●数奇な運命



事実は小説よりも奇なり


ということわざがあります。





これは、


現実の世界で起きた事の方が、


創作された小説よりも不思議で奇妙な事が多いという意味です。







そして、


今日お話しする男性も、


そんな数奇な運命を、経験した依頼者でした。











彼の名前を仮に吉岡さんとしておきましょう。






吉岡さんの身の上に、


どんな数奇な運命が降りかかったかを話すには、


彼が小学校の低学年だった時まで、話をさかのぼる必要があります。











彼は東京の町田という所に、


父親と母親との3人で暮らしていました。




父親は商社に勤めていて、


生活は中の上という感じで何不自由の無い暮らしだったといいます。



小学校では友達も沢山出来、毎日楽しい学校生活だったそうです。



父親は毎日曜日には、彼と母を連れて色々な所に連れて行ってくれたといいます。








そんなある秋の日、


いつもの様に、まず父親が会社に出勤します。



「じゃあ、行って来るから」



「いってらっしゃい」



続いて彼が学校に登校します。



「行ってきまーす。」







しかし、


極普通の幸せだった生活も、この日のこの瞬間までだったのです。











その日は珍しく学校が半日で終わったので、


いつもよりも早く帰宅しました。




ところが、


何度家のベルを鳴らしても母親が出てきません。





「きっと、ボクが早く帰るのが分らなかったから、


 どこかに買い物へ行ったのだろう」




そんな事を思いながら、


アパートの玄関の前で座って待ちました。






しかし、


いつもの帰宅時間になっても母親は帰ってきません。








やがて日が落ち、


隣の家から美味しそうなカレーの匂いがしてきました。





耳を澄ますと、


テレビの笑い声などがします。




「お母さん、どうしたんだろう」



そう思って悲しくなった時でした。







アパートの一階から誰かが登ってくる足音がします。







母でした。




「お母さん、どうしたの?」



すると、母は元気なさそうに、


「ごめんね。お腹空いたでしょ」


そう言って、玄関を開けると、


コンビニで買ってきたサンドイッチをビニール袋から出したのです。




母が夕食をコンビ二で買ったもので済ますなんて、初めての出来事でした。






小学生の彼にとって、


母親が遅くに帰宅し、


夕食がコンビニのサンドイッチというだけでも衝撃的でしたが、





そんな彼に、


更なる衝撃が、襲ってくるのです。












彼が夜、テレビを見ていると、


普通なら、「そろそろ寝なさい」と言ってくる母が、


何も言ってきません。






見ると、母はキッチンのテーブルに伏せっています。



そういえば、


お父さんの食事も作っていない!!






というよりも、



いつも今頃までには帰ってくるお父さんが帰って来てない!!








どうしたんだろう?



なんか、いつもと違う。






彼は母親に、聞いてみました。




「ねぇ、パパは?」





すると、


母親の口から衝撃的な言葉が出たのです。











「パパは、ソ連に行っちゃった。」と言ったのです。



「ソ連?」







当時、ロシアはまだソ連と呼ばれていました。






「ソ連ってどこ?」




しかし、母はそれ以上話してくれませんでした。






そして翌朝、




彼の身の上に、



最大の衝撃が襲ってきます。














朝起きると、


居間になにやら沢山の荷物があるのです。






母はボサボサの髪に、やつれた目をしていて、


子供ながらに、母親は寝ていなかったのではないかと思ったそうです。







そして母から衝撃的な言葉が出たのです。




「これから大阪に行くよ」



「大阪?


 学校は?」





「大阪の学校に転校するのよ?」




「えっー!!


 なんで、なんで?」







大阪には母の実家がありました。


夏休みに何回か行った事がありました。






もう、とにかく衝撃的な事ばかりで、何がなんだか分らなくなりました。





ただ母は、


危険が迫っているから、ここに居ちゃいけないの」




というだけなのです。







なぜパパは、急にソ連に行ったのか?



なぜ危険が迫っているのか?






「パパはいつ帰って来るの?」と聞いても


母は分らないというだけでした。









こうして、私と母は逃げるように


その日の内に大阪に行ったのです。







私は大阪に行ってから、しばらくは家にいましたが、


やがて大阪の小学校に転入手続きがされ、


転入生として学校に通うようになりました。





子供心ながら、


「きっと、東京の友達は


 どうして急にボクが居なくなったか、


 どうして何も言わずに居なくなったって噂しているだろうなぁ」


と思ったものです。






それは、まるで


父親が私の前から居なくなったのと似ていました。










子供は環境に慣れるのが早いようです。


3ヶ月もすると、私も大阪の小学校に慣れて友達も出来ました。




母は、大阪ではパートをして働き始めました。



しかし、父はソ連に行ったままでした。










やがて月日が経ち、


私は中学生になっていました。






ここ最近、母が明るくなったなぁ、と思っていた時です。











なんと、







































父が帰って来たのです。












父は少しやつれていましたが、元気でした。




あまりの衝撃に、当時声があまりでず、


「あっ、お、お、お父さん?」


と突然の父親の帰宅に、ただただ私は驚くばかりでした。





その後、どうして突然ソ連に行ったのか、


どうして大阪に引越さないといけなかったのかを聞いたのですが、



父はただ「仕事だった、ごめんな」というだけでした。





その後父も、大阪に転勤になったと行って


また一緒に暮らすようになったのです。







こうして、また東京の町田で暮らしていた時の様な家庭が復活したのでした。














やがて、時は過ぎ、


私もアパレルメーカーに就職して3年が経った時です。






東京に新たに出店するということになり、


私も東京に転勤になることになったのです。







東京での住まいを決める事になった私は、


色々とアパートを探しました。








そんな時、


ふと、




昔を懐かしく思い、



小学校を過ごした町田に仮住まいを持つ事にしたのです。






そこは昔通った小学校が歩いてすぐの所でした。


「もう昔の友人は、ボクの事など覚えていないだろうな」


私は少ない当時の思い出を懐かしく思いました。






そこに住み始めて、丁度半年が過ぎようとしている時でした。









運命のいたずらが、


過去を連れてやって来たのです。









後半は、明日のブログに続く。