一二 示して云く、昔し智覚禅師と云し人の発心出家のこと。此の師は初は官人なり。才幹に富み正直の賢人なり。国司たりし時官銭をぬすみて施行す。傍人是を帝に奏す。帝聞て大に驚怪す。諸臣も皆あやしむ。罪過すでに軽からず、死罪におこなはるべしと定まりぬ。爰に帝議して云く、此臣は才人なり、賢者なり。今ことさらに此罪を犯す、若し深き心あるか。頸を截《きら》んとき、悲み愁へたる気色あらば速かに截べし。若し其の気色なくんば定めて深き心あらん、截べからずと。勅使引去て截んとする時少も愁る気色なし、還て喜ぶ気色あり。自ら云く、今生の命は一切衆生に施すと。勅使驚き怪て帝に奏聞す。帝云く、然り、定て深き心有ん、此事あるべしと兼て是を知と。依て其志を問。師云く、官を辞して命を捨て施を行じて衆生に縁を結び、生を仏家に受て一向に仏道を行ぜんと思ふと。帝是を感じて許して出家せしむ。故に延寿と名を賜ふ。殺すべきをとゞむる故なり。今の衲子《のつす》も是らほどの心を一度発すべきなり。命を軽じ衆生を憐む心深くして身を仏制に任せんと思ふ心を発すべし。若し先きより此の心一念も有らば失なはじと保つべし。是れほどの心、一度おこさずして仏法を悟ることは有べからざるなり。