●花子



嬉しそうな顔して子供がお母さんにおねだりした。




「今度はトラさんを見に行きた~い。」と、



「はい、はい」



子供達にとって、動物園は夢の国に似ていた。




「次はキリンたん見にいく」





そして、シメは、決まっていた。






「ゾウたん、ゾウたん」





ゾウさんは、園内で一番のアイドルであった。








とても大きな、怪獣のようなゾウが、


子供達の前で芸を披露してくれる。






ゾウの花子も子供達が喜んでくれるのが、嬉しそうだった。







ある日、



こんな事があった。














ゾウの花子の側に、


観客の子供の帽子が風で飛んできてしまったのだ。








子供は母親から買ってもらった帽子をなくして、


泣いていた。




ところが、


花子は、その帽子を鼻で拾うと子供の近くにいた係員に渡したのだ。






花子は、子供を含めて人間を愛していた。


ゾウたん、ありがとう。」



帽子を受け取った子供はとても喜んだ。




芸が終わると、


世話係の石田(仮名)は間違って、花子の足を踏んでしまった。



「あっ、ゴメン花子!」


花子は、こんな時、決まった動きをした。



大きく鼻を上にあげると、




石田の頭の上に置いて、なでた。








それはまるで、


「しょうがないやつだなぁ、許してやるよ!」と言っているようだった。






そんな可愛い花子の仕草を見て、子供達が拍手した。



ふたりの息はぴったりだった。












しかし、








そんなふたりに、戦争の暗い影が忍び寄っていた。






日本は第二次大戦に足を踏み入れていたのだ。







そんな、



日本が戦争になっても、動物園は開いていた





戦争によって、傷ついた子供たちを明るくしてあげたい




そんな子供たちの為に、ぞうの花子は頑張った。




子供達の前で新しく覚えた芸を披露させた。


そんなゾウの花子の芸を見て、


子供達はしばし戦争の悲しい状況を忘れて喜んだ。



「ゾウたん。ゾウたん。」


「花子たん。大好き。」



連日、花子は子供達の為に頑張った。


戦争中で、食物が少なく、えさも少なかったが


花子は頑張った。



毎回子供達を喜ばせたのだ。


石田もそんな健気な花子を可愛がった。




怪我をした時は一緒に寝た。


子供達が喜ぶ芸も一緒に練習し、


花子が出来なくても、怒ることをせず、


花子にとっても楽しくなるように練習した。


難しい芸も、


花子が出来ると一緒に喜んだ。




そんな時、


花子の目は、


「見てぇ、これで子供たち、喜ぶよね」と言っているようだった。



石田は言った。


ゾウは優しい動物なんです。


そして、とても頭のいい動物なんです。















しかし、



戦争が激化するにつれ、


動物園にある命令が下された。








空襲になり、


そして、もし檻が壊れて猛獣が外に逃げ出したら危険ということで








動物の全頭殺処分の命令が出されたのだ。





戦争は市民だけでなく、動物たちにも牙を向けたのだ。







「軍部か東京都がお決めになった事らしいんだよ。」


「俺達にはどうしようもないな」



どうしてだ!!」



「ぞうはホントはとても優しい動物なんだ!!」


「特に花子は人間を愛しているんだよ!


 万が一逃げても人間に危害を加える事は決してないんだよ!!」




実際、動物園の職員達は反対したが、


当時の食糧事情の悪化などの要因もあり、


やがて


動物園いる動物たちの毒殺が決定された。











えさにをまぜた。







やがて、が死に、



ライオンが死に、


トラが死んだ。






花子のえさにもがもられた。






「花子、ごめんよ。」


石田は花子の目を見ることができない。


薄っすら涙を浮かべて、その場を離れた。














しかし、







花子はえさを食べなかった。




それはまるで石田の悲しみの目を読み取ったかのようだった。







別の係員が、


花子の口の中に無理やり毒のえさを押し込んだ。




でも、


しばらくすると、


花子はその毒えさを吐き出したのだ。










上官が言った。


よし、象にを注射したまえ!



「私には出来ません。」


石田がクビになる覚悟で言った。





他の係員が花子に毒を注射に行った。


石田は離れた所で泣いた。



「花子ぉ~。。。ごめん。。花子ぉ~」















しかし、


象の皮膚は硬く、注射針が折れてしまい、



花子に毒を注射する計画は中止されたのだ。



「花子、ごめんよ。」


怖かっただろう。」


「こうなったら、頑張って生きるんだよ。」




象は体がとても大きいから、みんな強いと思うでしょう。


でも、


実際は、恐がりで、優しくて、すごく泣もろい動物なのです。












やがて、



お国の新たな命令が下った、


















「そのゾウを餓死させちまえ!」



だった。










それから、



花子には、いっさい食事も水さえも与えられなくなった。










お腹がすいた花子。



係員の誰かが檻の前を通ると、


お腹を空かせた花子は、



芸をした



芸をしても、えさはもらえなかったのだが、



それでも花子は芸をした



子供たちの為に、栄養つけなきゃならないんだ」と目が訴えていた。


花子は芸をした。


「リンゴ1個でもいいから下さい」と、


花子は頑張って芸をした。







そんな花子を見かねて、


石田が花子に語りかけた。


「花子、もう芸はいいんだよ。」


「芸はしなくてもいいんだ。」


「ごめんよ」


お腹すいてるんだよな



「許しておくれ」


「芸をしても、あげられないんだよ」


「ごめんよ。花子」


「芸をしても・・・・」


それでも花子は、芸を披露した。



それはまるで、


子供たちに、今度はこんな芸を見せてあげるんだ」


と言っているようだった。



涙で檻の前を通れなくなった。




















花子は誰かの気配を感じると、


両足を上げて芸をした。


やがて、


お腹が空いて、片足しか上げられなくなった。



それでも、


凶暴になる事は決して無かった花子。









花子の檻の前に上官がいた。



「だいぶ弱ってきたな!」




そこに、石田が来た。


「おっ、石田、つらいだろうが・・・お国の為だ!!」



石田は返事をせずに、お辞儀をして上官を見送った。



というよりも、





返事が出来なかったのだ。



石田は上官や仲間が通り過ぎると






口の中から、リンゴの破片を取り出した。




「花子、誰にも言うんじゃないぞ!」



「お前にとっては何の役にも立たない位の破片だろうけど・・」



「大好きだったリンゴだよ。」


「ゆっくり味わって食べるんだぞ。」


花子の目に薄っすらと涙が浮かんだような気がした。





「いつか、お前に沢山、沢山、リンゴ食べさせたいなぁ・・・」


その日、ふたりは、久しぶりに一緒に寝た





石田は花子に沢山のリンゴをあげる夢を。


花子は石田から沢山のリンゴをもらう夢を見たことだろう。










それから、石田さえも花子に近づく事を許されなくなった。











どの位時間がたったのだろう。






事務所に、石田が呼ばれた。


石田もげっそりとやせていた。


「行ってやれ、最後だ。」









もうわずかな吐息しかなくなった花子を前に、


見取ってあげたいと、


石田がそばに行き、寄り添った。





花子は、


石田の臭いに気がつくと、かすかに片足をあげた



「花子、もう芸はいいんだよ。」


「もう芸は、しなくてもいいんだよ。」


「ゆっくりお休み・・ゆっくり・・・」


涙で後が続かない。





震えながらかすかに上げる花子の片足は、かたっていた。


「子供たちに見せる芸が、


 こんなにうまくなったんだよぉ。見てぇ。」



「こんなにうまく・・」





「花子ぉ~」



「ごめんよ。花子」


ごめんよ







花子は号泣する石田に、


最後の力を振り絞って、



長い鼻をかすかに上げた。


鼻はゆっくりと震えながら、


ゆっくりと、


上がってゆき、



やがて、











石田の頭の上に、




「花子!」



そして、息たえた



「花子ぉ~」



石田は涙が枯れるまで泣いた。



「花子ぉ~」


「安らかに眠っておくれ」


「花子ぉ~」



1943年9月11日の事である。






下の映像の最後の1分間に当時の花子の映像が、わずかに残されている。
http://www.youtube.com/watch?v=RQmRr2wlTJw