第1603回例会山行 高山(190m)・新高山(198m) | 広島山稜会のブログ

広島山稜会のブログ

西中国山地を歩いて65年

     第1603回例会山行 高山(190m)・新高山(198m)

                       平成28年11月20日(日)

 今回の例会は第6回目の県民ハイキングである高山・新高山登山へ参加した。70名をこえる参加者である。コース説明、野島岳連副会長の挨拶、ストレッチをした後本郷駅前を出発したた。登山口は高坂下二である。高山城の説明板を過ぎると高山への山道である。急登のところもあるが歩き易い。三尺道を左に見て真っ直ぐ進む。しばらくすると展望の良いところに出て、大峯山方面を見ることが出来る。急な道を過ぎると比較的平坦な道が続き、城郭跡を見ることが出来る。平坦な広いところが本丸だ。ここから二の丸→北の丸→高山→イワオ丸へと歩いた。イワオ丸で簡易トイレの使用法の説明を受けた後、観光協会の方から高山・新高山の説明があった。ここで昼食となった。昼食後の出発直前、一般参加者が足を滑らせ、歩くことができなくなった。このためヘリコプターで病院に搬送することになった。関係者を残してあとの人は、塔ノ岡の方へ下山した。この事故によりこれから登る予定の新高山への山行は中止となった。このため新高山へは個人参加でということになった。新高山城は沼田川を挟んで高山城のすぐ横に築城され、ここに小早川隆景が居城した。急峻な山を利用して要塞のような城を築いたそうである。登りはじめから急登で、途中に番所、土塁、堀切、直角に曲がった石段を作るなど、随所に敵の侵入に対する対策がとられている。こうしたことから高山城では城を守るために360名の武士が必要であったが、新高山城では75名で守れたというほど策を凝らしている。また麓から見ると狭い山城のように見られたが、実際登ってみるとあまりの広さにびっくりした。ここには小早川隆景の菩提寺もあり、父である毛利元就の法要を行なったそうである。更に登ると二の丸、釣井の段(井戸郭)がある。釣井の段には六つ井戸が掘られており、多くの武士がこの城で生活した事が伺える。その上が本丸となっている。本丸の最高部からは目の前に高山城跡が見える。ここで展望を楽しんだ後、引き返した。

 今回の例会は半分は観光気分で参加したが、予想以上に歩き応えがあり、歴史の勉強も出来てとても良かった。三原山の会、観光協会の方、お世話になりました。