●最初で、最後のクレヨンセット
このお話は、昨日のブログ(●しゃべる絵画)の続きです。
従って、昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-11036514418.html )
を先にお読みください。
そしてから下をお読み下さい。
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私の知り合いの大山さんから、
不気味な相談が持ち込まれた。
「実家の家に置いてある絵画が、しゃべるみたいだ」というのだ。
その地下室から、
夜中になると、
なにやら、うめき声か、「・・して」という様な声が聞こえるというのです。
その声は地下室の奥の方から聞こえたので、
奥は絵画しか置いていないことから、
絵画がしゃべったのではないか、という推測になったという訳です。
私達は、彼の母親の家の最寄の駅で待ち合わせて行く事になったのです。
私は、家に着くと、
まず、庭を見せてもらった。
それは綺麗な庭だった。
手入れも行き届いており、
色とりどりの花が咲いていた。
そして、遠くに問題の池もあるようだったが、途中に家が建っていて、
ここからは見えない位置にあった。
まず、池で亡くなった男性の霊は関係ないだろう。
人は、
見えない物をどんどん想像で、
怖い物にしていってしまう所がある。
さっそく、
私達は、問題の地下室へ入る事になった。
6畳くらいの細長い部屋だった。
美術品が数多く置いてある。
奥の方が問題の絵画類が置いてある。
突然、大山さんが、
「壁の中に死体が埋め込まれているとか、
この地下室で昔殺人があって亡霊がいるとかじゃないよね。」
と不安そうに聞いてきた。
私は、
「違うと思いますよ。」
「なぜ、そう言えますか?」
と大山さんのお母さん。
「もし、昔ここで殺人があって、亡霊がいたり、
壁の中に死体があった場合、
きっと、ここに住まわれた20年前から、
おかしな事があったと思います。
でも、声が聞こえだしたのは、
2週間前からですからね。
だから多分、違うと思います。」
「なるほど。」
「常識から考えると、
この地下室に、
ここ1ヶ月以内に運び込まれた物が怪しいですね。
ありますか?」
すると、大山さんが、
「一ヶ月前ですか、
えーと、
そのドア付近にあるアール・ヌーボーの花瓶2点と、王朝の柱時計。
それと、
奥の絵画類です。」
「という事は、
奥の絵画類が一番怪しいという事になりますね。
みてみましょう。」
奥にあった絵画類の内、
1ヶ月以内に仕入れた物は12点あった。
しかも、
その12点、全部がある作家の物だったのだ。
「これらは、いつ買ったのですか?」
「3週間前だったと思うよ。」
その作家の絵はサインが変わっていた。
普通サインは英語で書く場合が多いのだが、
「富○」という感じのサインがしてあった。
母親がつけてくれた名前を書くというポリシーがあったという。
「亡くなったのですか?」
「うん、2ヶ月前に心臓発作で亡くなったんだよ。」
「亡くなってしまった人の絵でも売れるですか?」と聞くと、
「皮肉なことだけど、
亡くなってから売れるようになるケースは多いんだよ。
例えば、
「ひまわり」を描いた、ゴッホも、
生前は、わずか2枚しか売れなかったんだよ。」
「なるほど、希少価値になる訳ですね。」
一応、
その12枚の絵を、並べて見せてもらった。
そして、1つ1つよく見ると、
真ん中の女性が描いてある絵だけが、やけに気になった。
「この女性の絵、すごく良く出来ていますね。
この絵だけ、
他よりも丁寧に描かれている様な気がします。」と私。
「ボクもその絵が一番、良く出来てると思ったんだ。
でも、作者の方が、いつまでたっても、
未完成だと言い張って、今まで売ってくれなかったんだよ。」
「その絵が、なんでここにあるんですか、
完成したのですか?」
「いや、亡くなったので、家族の人に売ってもらったんだよ。」
「すると、完成した訳ではないのですね。」
「ああ、でも、
どう見ても、完成品だろう。どう?」
確かに、
素敵な絵で、完成していると思える。
しかし、
私は、作者が最後まで、
描きかけで未完成だと言っていたその女性の絵を、
彼の元に返す事を、大山さんに勧めた。
人は、亡くなった時、
未完成だったものに、執着をみせる時があるのだ。
もしかしたら、
「返して!」という願いの声だったのかもしれない。
大山さんは、最後まで
「完成していると思うのになぁ」と言いながらも、
その日のうちに、
画家の家に返しにいった。
それ以後、
地下室から不思議な声もしなくなったという。
後日、
大山さんは、この絵の作者の事を私に話してくれた事があった。
ある日、
デパートで展示会の用意をしている時に、
突然声をかけられて、
「自分もこのデパートに展示して欲しい」って言って来てね。
それ以来のお付き合いなんだよ。
彼は、捨て子だったんだ。
3歳の時、孤児院の前に置き去りにされたんだそうだよ。
18歳になる頃までは、
貧乏と孤独から、
随分、自分を捨てた母親を憎んだそうだよ。
「大山さん、自分の誕生日がいつだか分りますか?」って聞かれた事があってね。
規定で、ここでは拾われた日が誕生日になるそうなんだ。
だから、いつも誕生日が来るたびに、
自分が捨てられた事を思い出したそうだ。
でも、
結婚して、
自分が描いた絵が少しづつ売れるようになった時、
考えが変わったそうなんだ。
今こうして絵を描いて暮らしていけるのも
母親が産んでくれたからだと・・・・・
幼い頃の記憶は3つあって、
それは、
お金が無くて、
母親と、よくデパートの地下で試食品を食べ歩いていた事と、
幼い彼に、母親は唯一、
「お前は、絵がうまいね。」と誉めてくれたこと。
そして、
最後に孤児院の前で別れる時、
最初で最後に、
一番高い、金色が入ったクレヨンのセットを買ってもたせてくれた。事だそうだ。
クレヨンの箱の裏には、
「富○へ 母。」と書いてあったという。
笑えるでしょ。
当時は、金色が入ったクレヨンは珍しくて、
それを、他の子に自慢しながら、
迎えにくるはずのない母親に見せるんだって、
沢山絵を描いていたそうですよ。
その後、
私は、母親が唯一誉めてくれた、
「お前は、絵がうまいね。」という言葉だけを支えに、
美大まで進んだと言う。
だから、
今こうして絵を描いて暮らしていけるのも母親がいてくれたからだと、
また、
昔は自分の名前も嫌いだった。
けど、ある日、考えたんです。
母はどうして、この名前、富○と、つけたんだろうと、
もしかしたら、
母は、貧乏な中でも、
せめて、私に名前だけでもお金持ちにと願ってつけてくれたんじゃないかなと感じたんです。
そしたら、なんとなく見えない愛情を感じたんです。
彼はそう言ってたよ。
大山さんは、最後の絵を見て、
「絵は完成しているのになぁ」と、言っていたが、
私は思った。
あの未完成の絵の女性は、きっと彼の母親ではないのだろうか。
3歳のわずかな記憶の中で覚えていた、彼の母親だったのではないだろうか。
そして、
彼にとって、その絵の完成は、
まだだったのだろう。と、
彼にとっての
絵が、本当に完成する時、
それは、
もしかしたら、
母親が、偶然に、
ふたりが立ち食いした
思い出のデパートに、立ちよって、
そして、
彼が描いた絵の、
サインを見た時、
母親に、こう言ってもらいたかったのかもしれない。
「あの子が・・
わたしの、あの子が、
こんなに、絵がうまくなって・・・・・」
http://www.youtube.com/watch?v=13GD78Bmo8s&feature=related
END。