃に、大好きだったお姉さんを失い。
その後、私が体調を悪くして入院してしまった。
大学に行くのをあきらめ、働き始め、
そして、今、私がいなくろうとしている。
今まで悲しい事ばかりで、何一つ良い事など無く、
ひとりで家庭を支えて来てくれた冬美よ。
お前の幸せを見届けられないで逝く父を許しておくれ。
だから、
だから・・・・
そんな娘を、
娘を、
冬美を、幸せにしてやって下さい。」
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END