
2017年1月1日
あたらしい年の初日のライプツィヒは快晴。しかしヨーロッパで迎える新年は「お正月だ!」という感慨に乏しいように思われます。嫁さんより早起きした私は、そっと支度をして、1時間ほどかけ中央駅の辺りまで歩いて戻ってくるだけの短い散歩に出かけました。路上には昨夜の騒ぎの残骸が。つまり酒瓶と花火のカスがあちこちに転がっています。オペラハウスの裏にある公園の池は凍結。
そしてしばらくすると、ヨーロッパの遅い太陽が辺りにオレンジ色の彩りを与え始めました。道行く人々はさすがにまばら。その中にはしこたま酔っぱらって千鳥足の男女グループもみられました。心の中で「風邪に気を付けて」と声をかけました。
部屋に戻ると、すでに起床していた嫁さんは支度中。準備ができてから、あらかじめ開店時間をみはからっていたニコライ教会前にあるカフェ・カンドラーで朝食。アプフェル・シュトゥルーデルなどをエネルギー源としました。
そしてもと来た道を引き返してメンデルスゾーンハウス(博物館)へ。11時15分からの敷地内の小さなホールでの新年コンサート。大がかりなものではなく、クリス・ベレンセンという、オーストラリアはシドニー出身のハープシコード奏者による、バッハ、ヘンデル、スカルラッティ・ソーレアーなどの作品の演奏会です。曲の合間に本人による解説が流暢なドイツ語で行われ、私は嫁さんに概要を通訳しました。なかなか素晴らしいコンサートでしたが、昼の時間が切迫していたので、罪悪感を感じながらこっそり中座。
そして名物レストランのアウアーバッハス・ケラーに向かいます。店内見学ツアーの時間が迫っており、開始時間ギリギリになって到着しましたが、店の入り口には誰もいません。その予約には昼食の席も含まれていたのでやや不安でしたが、いったんその場所を離れ、勝手にシュタイゲンベルガー・ホテルの手洗い所を利用したのち、結局開店時間まで待って他の予約客たちと共に入店できたので一安心。見学ツアーはまあいいや。
ここがゲーテが通い「ファウストの劫罰」で学生たちが大合唱したとされる店か、と私は感慨に浸りますが、嫁さんの最優先事項はとにかく食欲を満たすこと。旅情ではおなかいっぱいにならないということでしょう。名物の肉巻き料理ロウラーデと豚肉の黒ビール煮込みをたらふく賞味。
食後、前日に入れなかったトーマス教会にいってみようと、夕方からコンサートに出かけるその場所を前もって訪れることに。時刻は14時すぎで自由に出入りできたのですが、なんと堂内には演奏会の演目である、バッハのクリスマスオラトリオの音色が響き渡っている最中。本番に備えた練習が行われていたのです。
堂内にゆったり、美しく、たっぷりと響き渡る「クリスマス・オラトリオ」の音色に感激して胸がいっぱいになった私は、胃袋がいっぱいで精神的余裕がある嫁さんから「ゆっくり時間をとって浸りなはれ」とのお優しい許可を拝受したので、席についてしばらく余韻を味わうことに。
私はプロテスタント教会が運営する幼稚園(大森めぐみ幼稚園)に通っていたのですが、信者でもないのに日曜礼拝にせっせと出かけ、ミサではオルガンとともに奏でられるバッハの音楽に親しんでいました。それが原体験なのでしょう。中学校では、叔父の家にあったブランデンブルク協奏曲のレコードを録音し、当時流行していたウォークマンでそれを聴き、そして大学の教会では、「トッカータとフーガ」のオルガンが、まるで神の啓示かのように頭上から降り注いでくる感覚を味わいました。
こうした経験から、バッハの音楽は自分の内側に自然に染みついているように思えるのです。そして大作曲家が実際に活動したこのゆかりの教会で、その人自身の曲をきいている。これほどの僥倖があるだろうか。天井やステインドグラスをみながら、私は言葉を失い、ただひたすらその場の時間を心に染み込ませるままにしていました。
30分ほど滞在ののちに教会を出て、お次は向かい側にあるバッハ博物館へ。時間がおしてきたのでやや足早に見学。
そしてひと休みの嫁さんをカフェ・カンドラーにおいて、私はメンデルスゾーン博物館に出かけました。18時からのトーマス教会でのコンサートまでの間に、午前中は見学できなかった館内の展示をみるためです。足早に徒歩10分ほどかけて午前中にハープシコードの演奏を楽しんだ場所へ。やはり足早に、若くして亡くなったライプツィヒゆかりの作曲家の館を見学。へえ、と思ったのはメンデルスゾーンが画家としての特筆した才能をもっていたということ。彼が各地を旅したときの見事な描写のいくつかが残されていたことに感銘を受けました。また、ウィーンの音楽博物館やプラハのスメタナ博物館でも似たような仕掛けがありましたが、指揮棒をふるとその動きに合わせて室内に音楽が奏でられる「疑似指揮体験」の場所では、限られた時間で「真夏の夜の夢」の指揮をして楽しみました。時間があればもっと過ごしたかったですが。
名残惜しくその館をあとにして、ふたたびトーマス教会へ戻り嫁さんと合流。すでに自由席の入場は開始されていましたが、幸運にも比較的よい席を確保することができました。そしてはじまったバッハの「クリスマス・オラトリオ」の4番から6番。この教会にやさしく響き渡る音楽。そしてしみじみと、しかし熱心に耳を傾ける聴衆の人々。一観光客の大げさで感情過多な表現かもしれませんが、人々が音楽をいかに大切にしているか、そして演奏家たちがどれほど大切に奏でているか、そのことがしみじみと伝わってくるように思えたのです。「マタイ受難曲」は辛くて聞いているのが苦痛、というバッハが苦手な嫁さんも、比較的明るい曲調のクリスマス・オラトリオは大丈夫だったようで、「いい演奏だったね」との感想。本当によいコンサートでした。
帰り際にはバッハのお墓に詣で、また来ますね、とつぶやいて外に出ました。
たっぷりと音楽で心でみたされ、そして昼食で食べ過ぎた後遺症のため、我々は夕食をとらずにホテルへ戻りました。胃腸の具合がやや悲鳴をあげつつあったのです。
翌朝はミラノに向けて早朝の出発。荷造りをして早めに床についたのですが、私は予想外の事態に見舞われ、十分な睡眠をとることができなかったのでした....
(つづく)















