現地時間5月28日にボストン、フェンウェイ・パークで行われた試合前の始球式は、両足がない車椅子の青年と、カウボーイハットをかぶった男性によって行われました。
この様子をスタンディング・オベーションで称えた場内の観客のほとんどは、この人たちのことを知っていたでしょう。車椅子の男性はジェフ・バウマン。カウボーイハットの男性はカルロス・アレドンド。
ジェフは、始球式前に、かつてのレッドソックスの大投手、ペイドロ・マルティーネズにボールの握りを教わり、その成果があらわれたのか、キャッチャーのジェイロッド・サルタラマッキアにノーバウンドで投球を行いました。
カルロスはデイヴィッド・オーティズに投球しましたが、トレードマークのカウボーイハットとともに、ジャージーの胸には、いつものように二人の若者の顔写真のバッジがつけられていました。
4月15日に発生したボストン・マラソンでの爆弾テロ事件は、ボストン地区の住民を中心に衝撃を与えたに違いないですが、その報道では様々な「ヒーロー」たちの様子も紹介されました。多くの人々がパニックとなり、逃げ惑う中で、怪我人の救助に駆けつけて救助活動にあたった勇気ある人たちで、「すぐに反応した」という意味から"First Responders"と表現されました。
(その様子はボストン地区在住の大リーグコラムニスト、李啓充さんのブログに詳しく書かれています)→http://blog.livedoor.jp/goredsox/archives/2013-04.html#20130425)
ゴール付近でマラソン参加者の仲間を待っていたカルロスもその一人。爆発を目にして逃げ惑う人々の流れに「逆流」し、現場に駆け寄るとそこは多数の重傷者が横たわる修羅場でした。そんな中でカルロスは、右足がすでに吹き飛ばされ、大量の出血をしているジェフを最優先に救出することにしました。
来ていた上着を引きちぎって止血帯とし、右足の動脈をおさえながら、そして励ましの声をかけながら救急車への搬送活動にあたったのです。その後結局両足を切断することになったジェフですが、おかげで一命をとりとめました。
(カルロスが他の人々とともにジェフを搬送する場面)
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(写真引用元→http://www.concordmonitor.com/news/5842784-95/jeff-bauman-gets-visit-from-carlos-arredondo-the-man-who-helped-save-his-life
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(写真引用元→http://www.concordmonitor.com/news/5842784-95/jeff-bauman-gets-visit-from-carlos-arredondo-the-man-who-helped-save-his-life
ジェフの容態が安定したあと、二人は病院で「再会」しています。
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http://www.dailymail.co.uk/news/article-2318476/Together-strong-Boston-bombing-victim-cowboy-hat-hero-helped-save-pictured-time-tragic-explosion.html
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http://www.dailymail.co.uk/news/article-2318476/Together-strong-Boston-bombing-victim-cowboy-hat-hero-helped-save-pictured-time-tragic-explosion.html
瀕死の状態のジェフと、回復した彼はとても同一人物に見えないのですが、このことは事件の凄惨さを物語っているように思われます。
ところでカルロスは反戦運動の活動家なのですが、彼の二人の息子はすでにこの世にいません。
長男アレックスは2004年にイラクで戦死、そして下の息子はそのトラウマでうつ病を発症した次男ブライアンは、2011年に自殺してしまったのだそうです。カルロスはその後、反戦運動に加えて、自殺防止の運動を行っていますが、反戦運動では、活動を快く思わない人から殴りかかられたりもしました。
(反戦活動で息子の葬儀の写真を掲げるカルロス)
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http://www.dailymail.co.uk/news/article-2318476/Together-strong-Boston-bombing-victim-cowboy-hat-hero-helped-save-pictured-time-tragic-explosion.html
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http://www.dailymail.co.uk/news/article-2318476/Together-strong-Boston-bombing-victim-cowboy-hat-hero-helped-save-pictured-time-tragic-explosion.html
彼が救出のときにも始球式にもつけていたバッジの写真は、その二人の息子のものなのです。
カルロスはあの爆弾事件の現場で、他人を助けるために瞬間的な反応をして救助活動を行いました。勝手な想像ですが、人によっては人間不信や自暴自棄になったとしてもおかしくはない過酷な体験かもしれません。にもかかわらず、他人の生命を救うために即座に行動するようなこの人を、私は心の底から尊敬するのです。
両足を失ったジェフの始球式にも私は感動をおぼえました。車椅子からボールをノーバウンドで投げるのは困難なことでしょうけれども、彼は元気にそれを行った。そこからは私は、たとえ勝手な想像だとしても、自分の身に降りかかった悲劇には負けない、という意思表示を感じ取ったのです。
ジェフはこのような大怪我をしたものの、もちろんカルロスにも、そして命が助かったことにも感謝しており、早くも前向きに生きる決意をしているということです。カルロスから自分の活動に加わる誘いを受けているのだとか。
爆弾事件が起きたボストン地区では、事件のあとに"Resilient"、つまり「回復する」という言葉がテーマになっているのですが、ジェフはそれを象徴する人物といってもよいでしょう。
その日の試合でレッドソックスは、この始球式にも大きな拍手を送っていたフィラデルフィア・フィリーズに負けました。ふだん私はレッドソックスの勝利を日々の活力にしています。しかしこの日は、愛するチームが勝つことよりもはるかに大きなものを、彼ら二人から得たように思えたのです。