●2つの折り鶴


このお話は、昨日のブログ(●お百度参りの 本当の意味)の続きです。


従って、昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-11060148636.html


を先にお読みください。



そしてから下をお読み下さい。
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私の友人の父親が、脳溢血で倒れた時の話です。


父親はすぐに救急車で運ばれ、緊急手術が施されました。


彼は、父親が助かるように、近くのお稲荷さんにお百度参りの願掛けに行ったのです。



「どうか、父が助かりますように、


 後遺症が無いように、助けてください。


 どんなお礼でもします。助けて下さい。お願いします。」


手術は無事成功していました。


それらしい後遺症も出ず、一週間で退院できるようになりました。


ところが、お父様が家に無事帰宅した日から、1ヶ月程たった頃でしょうか。


家の屋根裏か、屋根の上か、天井で不思議な足音がするようになったのです。


そんな事が、決まって夜の7時頃に1ヶ月も続いたといいます。


その音が、ぱたりと止む時が来ました。あの音は何だったのだろうか?













私は、丁度この頃、彼からその話を聞いていましたが、


彼が明るく話すもんですから、


内心、隣のガキが屋根の上に石でも投げたんだろと思っていました。









ところが、



翌日、彼の娘さんが、突然倒れたのです。


狭心症の疑いありという事で、緊急入院となったのでした。



私はそれを聞いて、友人に言いました。



「不思議な音が止んだ次の日に、娘さんが倒れたというのは、


 偶然じゃないかもしれないぞ。」




そこで、


詳しい話を聞きに、私も病院に駆けつけました。




まずは、


あの不思議な音について詳しく聞きました。



音は、人か動物が歩くような音だったといいます。




不思議なのは、その音が決まって7時半頃に鳴るという事でした。





彼の家は新築で、築12年


音が鳴り出したのが1ヶ月までからですから、


土地がらみや、前の持ち主の因縁ではなさそうです。




1ヶ月前付近にあった変わった出来事と言えば、


彼の父親の病気だけでした。


他に心当たりは無いといいます。


音を出しているのが、霊だっとすれば、


その霊を突き止める事が重要だと思いわれました。


なぜなら、音が止んでから娘さんが倒れたという事は、


娘さんが倒れたのが霊障の可能性があったからです。


しかし、いくら考えても、音を出している霊の姿が浮かんできません。







私達は、すっかり行き詰ってしまいました。







ただ、病院で、


時だけが空しく過ぎていきます。










その時です。




彼が急に立ち上がって、


ある驚きの言葉を、言ったのです。









それは、





「妹の手術がうまくいくように、


 また、この近くにある稲荷に、お百度参りに行ってくるよ。」


と言ったのです。





私はそれを聞いて、思わず彼に聞き返しました。





また


 今、またって言った?」





「ああ、言ったよ。


 また、お百度参りしに行ってくるよ。」



「もしかして、お父さんが手術した2ヶ月前にも、お百度参りしたって事?」



「そうだよ。


 この前、祈願したら、手術が成功したんだ。


 偶然かもしれないけど、またお願いしてくるよ。」





「ちょっと待って!!!、


 お百度参りして、


 手術が成功して、


 そのお礼は、当然行ったんだだろうねぇ?」




「えっ、お礼って?」



「君の父親を助けてもらった お礼だよ。


 稲荷にお百度参りして、お願いしたんだよね。


 お礼してないの?」





すると、彼は、


お百度参りはしたが、その御礼はしていないという。





私は彼に説明しました。


例え相手が神であろうと、


何かしてもらったら、御礼が必要である事を。


そして、多分、あの不思議な足音


お稲荷様の使いの警告の足音だった可能性があるという事を。




しかし、




当然かもしれませんが、


彼はお稲荷様がそんなお礼が無いからといって、


そんな音で脅かしたり、


娘を病気にしたりするとは考えられないと言うのです。



挙句の果てには、証拠でもあるのか?というのです。









私も説明に困ってしまいました。







霊は見えないものです。


ましてはそんな見えないものを証明する証拠など示せるはずがありません。











しかし、


娘さんの事を考えると、一刻も早く対処が必要でした。





いったい、どうしたら分ってもらえる・・・・











私は、もう一度ゆっくり、今までの出来事を思い浮かべました。




彼の父親が倒れ、


彼がお百度参りに行き、


お礼をしないで1ヶ月、


天井に不思議な音が・・・毎夜





その時、ある事に気づいたのです。






私は彼に聞きました。







君の父親が助かった時、



君もこの病院に居たんだよね!



「ああ、居たよ。」


「それは、何時だったんだい?


 つまり、


 君の親父さんが助かった時間は何時だったんだい?」






すると、彼は、震えながら、言った。





「夜の7時半だ・・・」




彼は気づいたようでした。




そうです。


父親がお百度参りで助かった時間と、


毎夜自宅で起きた音の時刻が同じ7時半で、一緒だったのです。






「よし、お稲荷様にお礼に行くぞ!!」



私達は、途中売店によると、とりあえず、お酒とお米を買い、


お稲荷さんに供養とお礼と謝りしに駆けつけました。


その後、御神体を受け、正式な供養とお礼を行いました。









そして、娘さんは無事退院し、


今は何事もなく生活しています。









私も当初、神様にお礼をしない事で、報いが来るという事が驚きでした。



しかし、考えてみれば、


それは神に限らず、


万物に共通して言える原則なのかもしれません。





例え、夫婦になった仲であっても、


夫は、妻に毎日食事を作ってもらうのに慣れてしまって、


感謝する事を忘れているかもしれません。


まるで、毎日食事作ってもらうのが当たり前の様になってはいないでしょうか。


妻も、夫が毎日働いて養う事が当たり前の様になって、感謝する事を忘れているかもれません。


子供は、親が毎日食事を作ったり世話してくれるのが当たり前だと思っていないでしょうか。



私も昔、同じ感じでバレンタインデーに失敗した苦い思い出がありました。
(●返ってこないバレンタインのおかえし http://ameblo.jp/hirosu/day-20100215.html





何かしてもらったら、感謝し御礼をする。


それは神であっても例外では無かったのです。


今回は、命を助けてもらうという願いだったので、報いも命がかかっていました。


多分それが、大学の合格祈願であれば、


合格後に、ちゃんとお礼をしないと、


その後、大学で苦労したり、


就職に合格しなかったりというその後の困難がやってくるかもしれません。



また、


滅多にいかない遠くの場所での祈願では、


大きな事をお願いしない方が良いかもしれませんね。




お百度参りに限らず、お参りや祈願の本当の意味らしきものが、


貴方に何となく伝われば、幸いです。




そして、私が思うに、


お礼は、感謝の気持ちが十分に示されていればいいのです。



気持ちがこもっていれば、


そのお礼が、やってもらった事に見合ったものでなくてもいいのです。


今の自分に出来る範囲で、感謝の気持ちを伝えればいいのです。






最後にこんなお話を。







戦後間もない頃のお話です。





太平洋戦争が終結した直後、日本は闇市などが横行し、


混乱の世の中を迎えていました。







ある病院の入り口に、


7歳位の坊やが、壁にもたれかかって、ぐったりしていました。





その坊やは、看護婦さんに財布を渡して言いました。


「このお財布の中に、お金が入っています。」




看護婦が、坊やから財布を受け取り、


中を見てみると、


なんと、


小さな折り紙が、2枚入っているだけではありませんか、




きっと、


病気になった子を、診て貰うお金が無くて、


病院の前に捨てていったのだと、看護婦は思いました。


当時、同じ様な事があちこであったようです。




そこへ、院長先生が出て来ました。



「どうしたの?」




「この子ですが、


 ここに置き去りにされたようなんです。」




当時、院長は戦争で、同じような歳の子を失っていました。


だから、人ごととは思えませんでした。



「診察室へ運んであげなさい。」



「いいんですか? お金無いみたいですけど?」



「ああ、いいよ」







しかし、


ちょっと診察しただけで、


この子はもう長くないと分りました。




肺結核と肺炎を併発しているような病状だったのです。



それでも彼は、


その子を亡くなった自分の息子だと思って、


痛み止めや、栄養がつくものを出来る限り摂取できるようにしました。



坊やは長い事、いい物を食べていない感じでした。


咳をしながらも、美味しい美味しいと出された物を食べました。




看護婦達は、「ひどい親もいたもんだよねぇ!


ロクなもん食べさせて無かったんじゃないの!


あんな幼い子供を病気になったからって捨ててくなんて、鬼だわ


こんな酷い事をする親の顔が見てみたいわね!!」と話しています。






そんな坊やは、1週間頑張りましたが、


体力はもう限界に近かったのです。




とうとう今日になっても、


その子の母親は一度も、息子を見舞いには来ませんでした。


きっと、来れば、息子を引き取るように言われて、


二人とも追い出されると思ったのでしょうか。





それとも、看護婦達が言っていたように、


病気になって足手まといになり、ゴミの様に捨てられたのでしょうか。






彼は、坊やがいっこうに見舞い来ない親を、


どんなに憎んでいるかと思うと、不びんに思いました。



母親に捨てられ、


母親を憎みながら死んでいくのが可哀想でした。







その時です。





看護婦さんが、部屋に飛び込んで来ました。






あの坊やの病状が急変して、危篤状態だと言うのです。




彼が坊やの所に行くと、


もう虫の息でしたが、


ようやっと、先生に気がつくと先生の方を見て、


ポッケから、何かを取り出して、


先生の手のひらに乗せました。






それは、


あの折り紙で折った、2つの小さな鶴でした。



普通の人から見れば、ただのゴミかもしれない小さな折り鶴でした。



しかし、


先生は知っています。


その折り紙は、母親から貰った唯一の


大切な、大切な最後の折り紙である事を。


坊やは、小さなかすれる声で言いました。





「先生、今までどうもありがとう。


 こんなお礼しか、ボクにはできません。


 先生が、どうか幸せになりますよにって願って折りました。」



先生はそれを受け取ると、


「そうか、そうか、


 ありがとう。


 大事にするよ。」



先生は知っていたのです。


坊やはもう殆ど見えない目で、頑張ってこの小さな鶴を折ったのだと、


見えない目で、一晩中かかって折ったのだと。


そして、坊やは、最後にこう言ったのです。



「もう1つの鶴は、


 母さんにあげてください。


 産んでくれてどうもありがとう。って。


 ボクは幸せだったよ。って・・・」




そう言って、息をひきとったのです。






この子は、母親を憎んではいなかったのです


少しでも、そんな事を考えた自分が恥ずかしく思えました。





坊やの最後に一言を聞いて、先生は確信したといいます。



坊やは捨てられたんじゃない。


きっと、捨てられたじゃないんだ。と







先生は、坊やが亡くなった日、


無名の共同墓地に埋葬後に病院に帰ってくると、


病院の坊やが捨てられていた場所に、


坊やが着ていた服と、鶴の折り紙を置いておきました。






看護婦さんが、


「先生、そんな汚い服!
 
 病院の前に置いておかない方がいいですよ!」と言うと、




先生は、



「いいんだ、


 いいんだよ。約束したんだ。」


そう言って、部屋に入って行きました。










やがて、



日が暮れかかり、








人通りが少なくなった頃です。











人目をはばかるように、



1人の足の不自由な、貧しい身なりの女の人が、





片足を引きずりながら、その汚い服に近づいてきました。






そして、



折り紙の鶴を見るやいなや、涙を流し、



病院に向かって、3回丁寧にお辞儀すると、


坊やの服と折り紙の鶴を、大事そうに胸に抱えて去って行きました。






それを窓の影から見ていた先生は思ったそうです。


多分、あの母親は、


毎日どこからか、坊やの様子を見ていたに違いない。


きっと


最後に一度だけ、


最後にたった一度だけでも、


坊やに、美味しい物を食べさせてあげたかったのかもしれない。と。



そして、


坊やは小さい鶴となって、


また母親の元に帰っていったんだと・・・